国交省は外国人の運転データをもとに、多言語の注意看板を設置する(沖縄県内) 訪日外国人によるレンタカー事故が急増している。外国人の数が増えているからだけではない。東京海上日動火災保険によれば、貸し出し1件当たりの事故率は日本人のざっと4倍。スピードの出しすぎで事故の規模も大きくなる傾向があるという。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて訪日外国人のレンタカー利用は全国各地に広がる見通しで、どう事故を防ぐかが急務となってきた。
■「韓国や中国の人には貸さないで」
高速道路でスピードを出しすぎた結果、出口のカーブを曲がりきれず外壁に衝突
渋滞でブレーキ操作を誤り、前の車に追突
慣れぬ雪道でスリップし、路肩から転落
これらは訪日外国人による典型的な事故パターンだ。国土交通省によれば訪日外国人のレンタカー利用はこの5年余り、年率3~4割のスピードで伸びている。比例して事故も増えており、16年の死傷事故は81件と2年前の約3倍。車体のへこみなど物損まで含めると2万件を超えるとみられる。
影響が最も顕著に現れているのが沖縄県だ。もともとアジアからの旅行客が急増しているうえ、鉄道などの公共交通機関が未発達で、空港からの移動をレンタカーに頼る傾向が強い。沖縄県レンタカー協会の統計では、16年は20万6000人の外国人旅行者が利用し9600件の事故が起きた。事故率は4.7%だ。
沖縄県における日本人のレンタカー利用の統計はないが、東京海上日動火災によれば全国平均の事故率は0.6~1%程度。外国人のレンタル期間が日本人より長いことを差し引いても、外国人の事故率は日本人の3~4倍とみられる。
「韓国語や中国語を話す人には車を貸さないでほしい」。沖縄県のある島では17年夏、警察がレンタカー会社にそんな要請をして問題になった。外国人の事故に対応するには言葉が障害になり、とても手が回らない。最近は利用者が事故を届け出ても、被害が軽微であれば受け付けてもらえないという声さえ聞く。
レンタカー会社も、押し寄せる外国人旅行者をさばくのに大忙しだ。運転に支障がない小さな傷は修理しているヒマがない。そのまま車を貸し出した結果、返却の際に「これは自分がつけた傷ではない」「いや、新たについた傷だ」などと押し問答になることも多いという。
こうした混乱は今後、全国に広がる可能性が高い。東京、富士山、京都などの黄金ルートを経験した外国人が再び日本を訪れ、それ以外の地方に足を伸ばし始めているためだ。国交省も観光振興の観点から、全国の高速道路が定額(2万円で最大7日間、3万4000円で同14日間)で乗り放題になる訪日外国人向けのパスを10月から販売し、地方への周遊を後押ししている。
外国人ドライバーの事故を防ぐ方策として真っ先にあがるのが、交通標識を分かりやすくすることだ。警察庁は7月から、一時停止の「止まれ」に「STOP」を併記し始めた。北海道や沖縄県など訪日外国人の多い地域を優先しており、全国170万カ所のうち同月末で約3000カ所を整備した。
■運転データもとに多言語の標識設置
ただ一時停止のような最低限のルールを守るだけで事故は防げない。右ハンドルか左ハンドルかなど、国・地域によって運転環境も大きく異なる。そのため国交省は17年度、ドライバーの出身国・地域ごとに運転の傾向を割り出し、注意を促す看板を設置し始めた。いわば運転のビッグデータ分析だ。
まずレンタカーに次世代型の自動料金収受システム(ETC2.0)やドライブレコーダーを取り付け、急ブレーキや急発進、ハンドルの急操作などがあった場所を抽出する。それをもとに「この国・地域の人はここでこういう事故を起こしやすい」といった傾向をつかみ、注意喚起を特定の言語で表示する。
たとえば福岡空港から別府・湯布院に向かう大分自動車道の決まった場所で、韓国や台湾のドライバーが急ブレーキをかけていることが分かった。そこで沿道にそれらの言語で「下り坂 速度落とせ」といった警告を出すことを検討している。
だが訪日外国人による事故の背後には、もっと根源的な問題が隠れているという指摘もある。東京海上グループの調査会社、東京海上日動リスクコンサルティング(東京・千代田)の橋場皓平・研究員は「交通安全やルール順守の意識が日本人と異なる面がある」と指摘する。
橋場研究員は、訪日外国人の上位の出身国・地域のうち、日本で運転ができない中国を除く韓国、台湾、香港の自国・地域における違反件数を調べてみた。すると飲酒運転、無免許、速度超過のいずれも、日本より数倍から数十倍の高い確率で発生していることが分かった。
たとえば速度超過は日本が保有台数1000台当たり22.6件であるのに対し、韓国は402.4件、台湾は340.3件、香港は337.6件。飲酒運転は日本が0.3件で、韓国は12件、台湾は12.4件、香港は1.6件だ。確かに歩行者の場合も、日本は信号が青になるまで待つが、海外では車が通っていなければ堂々と渡るといわれる。日本は海外よりも交通ルールが守られているようだ。
「何をもって『事故』とみなすかの価値観も異なる」と指摘するのはレンタカーの業界団体、全国レンタカー協会(東京・港)の岡本健・事務局長。日本では車体に少しでも傷がつけば大騒動になるが、「外国には『バンパーはぶつけるものだ』と思っている人もいる」。明文化された交通ルールと異なり、その国・地域の文化や慣習が絡んでくるから厄介だ。
■東京海上日動、事故防止でコンサル
こうした違いを踏まえて、外国人ドライバーをどう受け入れたらいいのか。東京海上日動リスクコンサルティングの橋場研究員は「どんな場所でどんな事故が起きやすいかを丁寧に説明するしかない」と話す。注意項目にチェックを入れてもらい最後にサインしてもらうだけで、安全意識は格段に高まるという。東京海上日動はレンタカー会社向けにコンサルティングも実施している。
外国人ドライバー向けのステッカーは、沖縄県レンタカー協会が最初に手掛けた
英語で「Foreign Driver」と記す地域も。写真は大阪府レンタカー協会のステッカー 全国レンタカー協会は「外国人が運転している」ことを示すステッカーを車に貼ることをレンタカー会社に勧めている。初心者ドライバーの義務である若葉マークのように、周囲の車や歩行者に注意を促すのが狙いだ。外国人向けは強制力がないため、利用者の意向を聞いて了承を得られた場合にのみ貼っているという。
もっとも日本に住む外国人の間で、このステッカーは評判が悪い。外国人をひとくくりに差別しているように写るうえ、一部のステッカーは日本語で「外国の方が運転しています」といいながら英語では「Freindly Driving(優しい運転)」などと異なって併記しているためで、ネット上では議論がかまびすしい。
訪日外国人が増えれば、大きな経済効果が見込める半面、文化や慣習の違いから摩擦も生じる。レンタカーの交通事故もそうした「観光公害」の一つといえる。完全な解決は難しくても、試行錯誤しながら地道な取り組みを積み重ねるしかない。
それは巡り巡って、日本人にとってもプラスになる。たとえば高齢ドライバーによる逆走などが問題になっているが、外国人に分かりやすい道路は、視力や判断力の衰えた高齢ドライバーにとっても運転しやすいはずだ。違いを乗り越える知恵が求められている。
(オリパラ編集長 高橋圭介)
日経からのお知らせ 日本経済新聞社は11月9日(木)の午後1時半から、2020年東京五輪・パラリンピックと日本経済の活性化をテーマにした第2回日経2020フォーラム「2020年から見えるインバウンド新時代」を開催します。小池百合子東京都知事、大会組織委員会の御手洗冨士夫名誉会長、東京海上日動火災保険の北沢利文社長らが登壇します。当日の模様は、日経が運営する映像コンテンツサイト「日経チャンネル」(http://channel.nikkei.co.jp/businessn/171109tokyo2020/)で、リアルタイムで配信します。
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