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第54回 科学?神話?詐欺?コレステロー説の本質(遺伝子病の陥穽 その5)

コレステロール説から修飾を削ぎ落とすと、「コレステロール値と心筋梗塞発症とが相関する」および「家族性高コレステロール血症(FH)患者では心筋梗塞が多発する」という2つの事実が残る。「FHを含む集団を観察するとコレステロール値が高い人に心筋梗塞が多い」のであり、その結果から「FHはコレステロール値が高いので心筋梗塞を発症しやすい」と説明する。一方が他方の根拠になっている無限連環であり、「FHの存在」を主張しているだけだ。これでは科学とは言えない――コレステロール説は神話なのか、それとも詐欺なのか?

FHの心筋梗塞多発の原因を追究した結果、コレステロール高値が原因だと分かったのではない。まずコレステロール説があり、遺伝的にコレステロールが高くなるFHに心筋梗塞が多いので、コレステロール説と結びつけたのである。 なお、コレステロール値と心筋梗塞発症との相関が明確なのは、働き盛りの男性だけである(ミスターフィットおよびフラミンガム研究等)。

(コレステロール説を支えるFHの存在)
1960年代には、心筋梗塞の原因として飽和脂肪酸(コレステロール説)と砂糖過剰摂取の2説が注目されていた。砂糖消費が減るのを恐れた製糖業界が莫大な資金を投入して、「コレステロールが悪い」という方向に世論・研究を誘導した(第39回補遺「神話を支える要」)。
その一方、飽和脂肪酸がコレステロール高値を招くとして、巨大食品会社が、「バターよりマーガリン」のキャッチコピーで植物油の消費拡大を図った。このような状況下でコレステロール低下薬・スタチンが開発され、製薬会社はコレステロールへの拒否反応を利用して、瞬く間に年間数兆円という巨大市場を創り出した(第38回「服薬へ誘導巧み その10~12」)。コレステロールを悪玉(culprit: 犯罪者)に仕立てて、スタチンを売ったのである。

この流れの中で、心筋梗塞を起こしやすく、コレステロール値が高くなる遺伝病・FHの実態が把握されないまま(米国の診断率も1%未満)、多くの臨床試験が実施された。その中で、コレステロール説に都合のよい結果だけが、コレステロールが悪いとするデータに組み込まれた(第39回「神話を支える要」等)。

製薬会社主導の臨床試験に散りばめられたフィクションを見抜くには細心の注意が必要である。これまでに明らかになった事実を要約すると、次のようになる。
①動脈硬化の進行度は酸化LDLコレステロールと相関する(第41回「主役は活性酸素 その2」)。
②酸化LDLコレステロールはLDLコレステロールおよび総コレステロールと相関しない(第42回「主役は活性酸素 その3」)。
③心筋梗塞発症は、動脈硬化の進行度とは相関しない(第40回「主役は活性酸素 その1」図10)。
④血中コレステロールは心筋梗塞発症とは無関係である(第49回「生体の重要物質 その5」)。

このような指摘に対する反論は、次のようになろう。
4Sに始まる一連の臨床試験により、スタチン服用で心筋梗塞を予防できた。
②疫学調査ではコレステロール値と心筋梗塞発症が相関する。

スタチンは、「ほとんどの人に効果がない“特効薬”」「宝くじに当たる確率より低い?」(「Do Cholesterol Drugs Do Any Good?」)と評されるように、極めて感度の高い試験でしか効果を確認できなかった。
それだけではない。これらの試験では、心筋梗塞発症が減ったのに、ほとんどのケースで総死亡が減少していない。欧米では心筋梗塞発症者の半数が死亡するのだから、これは不可解である。しかも、心筋梗塞と同時に総死亡を減少させたという試験には、疑惑や不備が指摘されている(第34回「服薬へ誘導巧み その6」)。
もっと不可解なことは、スタチンでコレステロールを下げた場合にしか予防効果を確認できず、他の薬剤(例えば、クロフィブラート)や食事の変更では無効だったことである。

以上より、反論①は製薬会社主導(利益相反は明白)の都合のよい試験結果だけを基にした主張であり、これらの試験には「でっち上げ疑惑」が指摘されている。
なお、「動脈硬化性疾患予防ガイドライン 2017年版」は、製薬会社主導の試験結果などから、都合のよい結果だけを抜き出して構成されている。その上、発症確率を3~10倍も過大評価し、費用効果さえ考慮されていない。○○学会という名前の団体がそんなことをしているとは、俄かには信じ難いことではあるが、ガイドラインを一読すれば、事実であることを確認していただける(注1)。

反論②は主に働き盛りの男性で言えることで、FHの存在により概ね説明できる(第52回「遺伝子病の陥穽 その3」注3)。さらに、ストレス等の「心筋梗塞を増やし、コレステロールを上げる」原因Xを追加すると、コレステロールにこだわる必要はないので、コレステロールが原因と主張する根拠にならない。

(FHに心筋梗塞が多発する理由は?)
FHの心筋梗塞多発がLDLコレステロール値が高いためだとすれば、以下の疑問点を解決できない。
①ヘテロ型FHで心筋梗塞を起こした人と、起こさなかった人を比較すると、コレステロール値に差がなかった(第49「遺伝子病の陥穽 その2」図9)。
②罰則付きのEU新規制発効後の試験では、スタチン等の薬剤でコレステロール値を強力に下げても、FHの動脈硬化進行や心筋梗塞発症を予防できなかった(図35)。
図35
図35 EU新法発効後のスタチン類の心疾患予防の臨床試験結果

例えば、コレステロール合成阻害薬(リポバス)と吸収阻害薬(ゼチーア)の合剤・バイトリンは総コレステロール値を50%低下させた(リポバス単剤では30%)が、FHの動脈硬化進行を予防できなかった(第51回「遺伝子病の陥穽 その2」図8)。ブログ「大学定年後の日常徒然」に、この試験・ENHANCEの解説「スタチン薬は家族性高コレステロール血症を治療できたか?」がある。
なお、バイトリンを諦めきれない製薬会社は、心筋梗塞の高リスク者を対象にした臨床試験・IMPROVE-ITを実施して、複合エンドポイント(注2)で有意差ありとの結果を得た。その上で、「心血管系疾患を抑える効果」の承認を申請したが、FDAは却下した。

(なぜ、複合エンドポイントなのか)
製薬会社が臨床試験結果の隠蔽を図ったENHANCE事件の最中の2008年3月5日、ワシントン・ポスト紙は「政府説明責任局がFDA(米国食品医薬品局)の調査を開始」という記事で、「生存率のような重要な意味がある指標を改善したという証拠なしに、コレステロール値のような生物学的指標に基づいて薬剤を認可してよいかどうかが本質的な問題である」と指摘した(第33回「服薬へ誘導巧 その5」図25)。というのは、2004年のEU新法発効およびバイオックス事件で監視が厳しくなり、スタチン無効(有意差なし)の結果が続出していたからだ(第34回「服薬へ誘導巧み その6」図28)。

そこで、製薬会社(および、それに纏わりつく医師・研究者ら)が「重要な意味がある指標」として、複合エンドポイントに注目した。
例えば、LDL受容体を分解に誘導するPCSK9の阻害薬(エボロクマブ)に対する臨床試験(FOURIER)では、コレステロール値が大きく下がり(第50回「遺伝子病の陥穽 その1」図4)、主要評価項目の複合エンドポイントは有効(有意差あり)との結果だったが、肝腎の総死亡や心血管死はエボロクマブ群のほうが多かった(第50回「遺伝子病の陥穽 その1」図5)。
また、HDLコレステロールを上げ、LDLコレステロールを下げる4つのCETP阻害薬が開発されたが、3薬の介入試験は、いずれも約2年間の追跡後に無効または副作用のために開発が中止された。しかし、最後まで残ったアナセトラピブの臨床試験・REVEALの結果が2017年8月、主要評価項目(複合エンドポイント)で有効と発表されたが、不可解な軌跡を描いている(注3)。

このように、試験薬有効との結果を出す――効かない薬でも効いているかのように見せるために、製薬会社の臨床試験では複合エンドポイントが多用されている。その典型例がIMPROVE-IT、FOURIER、REVEALである。いずれも複合エンドポイントでは有意差があったものの、データ間の辻褄が合っていない(第38回下「服薬へ誘導巧み その12」および第50回「遺伝子病の陥穽 その1」)。しかも、複合エンドポイントについては、多くの問題点が指摘されている(注4)。

それにもかかわらず、試験薬有効との結果を出すために、これからも複合エンドポイントを主要評価項目にした試験は続出するだろう。

(FHでは細胞内の必要物質が枯渇)
スタチンにPCSK9阻害薬を追加すれば、FHでもコレステロール値を十分に下げることができる。それが死亡や心筋梗塞罹患など、「重要な意味がある指標」を改善するのだろうか――根源的な疑問に答えず、コレステロール説の信奉者は「コレステロールを下げればよい」として、暴走する(広島宣言)。

まず問題になるのは、FH(主にLDL受容体異常)と非FHの高LDLコレステロール血症が同じ状態(病態)なのかという点である。
ヘテロ型FHでは、末梢組織(例えば、血管内皮細胞=第40回「主役は活性酸素 その1」図6)が血中のLDLコレステロールを十分に取り込むことができない。つまり、エネルギー源の中性脂肪、細胞に必要なコレステロール、リン脂質が慢性的に不足している。同時にLDLコレステロールに含まれる脂溶性ビタミン(AやEなど)も細胞内に十分届いていない。
細胞膜の修復にはコレステロールとリン脂質が必須である。これらが細胞内で絶対的に不足するのだから、細胞膜の脆弱化を招き動脈硬化が進行する。
細胞内ではコレステロール不足を解消するため、コレステロール合成が始まり、FHでは細胞内のコレステロール合成活性が4~20倍亢進している。コレステロール合成の中間代謝産物は炎症や細胞増殖に関わっているが、中間代謝産物が豊富にあることが、動脈硬化の原因になる可能性が考えられる。また、細胞内でコレステロールを合成できても、脂溶性ビタミン等の供給は増えないので、個々の細胞で様々な不具合が生じることは十分に予測できる。

一方、非FHでコレステロール値が高い理由は、細胞内へのコレステロールの供給が十分になり、LDL受容体の数が減少して、血中のLDLコレステロールの取り込みが減るからである。このことは、細胞内でのコレステロール合成が抑制されていることも意味する。

これらのことから、FH(細胞内のコレステロール不足)と非FH(細胞内のコレステロール過剰)のコレステロール高値は異なった状態であり、治療法が違わなければおかしい。少なくともFHでは、スタチンにより血中LDLコレステロール濃度を下げたり、コレステロール合成を抑えるような治療をすれば、細胞の状態(コレステロール不足等)が悪化する可能性が高い。

(凝固系の亢進と線溶系の抑制)
FHだからといって、必ずしも心筋梗塞を起こすわけではなく、長寿を全うする例がある。心筋梗塞を起こしやすい原因は、LDL受容体異常だけではなさそうだ。「FHの中でも心筋梗塞を起こした人では、血液凝固系が亢進していた」という報告(Br Heart J 1985; 53: 265-268)がある。表題は「Coronary artery disease and hemostatic variables in heterozygous familial hypercholesterolemia(家族性高コレステロールにおける冠動脈疾患と止血変量)」である。
この報告では、61人のヘテロ型FHで血清脂質量とフィブリノーゲンなど止血変量を測定し、冠動脈疾患があった32人と無かった29人を比較した。両グループで有意差があったのは、フィブリノーゲンと血液凝固因子Ⅷの2項目で、冠動脈疾患があったグループで血液凝固能が亢進していたが、総コレステロール、LDL、HDLでは有意差がなかった(図36)。
図36
図36 検討対象の凝固因子など

この結果はヘテロ型FHでは、①心筋梗塞を起こした人と起こさなかった人でコレステロール値に差がなかった、②薬でコレステロール値を下げても動脈硬化進行を止められなかった、という報告を支持している。
FHで心筋梗塞が多い理由として、細胞内のコレステロールや中性脂肪の欠乏により内皮細胞が脆弱化するため、血液の凝固能亢進や線溶能(凝固血液を分解する能力)抑制の影響が非FHより敏感なのかもしれない。リポ蛋白(a)[LP(a)]が高いFHでは心筋梗塞発症の頻度が高くなる(第53回「遺伝子病の陥穽 その4」図33)が、線溶能抑制に敏感に反応している可能性がある。

なお、血液が凝固する仕組みは、第49回「生体の重要物質 その5」で説明したが、ネット上にわかりやすい説明がいくつもある(図37)。
図37
図37 薬剤師の仕事_研究室

日本では、FHの診断率は1%未満であり、実態はほとんど把握されていない。FHと診断された人はコレステロール値が高く、家族に心筋梗塞を起こした人がいて、心配になって病院に行ったというケースが多いと推定できる。診断されたFHの患者は心筋梗塞を起こしやすいタイプ――血栓が生じやすい人であると推測しても、それほど的外れではないだろう。

(FHでも非FHでもスタチン投与)
FHか非FHかの判定に重要な総コレステロール値230mg/dLが、高コレステロール血症(高LDLコレステロール血症では140mg/dL相当)の診断基準値と不思議な関係(一致?)があることを指摘しておく。また、日本ではFHの診断率が1%未満である。実際には、0.5%未満ではないかとさえ思われる。
これらのことから、一般的な疫学データ(特に働き盛りの男性)では、コレステロール値ではなく、FHの存在により、総コレステロール値250mg/dLを超えると心筋梗塞が急増しているのである。さらに勘ぐれば、そんなことは承知の上で、総コレステロール値220mg/dL(LDLでは140mg/dL相当)を超えた人に、どんどんスタチンを服薬させれば、FHの低診断率をカバーできるという発想かもしれない(注5)。

FHと非FHとの区別なしに、コレステロール低下治療を行えば(現状はこれに近い)、製薬会社は薬が売れ、医師は固定客が増えるので大歓迎だろう。しかし、スタチンによるコレステロールの低下は、FHの動脈硬化抑制、心筋梗塞予防のいずれにも効果がない(第34回「服薬へ誘導巧み その6」図28のENHANCE、GISSI-FH参照)。

コレステロール検査について、「コレステロールの低下には役立つが心筋梗塞の予防に有効との証拠はない」という厚労省研究班の判定(「速報4 狙いは服薬者増」図13)は、当然の帰結である。

(コレステロール仮説はウロボロスの蛇)
コレステロール説はFHの存在によって生み出され、コレステロール説によって、FHはコレステロール値が高いので心筋梗塞を起こしやすいと説明する。まるで、ウロボロス──自分の尻尾を飲み込む蛇だ(図38)。別の言い方をすれば、ニワトリとタマゴの関係である。
図38
図38 ウロボロス

コレステロール説は、無限連環が生み出した誤謬である。FH診断率の大幅な向上は、この連鎖を断ち切る方法の1つである。

カール・ポッパー氏(英国の哲学者)は、純粋な科学的言説の必要条件として、反証可能性を提唱した。平易な説明では、「どのような手段によっても間違っていることを示す方法が無い仮説は科学ではない」となる(注6、ウィキペディアの「反証可能性」参照)。

すでに述べたように、コレステロール説から非本質的な修飾を削ぎ落とすと、残るのは「FHが存在する」という主張になる。コレステロール説は「FHの存在によって生み出され」、コレステロール説によって「FHは心筋梗塞を起こしやすい」と説明する。さらに、「FHが存在するのでコレステロール説が成り立つ(コレステロール値が高い人が心筋梗塞を起こしやすい)」――という循環構造になっている。

根拠を無限連環に求めるコレステロール説は反証可能性がないので、科学とは言えない。敢えて表現すれば「神話」と呼ぶべきか、それとも「詐欺」と言うべきか――詐欺とすれば、被害者は“緩慢な殺人”の犠牲になるかもしれない。

コレステロール説を科学にするには、FHを除外した集団を対象に議論しなければならない。

さらに、コレステロール値と心筋梗塞発症を同時に高くする、FH以外の原因Xの影響も除外する必要がある。このようにして、精度を上げれば、コレステロールの影響は限りなくゼロに近づき最終的にはマイナス――コレステロールが高いほど心筋梗塞を起こしにくいと予想する(注7)。

(論議の迷宮、行き着く先はスタチン服薬)
「コレステロール値と心筋梗塞発症の相関」から「コレステロール高値が心筋梗塞の原因」という主張が派生し、LDLコレステロールが動脈硬化を進行させ(これは嘘: 動脈硬化を進行させるのは酸化LDLコレステロール)、最終的に心筋梗塞を招く(これも嘘: 第40回「主役は活性酸素 その1」図10)というメカニズムが提示されたが、論理に飛躍があり(逆は必ずしも真ならず)、証明が必要だ。そこで、これまで通りの生活を続けた集団と食事の変更や薬物でコレステロールを低下させた集団とを長期間追跡する臨床試験が実施された。

その一環がスタチン臨床試験だが、コレステロール専門の岡田正彦・新潟大学名誉教授が「欺瞞に満ちた論文の数々を書いた研究者、製薬会社に対し、強い怒りを感じている」(Business Journal)と述懐しているように、これらの試験は商売の世界の話であり、科学の対象として扱うには不適切である。そこを誤魔化すために、「心筋梗塞発症がコレステロール値と相関」と「一連の臨床試験」との間にも凭れ合いの関係が生じる。

コレステロールを巡る議論は、複雑な堂々巡りをいくつも内包しながら、唯一の目的「スタチン服薬」へと導く。

注1: 従来の動脈硬化学会ガイドラインの危険因子数によるリスク分類は事実上、米国人データから作成されたフラミンガム・リスクスコアを使って発症確率を評価していたが、ある人の絶対リスクをフラミンガムで算出すると、吹田スコア(日本人データ)による評価の3~10倍も高くなる(「速報4 狙いは服薬者増」図4)。
ガイドライン2017年版では吹田スコアを採用したが、従来のガイドラインと整合させたため、分類区分の数値(絶対リスク)下限を極端に低くせざるを得なかった。なお、簡易フローチャートは危険因子数による分類なので、絶対リスクは表面に出ていない。
標準とされる米国のガイドライン(NCEP/ATPⅢ)では中リスクの範囲は10年発症確率7~9%(計算上は8%)に設定されているが、動脈硬化学会ガイドラインの中リスク下限は2%である。さらに、簡易チャートを使うと1%でも中リスクに分類されることが、しばしば起こり得る。
吹田スコアを採用した上で、NCEP/ATPⅢを忠実に再現したリスク分類が絶対リスク試案である。動脈硬化学会ガイドラインと絶対リスク試案には大差がある――動脈硬化学会は、発症確率が極めて低い人を中、高リスクとして、服薬させているのだ。

注2: IMPROVE-ITの主要評価項目は、「心血管死、心筋梗塞、不安定狭心症による再入院、脳卒中、ランダム化から30日以降の血行再建術」の複合エンドポイントである。一般に、複合エンドポイントにすれば、「死亡」や「心筋梗塞」といった重大なエンドポイントの発生が少なくても、「心不全による入院」などのような「主観的」で「比較的発生しやすい」エンドポイントを組み合わせることで、効果があるかのように見せかけられる。また、不都合な結果になっても、データ操作によって隠蔽が可能だという(製薬会社にとっての)メリットがある。

注3: 最後に残ったCETP阻害薬・アナセトラピブ(メルク)の臨床試験・REVEALの結果が2017年8月29日、『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』(NEJM)電子版で発表された(HPS3/TIMI55-REVEAL Collaborative Group. N Engl J Med. 2017 Aug 28)。アテローム動脈硬化性血管疾患の患者3万449人を対象にスタチンにアナセトラピブを追加した群と偽薬を追加した群に分けて約4年間追跡した。
論文によると、アナセトラピブが主要冠動脈イベント(冠動脈死、心筋梗塞、冠動脈血行再建術の複合エンドポイント)を有意に抑制した(図39)。しかし、総死亡率はアナセトラピブ群で7.4%、偽薬群では7.6%(総死亡数は計2277人で差は約30人)と有意差がなかった。第34回「服薬へ誘導巧み その6」で指摘した問題点「心筋梗塞罹患が減ったが、総死亡は減らなかった」の変形版である。
図39
図39 アナセトラピブ

心筋梗塞死=(冠動脈死+心筋梗塞)-(冠動脈死または心筋梗塞)とすれば、心筋梗塞死がそれぞれ123人と141人になり、冠動脈死や心筋梗塞と比較すると異常に少ない――辻褄が合わない。また主要冠動脈イベントの差は163人で、血行再建術の差が120人だから、「作為の温床」である血行再建術で差が生じたことになる。
信頼できそうなのは冠動脈死だが、この項目では有意差がなかった。この試験では「重要な意味がある指標」を改善したという証拠が何一つ示されていない。

複合エンドポイントを採用した理由も理解できない。エンドポイントを心筋梗塞にしても有意差があったのに、なぜ複合エンドポイントにしたのか――答えは簡単である。心筋梗塞にすれば、「急性」かどうかも含めて判定法が焦点になり、作為が露見するかもしれないことを恐れたと推測できる。
この点は、LDL受容体の分解を抑制するPCSK9阻害薬の臨床試験・FOURIERも同じである。作為の隠れ蓑として複合エンドポイントを悪用したのではないのか?

米国の情報サービス会社「Bloomberg」(ブルームバーグ)は「有効との結果にもかかわらず、メルクはFDAに新薬の承認申請を行うかどうか決めておらず、医療関係者やアナリストを困惑させている」と報じた(第48回「生体の重要物質 その4」)。
同業他社は開発を中止したが、CETP阻害薬の問題点を熟知している。メルクはそんな中で、アナセトラピブを商品化する度胸がないのかもしれない。また、米国食品医薬品局(FDA)を説得できるデータとも思えない――今後の展開で明確になっていくだろう。ハイリスクの1万5000人が4年間服薬して、死者を減らせなかった予防薬に価値があるのか?

論文筆者の「HPS3/TIMI55-REVEAL Collaborative Group」の連絡先は英国・オックスフォード大のCTSU(The Clinical Trial Service Unit and Epidemiological Studies Unit)である。CTSUは、製薬会社の資金提供で設置された組織で、メルクの支店との指摘がある。CTSU発の論文には、製薬会社に極めて有利なものが多く、常識では考えられない数値が並ぶ論文がいくつもある(例えば、第32回「服薬へ誘導巧み その4」)。

筆者は「HPS3」で始まっているが、一連のスタチン臨床試験に「HPS(Heart Protection Study)」がある。これは1次予防により心筋梗塞発症だけでなく、総死亡率も減らすことができたとする空前絶後のスタチン臨床試験である。
スポーツでは空前絶後の記録は賞賛されるが、科学の世界では、空前絶後は追試で確認できなかったことを意味する。同時代のすべての試験で総死亡率の減少がなかったことや、実薬(リポバス)群と偽薬群との直接比較が記載されていないため、総死亡率を13%減少させたという結論には捏造疑惑が指摘されている。HPSを計画、実施したグループが今回も関与しているとすれば、REVEALを信用するのは詐欺師に金を預けるようなものだ。

別のCETP阻害薬であるトルセトラピブ(ファイザー)の臨床試験・ILLUMINATEでは、無作為割付されたはずなのに、トルセトラピブ群には糖尿病患者や高血圧患者が少なかった。さらに、一過性脳虚血既往患者がトルセトラピブ群の311人に対して対照群は405人だった。つまり、トルセトラピブ群が対照群より、心血管合併症を起こしにくい集団になるように最初から仕組まれていたのだ。
このような例もあるので、製薬会社主導の試験は割り引いて評価する必要がある(ケアネット「論文を読むときは最初に利益相反を確認する必要がありそうだ」)。なお、ILLUMINATEはトルセトラピブ群での死亡が増加したため中止された(第48回「生体の重要物質 その4」)。

注4: 薬害オンブズパースン会議の「揺らぐ臨床試験の信頼性 複合エンドポイントの重大な問題点」や医学書院の「論文解釈のピットフォール」等を参照。

注5: こんなことを考えている医師や専門家はいないと思われるかもしれない。しかし、LDL140mg/dL(総コレステロールで220mg/dL相当)を超えているというだけで、安易な投薬が行われていることを実感している人は多いだろう。程度の差はあっても世界的に、低リスク者への広範なスタチン投与が行われている(第33回「服薬へ誘導巧み その5」)。

似た例として、「ステロイド恐怖症」を挙げることができる。ステロイドへの拒否反応が、アトピー性皮膚炎治療の大きな障害になり、怪しげな民間療法や医師による「脱ステロイド」と称する、これも怪しげな治療が跋扈した原因である。「ステロイド恐怖症」を「コレステロール恐怖症」に置き換えてみると、共通点がいくつか浮かび上がる。

ステロイド恐怖症の発端は(善意の)医師である。以前は、ステロイドの塗り薬は薬局で簡単に買えた。このため、化粧かぶれ(化粧アレルギー)に悩む女性が使用した。化粧のりがよくなるということで、化粧アレルギーのない人まで使い始めた。
最初は弱い薬を使っているのだが、効き目がなくなるので次第に強い薬になり、健康被害が目立つようになった。ステロイド中毒である。中毒からの離脱には入院が必要なケースさえあった。心配した医師が、「ステロイドは怖い」と、積極的に発言するようになった。こんな状況下で、企業化した民間療法、さらにマスコミが加わって「恐怖症」が作り上げられた。

ステロイドは強力な薬であり、もちろん副作用はある。安易な使用を戒めようとすることは理解できる。しかし、これに端を発し、「ステロイドは怖い」が独り歩きして、「悪魔の薬」伝説となり、拒否反応を招くようになった。
ステロイドをコレステロールに置き換えて、「コレステロール神話」が成立する過程と、どこか似ていることに気づかれるだろう。正確な情報を過不足なく伝えるのが重要なのである。

ステロイド恐怖症がどのようにして成立したかは、竹原和彦氏が科学誌『サイアス』(朝日新聞社発行)の1999年1月号で報告した「誤解が生んだ『悪魔の薬』伝説」を読めば、大筋を理解できる(図40)。
図40
図40 ステロイド恐怖症

なお、コレステロールもステロイドの一種であり、ステロイドの仲間にはコルチゾールや男性、女性ホルモンなど生体内で重要な役割を果たしている物質が多い(第45回「生体の重要物質 その1」等)。

注6: カール・ポッパー(Sir Karl Raimund Popper、1902年7月28日~'94年9月17日)氏は反証可能性のない言説として、以下の簡単な例を示している。
'Why is the sea so rough today?'- 'Because Neptune is very angry' - 'By what evidence can you support your statement that Neptune is very angry?' - 'Oh, don't you see how very rough the sea is? And is it not always rough when Neptune is angry?'

注7: 年をとるほど、コレステロール値と心筋梗塞発症の相関は弱まり、80歳以上では逆相関する(第52回「遺伝子病の陥穽 その3」図24)というデータがある。また、自治医大コホート研究では、女性はコレステロール値と心筋梗塞死は逆相関している。これまでの疫学調査から、FHの影響を取り除くだけでも、逆相関する可能性は高い。
決定的なことを言うには、FHを除外した集団を観察するのが最も明快な方法である。日本脂質介入試験(J-LIT)のようにFHの占有率が分かっている試験では、影響の補正は可能である。何度も説明したように、FHの影響を除くとコレステロール値と心筋梗塞発症は相関していない(第22回「権威利用し拡販 その2」図6)。
FHでは心筋梗塞が多発し、同時にコレステロール値も高くなると解釈しても、コレステロール値が高いので心筋梗塞が多発すると理解しても、疫学データや臨床試験の結果を説明できる。強いストレス下に置かれると心筋梗塞が増えるという事実も同じように二通りの説明が可能である――そこに製薬会社や医師の利害が絡まるのだから、簡単には決着しないことを解っていただけるだろう。
(執筆:笠本進一)




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