ここで簡単な計算をしてみよう。この数字は、3年4カ月にわたる治験の対象者各100人につき、偽薬を投与した患者のうち3人、リピトール投与患者のうち2人が心臓発作を起こしたことを意味する。薬による差はどれぐらいかといえば、心臓発作を起こした人が100人につき1人少ない。すなわち、1人の心臓発作を防ぐのに、100人がリピトールを3年以上服用しなくてはならなかったことになる。そのほかの99人は、測定可能な効果は得られなかった。つまり、患者1人に効果が表れるまでの治療必要例数(NNT)は100となる。NNTは一般には知られていないが、有用な指標だ。
例えば胃潰瘍の原因となるピロリ菌を除去する抗生物質治療の場合、NNTは1.1である。11人に投与すると10人が治癒する計算だ。NNTが低ければ、多くの患者が治療効果を期待できることになる。
何年もスタチンを服用しても効き目があるのは100人に1人だと説明すれば、患者は驚き、ウィンさんと同様、多くは服用するのをやめるだろう。
さらに、多くの患者にとって効果は「NNT=100」にも満たないとする根拠もある。NNTを決定する試験は、製薬業界が費用を負担し、高血圧や喫煙といった様々な危険因子を持つ患者が注意深く選ばれて実施されている。しかし、米国政府が資金を出して行われた大規模な試験では、統計的に有意な薬効は全く確認できなかったのである。
また、「臨床試験は様々な要因に左右されやすいため、“わずかだが効果がある”という結果には常に疑わしさがつきまとう」と、ノースカロライナ大学チャペルヒル校の薬学教授で、製薬業界を長年批判してきたノーティン・M・ハドラー博士は指摘する。「NNTが50以上ということは、宝くじに当たる確率より低いということだ。最悪の場合、全員が“外れ”かもしれない」と言う。
最近の学術論文では、5年以上スタチンを服用しても低リスク患者のNNTは250以上だと報告されている。
薄く広い予防措置にどれだけの予算を投じるべきか?
製薬業界に批判的な、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で臨床医薬を専門とするジェローム・R・ホフマン教授はこう問いかける。
「250人を1部屋に集めてこう言ってごらんなさい。年間1000ドルを払って、ある薬を毎日飲んでください。下痢や筋肉痛などの副作用があります。しかも250人中249人には全く効果がありません。運動するのと同じくらいの効果はあるでしょう──。何人がその薬の服用を選ぶだろうか」
製薬会社をはじめとするスタチン支持者は、NNTが高いことをあっさり認めている。ファイザーの担当者からは、「ご指摘の通り、この試験ではNNTは100前後になります」との回答があった。
その一方でいくつか反論も返ってきた。NNTが高いからといって広く使用されるべきではないということにはならないというのだ。NNT100超という数値が示す通り効果は小さいものの、何百万人もの患者が使用している以上、1000人単位で心臓発作を防ぐことができるからだ。
筋は通っている。だが、同時に医療政策に関する重大な問題も提起している。スタチンの投与や前立腺ガンの検査のように、恩恵を受けるのはほんの数パーセントの人に過ぎないような予防措置に、どのぐらいの予算を投じるべきかということだ。
「全体の視点で考えるなら全員にスタチンを投与すべきだろう。しかし、個人の視点で考えるなら投与すべきではない」と、英ダーリントン記念病院で顧問医を務めるピーター・トルービー博士は言う。「全体の視点からは大きな価値があったとしても、一人ひとりの視点からはほとんど利益にならないことがある」。地域の慈善事業のために宝くじを買うようなもので、目的は立派だが、くじが当たる確率は極めて低い。
またスタチン支持者は、NNTは投与後3~5年で計算されるため、数値が異様に高く出がちだと主張する。ファイザーは、試験では100人に投与して1件しか心臓発作を抑えられなかったものの、将来的な心臓発作のリスクを軽減することで、「基本的に一部もしくは100人全員に効果がある」と述べている。
もっと長期にわたってスタチンを投与すれば効果は高まるというのが支持者の考えだ。「スタチンを5年間だけ服用しても意味がない。コレステロール低下薬は一生飲み続けるべきだ」と、積極的なスタチン治療を唱える人物もいる。NCEP委員会の委員長で、米テキサス大学南西医療センター付属人間栄養センター(ダラス)所長のスコット・グランディ博士だ。
グランディ博士の推計では、人が一生の間に心臓発作を起こす可能性は約30~50%(女性より男性の方が高い)。スタチンはそのリスクを約30%低減させるという。スタチンの服用を30年以上続けると、100人当たりの心臓発作は9~15件減る計算だ。つまり、1人の心臓発作を防ぐためにスタチンを一生飲み続ける必要のある人はわずか7~11人ということになる。
驚きましたね!私も市の検診ではいつもコレステロールだけが高く他は正常なのに要医療となっています。そのためスタチンを飲んだほうが良いかなと思っていたのでびっくりです。大体日本ではコレステロールの値がどのくらいあれば正常なのか等良く判っていない所があると思います。メタボにしても腹囲がどの位までが正常なのかという問題が去年起きた事も忘れられません。(2008/01/28)