「マルドゥック・スクランブル 燃焼」〔完全版〕の内容
少女は戦うことを選択した―人工皮膚をまとい、高度な電子干渉能力を得て再生したパロットにとって、ボイルドが放った5人の襲撃者も敵ではなかった。ウフコックが変身した銃を手に、驚異的な空間認識力と正確無比な射撃で、次々に相手を仕留めていくバロット。しかしその表情には強大な力への陶酔があった。やがて濫用されたウフコックが彼女の手から乖離した刹那、ボイルドの圧倒的な銃撃が眼前に迫る。緊迫の第2巻。 【「BOOK」データベースより】
「マルドゥック・スクランブル 燃焼」〔完全版〕の感想
「圧縮」から・・・
「圧縮」は、バロットとボイルドの息詰まる銃撃戦の途中で終わり、「燃焼」は、その戦闘の続きから始まります。
バロットは、ボイルドの破壊力と戦闘力と彼の存在に圧倒され、絶体絶命に追い詰められます。読んでいて、ボイルドの存在が強大な質量で迫ってくる感覚を覚えます。
そんな中、ウフコックは、暴走したバロットを拒絶しながらも、ボイルドから逃がそうとします。ウフロックは、自らを乱用する者を、本来受け入れることはできないはずなのです。そのことが拒絶という形を取るのです。
そうでありながらも、何故、バロットを逃がそうとするのか。バロットの味方であり続けようとするのか。バロットの心だけに焦点を当てるのではなく、ウフロックという存在が、その後のバロットに大きな影響を与えていくことを示唆しています。
そして、バロットは自らの暴走が引き起こした惨劇と、ウフロックに対する裏切りとも言える乱用に動揺します。ウフロックの拒絶を通じて、バロットの動揺が増幅して表現されています。
バロットの内面の弱さと暴走、ウフコックへの裏切りによる動揺と後悔、ボイルドとの戦闘における自身の無力さ。
様々な問題を抱えたバロットが、どのようにして、それらに向き合い克服するのか。そして、どのようにして、自らの存在を成長させていくのか。
この「燃焼」で、どのように描かれているのか、想像もつかない状態です。
「燃焼」での新たなる登場人物
プロフェッサー・フェイスマン
宇宙戦略研究所の創始者"三博士"の一人。厚顔無恥という意味でフェイスマンのあだ名で呼ばれていた。現在の研究所のことを楽園と呼んでいる。
トゥイードルディ
生まれつき体に重い障害があり研究所に預けられた男。研究所の廃棄後はフェイスマン等と共に研究所に残った。体を治療しトゥイードルディムの行動意識を移植することで体を動かせるようになった。
トゥイードルディム
イルカ。研究所の廃棄後はフェイスマン等と共に研究所に残った。トゥイードルディの言語意識により発話能力を得た。
ベル・ウィング
スピナー。その世界では名前を知らない者はいないと言われているほどの腕利きのスピナーであったが、バロットの能力に入れ込み、仕事の範疇を超えての真剣勝負に負けた事でカジノ側から解雇を言い渡される。
マーロウ・ジョン・フィーバー
ディーラー。ディーラーとしてはかなり優秀であったが、ドクターやウフコックの方が数段上手だったため、その自身の能力に対する過信が裏目となって手玉に取られ、完全敗北する。
「燃焼」の感想
「圧縮」では、視覚的に派手な戦闘や銃撃が物語の主軸を占めていました。もちろん、その対照として、登場人物の内面の動きを際立たせることも主軸です。
その両軸をもって、物語を組み立てていました。
「燃焼」においては、大きくふたつの構成で物語が描かれています。
ひとつは、バロットがボイルドとの戦闘から避難した「楽園」での物語。
もうひとつは、「楽園」で得た情報をもとに、シェルを追い詰めるための「ある物」を奪うために乗り込んだ「カジノ」での物語。
「楽園」での出来事
ドクターに連れられ避難した「楽園」には、ウフコックとドクターのルーツがあります。「楽園」が、どんな場所なのかは非常に重要な事柄なので書きません。ただ、事件担当官としてのウフコックとドクターの根幹にかかわる場所です。彼らの謎の部分が、徐々に明かされていき、今までの行動について納得する部分が多く出てきます。
彼らの過去を明確にすることで、バロットに対する彼らの態度の源も明確にしようとしています。
バロットが、彼らの過去を知っていくことにより、バロットとウフコックとドクターの関係から不安定な要素が取り除かれているように感じます。
それに加えて、バロットが「楽園」で出会った人物たち。
「トゥイードルディ」
「トゥイードルディム」
「プロフェッサー・フェイスマン」
彼らが、バロットの心に大きな影響を与えます。「楽園」は、バロットに成長を与えているのです。バロットが、自らの存在の意味を知り、これからするべきことを思い起こさせるために、「楽園」が存在しています。
「燃焼」の前半部分に当たる「楽園」の出来事は、バロットの内面を扱ったものです。バロットの内面の変化を、ある時は直接的に、ある時は間接的に描いています。その文章は、バロットの心の動きを適切に表現しています。
新たなる展開を迎えるためにも、バロットの心の変化は、重要な事柄です。
そして、自らの事件を追うために、「カジノ」へと向かうことになるのです。
「カジノ」での攻勢
「燃焼」の後半の舞台は、「カジノ」です。
事件解決のため、シェルから奪う「ある物」のために、3人が向かったのが「カジノ」です。「カジノ」で勝つことが、シェルを追い詰めることに必要なことであり、決して負けることは許されない闘いです。
闘いの舞台が「カジノ」になるとは予想外でした。
「圧縮」での激しい銃撃戦から、一転して「カジノ」が主戦場です。その展開の意外性に戸惑います。
しかし、弾丸がチップに変わっただけで、闘いという本質は変わりません。神経がピリピリするような心理戦が展開されていきます。その心理戦の中、バロットはウフコックを理解しようとしていく様子が分かります。
そのカジノでの闘いの中で、バロットの成長にきっかけを与える重要な人物が登場します。彼女は、カジノのディーラーという敵でありながら、バロットが成長するためのきっかけを与えるのです。
闘いの中で偶然にきっかけになったものではなく、バロットの存在が、ディーラーである彼女の心を動かしたのです。心を動かされた彼女が、逆に、バロットの心を動かすきっかけになったのです。
バロットと彼女の勝負は、彼女の愛情がバロットを包み込んでいくように感じます。
カジノでの闘いの中で、バロットは、自らがすべきことと、それをどのようにするのか。それを理解するきっかけを得ていく様子が、手に取るように分かります。
しかし、同時に、ウフコックたちは不安を持っているように感じます。その不安は、文中では「焦げ付き」と表現されていますが、その言葉が具体的に何を指しているのか、理解し難いところもありました。
著者の文章表現は、独特の雰囲気を持っています。そのことが、他の言葉で言い表すのが難しい言葉を生むのかもしれません。「焦げ付き」については、私は「トラウマ」が近似語かな、と思っています。
「燃焼」におけるボイルドの存在も重要です。「燃焼」においては、あまり登場しませんが、その存在感は増していきます。ボイルドの存在と「焦げ付き」。
様々な要素が、「排気」で、どのような結末を迎えるのか。期待が高まります。