東京ではホテルの新設が相次いでいる(3月に開業した中長期滞在型の「アスコット丸の内東京」) 急伸するインバウンド(訪日外国人)にホテルが追い付かない――。2016年頃まで、そんな危機感が日本を覆っていた。だがそれから1年余りで、東京など大都市ではホテルの新設計画が次々と浮上。一般の民家に旅行者を泊める民泊も18年6月に全国で解禁されることが決まった。こうした変化を踏まえ、みずほ総合研究所の高田創チーフエコノミストは「東京のホテルは五輪・パラリンピックが開かれる20年に余剰になる可能性がある」と話す。当初の不足予測が一転した背景について聞いた。
■4000万人の政府目標「実現堅い」
みずほ総合研究所でチーフエコノミストを務める高田創専務執行役員 ――まずインバウンドの見通しについてうかがいます。現在の年間2400万人を20年に4000万人に増やすという政府目標は達成可能でしょうか。
「実現は堅いのではないでしょうか。現実的な目標になっていると思います。所得が増えている東アジアの中産階級は日本の文化を好んでおり、採り入れたいという思いが強いです。日本を旅行した後、リピーターになる比率も非常に高い。クルーズ船による訪日も増えているし、民泊も増えるでしょう」
「日本はモノをつくって輸出する時代が続いてきました。それに対してサービスの輸出にあたるのがインバウンドで、日本にとってはビジネスモデルの大きな転換です。少し前まで訪日外国人を年1000万人にすることも夢物語といわれていましたが、この4~5年で環境は様変わりしました。今の状況は『第二の開国』に近いです」
――みずほ総研は16年8月の試算で、20年に訪日外国人が4000万人まで増えた場合、全国でホテルが4万4000室足りなくなると予測していました。現時点の見通しを教えてください。
「その後に明らかになったホテルの新設・増設計画に加えて、民泊やクルーズ船を利用する人の増加見通しを踏まえて、17年9月に改めて試算しました。すると20年の通年でみた場合、全国のどの地域でもホテルが不足しないという結果になりました。不足する可能性がある地域は大阪だけで、訪日外国人の滞在日数が想定より上振れした場合に800室、訪日外国人と日本人の両方が上振れしても3800室が足りなくなる程度です。ホテルや旅館が逼迫するという懸念は大幅に後退しています」
みずほ総研のインバウンド予測 ――東京都内ではホテルの建設ラッシュが続いています。むしろ余るのではありませんか。
「東京では超過供給の状態になる可能性があります。特にクルーズ船や民泊の利用者が増えれば、余りやすくなります。宿泊施設のセグメント(区分)も変わるでしょう。(中価格帯の)ビジネスユース、(高価格帯の)ハイエンドは今後も残りますが、(低価格帯の)バジェットホテルのクラスでは民泊が一定量の割合を占めると思います」
「もっとも月次でみると、五輪が開かれる20年の8月は東京の宿泊施設が足りなくなる可能性があります。日本人による利用が増えるためです。12年夏にロンドン五輪が開かれた時も、ロンドンでは外国人から自国民への宿泊シフトが起きて、外国人の宿泊者のシェアが下がりました。こうした一時的な需給の逼迫には、民泊のように人手がかかりにくい方法で対応する必要があります」
――地方都市のホテル需給はどうですか。
「地方では、ホテルの客室よりも人手不足の方が大きな問題です。中小規模の宿泊施設は従業員が高齢化しています。特に家族経営の宿泊施設は事業の継承もできず、営業を続けることさえ難しくなっています。だから人手をあまりかけずに宿泊サービスを提供できる民泊は、地方において外国人旅行者の受け皿として重要です」
■ライドシェア、地方でこそ必要に
――地方は東京ほど公共交通機関が発達していません。空港や駅から観光地までを結ぶ「二次交通」も課題ではありませんか。
「その通りです。せっかく外国人旅行者を呼び込んでも、その地域内を周遊してもらえなければ、経済効果は小さくなってしまいます。沖縄県をクルーズ船で訪れた人と飛行機で訪れた人を比べると、その違いは明らかです。クルーズ船は空路に比べて滞在期間が短いうえ、(港からの)バスやタクシーが不足しているため、港周辺の景色だけ楽しんで帰ってしまいます。その結果、沖縄県での支出額は空路が1人10万円近いのに対し、クルーズ船は3分の1程度しかありません」
東京五輪・パラリンピックで未来に残したいレガシーの一つに「キャッシュレス」をあげる ――どんな解決策が考えられますか。
「米ウーバーテクノロジーズが提供しているようなライドシェアのサービスは地方でこそ有効でしょうね。地方では宿泊サービスだけでなく、運輸サービスでも人手不足が深刻ですから、シェアリングエコノミーによってサービスを提供する仕組みをつくらないと、外国人が来ても、二次交通が充実していないために、地域でお金を使ってもらえないでしょう」
――みずほ総研は東京五輪・パラリンピックの経済効果を20年までの累計で30兆円規模になると14年に試算しました。この見通しは変わっていませんか。
「カジノを中心とする統合型リゾート(IR)の整備など(試算の前提の)一部は実現に至っていないものの、全般として経済の押し上げ効果は見誤っていなかったと思います。(13、14年にヒットした)アニメ映画『アナと雪の女王』になぞらえれば、日本経済はバブル崩壊後に冬の世界に入ってしまいました。映画で『真実の愛』が雪を解かしたように、アベノミクスの成長戦略や東京五輪・パラリンピックが雪解けに向かうためのマインドを切り替えたのです」
――押し上げ効果が「需要の先食い」であれば、五輪・パラリンピック後の反動も予想されます。
「20年以降、建設やインバウンドの需要が落ち込むといわれますが、逆です。建設需要は20年以降も伸びるとみています。公共インフラや民間の建築が老朽化しているにもかかわらず、20年まで(新築を優先して)更新を遅らせているからです。インバウンド需要も20年以降、従来のトレンドを超えて、上振れするとみています」
――東京五輪・パラリンピックのレガシー(遺産)についてはどう考えていますか。
「経済やテクノロジーの分野でレガシーを作りたいですね。ロンドン五輪のときに英国は『グレートキャンペーン』を展開して英国の経済、文化などを売り込みました。これを日本も参考にしながら、東京大会を経済やテクノロジーのショーケースにして、海外に示していくことが重要です」
「レガシーの一つにはキャッシュレスがあると思います。日本は現金決済の比率が高いですからね。中国の人が日本に来て、久しぶりに(現金を入れる)財布を買ったという冗談もあります。キャッシュレスになれば、小売店もコストを下げることができますし、消費者も現金を持ち歩かないから安全です。せめて五輪・パラリンピックの競技場内では現金を使わなくてすむようにしたいですね」
――みずほフィナンシャルグループは円と等価交換できるデジタル通貨「Jコイン」を東京五輪・パラリンピックまでに作り上げ、日本をキャッシュレス社会に変えようとしています。
「Jコインは何としても実現したいですね。いろいろな人にオープンに参加してもらって、インフラのようにしていく必要があります。将来は(他国の通貨との)互換性を確保して、訪日外国人にとっても便利なものにしないといけないと思います」
高田創
みずほ総合研究所チーフエコノミスト・専務執行役員調査本部長。1982年東大経卒、日本興業銀行(当時)入行。みずほ証券執行役員チーフストラテジストを経て17年4月より現職。著書に「2020年 消える金融」「国債暴落」などがある。東京五輪・パラリンピック大会組織委員会の「経済・テクノロジー委員会」委員も務める。
(聞き手は山根昭)
日経からのお知らせ 日本経済新聞社は11月9日(木)の午後1時半から、2020年東京五輪・パラリンピックと日本経済の活性化をテーマにした第2回日経2020フォーラム「2020年から見えるインバウンド新時代」を開催します。小池百合子東京都知事、大会組織委員会の御手洗冨士夫名誉会長、東京海上日動火災保険の北沢利文社長らが登壇します。当日の模様は、日経が運営する映像コンテンツサイト「日経チャンネル」(http://channel.nikkei.co.jp/businessn/171109tokyo2020/)で、リアルタイムで配信します。
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