夢は洋画をかけ廻る

洋画のレビューや解釈、解説、感想、撮影地、関連作品などを掲載しています。タイトルは、松尾芭蕉最後の句と言われる「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」由来です。病に伏してなお、夢が枯野をかけ廻るとは根っからの旅人だったのですね。映画はちょっとだけ他人の人生を生きてみる、いわば人生の旅のようなもの。願わくば、芭蕉のような旅の達人になりたいものです。

「タンジェリン」:LAの性的マイノリティの騒々しいイヴを、ポップにユーモラスにテンポ良く描いた、切なくも心に響くコメディ&ドラマ

「タンジェリン」(原題:Tangerine)は、2015年公開のアメリカのコメディ&ドラマ映画です。ショーン・ベイカー監督、キタナ・キキ・ロドリゲス、マイヤ・テイラーラ出演で、ロサンゼルスの下町のクリスマス・イブを舞台に、厳しい環境の中で力強く生きる性的マイノリティたちの厳しい現実や切ない友情、恋愛をコミカルにポップにそして優しい視線で描いています。ロドリゲスとテイラーはベイカー監督がロサンゼルスでリサーチ中に出会ったトランスジェンダーで、演技経験のない二人を役者として起用、二人の経験を基に脚本を書き、全編、アナモルフィック・レンズをつけた iPhone5s で撮影しています。第31回インディペンデント・スピリット賞で作品賞、監督賞、主演女優賞助演女優賞にノミネートされ、助演女優賞を受賞するなど、数々の映画賞にノミネートされ、受賞した画期的な作品です。

 

 「タンジェリン」のDVD(Amazon

 

目次

キャスト・スタッフ

監督:ショーン・ベイカー
脚本:ショーン・ベイカー/クリス・ベルゴッチ
製作:クリス・ベルゴッチ(総指揮)
撮影:ショーン・ベイカー
編集:ショーン・ベイカー
出演:キタナ・キキ・ロドリゲス(シンディ・レラ)
   マイヤ・テイラー(アレクサンドラ)
   カレン・カラグリアン(ラズミック)
   ジェームズ・ランソン(チェスター)
   ミッキー・オヘイガン(ダイナ)
   アラ・トゥマニアン(アシュケン)
   ほか

あらすじ

  • 陽の光が溢れるロス・アンジェルスのクリスマス・イヴ、トランスジェンダーの街娼、シンディ・レラ(キタナ・キキ・ロドリゲス)とアレクサンドラ (マイヤ・テイラー) は、小さなドーナツショップでドーナッツを分け合います。ドラッグ不法所持で28日間の服役を終え、出所したばかりのシンディは、自分の留守中に恋人のチェスターが女性と浮気をしていたことを明かされます。激昂したシンディは、チェスターと浮気相手を捜して街に飛び出します。その夜に小さなクラブで歌う自分のライブで頭がいっぱいのアレクサンドラは、そんな親友をなだめつつライブのチラシを配り回ります。
  • アレクサンドラは街で客を見つけますが、男は金を支払わないと言い出し口論になります。一方、 アルメニアからの移民のタクシードライバー、ラズミック(カレン・カラグリアン)は街娼を拾いますが、女性と分かると彼女を車から追い出します。合流したアレクサンドラと欲望は果たしたラズミックは、アレクサンドラのライブがあることとシンディが戻ったことを聞きます。妻子や義母らがイブを祝う自宅に戻ったラズミックは、食事もそこそこに、また家を出ます。そんなラズミックを不信に思った義母は、別のタクシーでラズミックの後を追います・・・。

レビュー・解説

ロス・アンジェルスの性的マイノリティ達のユーモアとペーソスに溢れたクリスマス・イヴの一日を、ミュージックビデオのようにポップで躍動感溢れる映像と、伝統的な三幕仕立ての構成でテンポよく描いた、ユニークなコメディ&ドラマ映画です。

 

特に性的マイノリティを描いた映画という先入観もなく観たのですが、冒頭、恋人の浮気を知ったトランスジェンダーのシンディが、Dj Light Upのトラップ「Team Gotti Anthem」*1が流れる中、プリプリと怒って歩く姿にいっぺんに魅了されてしまいました。Vine でこの曲を知ったというベイカー監督は、全編 iPhoneで撮影、彩度を上げた躍動感溢れるヴィヴィッドな映像をミュージックビデオのようにビートに合わせたカット割りで編集しており、これが本作の最大の魅力となっています。プロットも恋敵のストレートの女性とシンディのバトルを軸に、性的マイノリティ様々なエピソードを織り込んだ三幕構成のコメディで、思わず引き込まれてしまいます。

 

ポップで躍動感溢れるミュージックビデオのような映像が魅力

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人種の坩堝、アメリカの性的マイノリティをコミカルに描く

ズートピア」(2016年)に関連して「アメリカは人種の坩堝と言うが、彼らは様々なコミュニティを形成して生活しており、必ずしも溶け合っているわけではない」と評した人がいます。人種の坩堝と言われるニューヨーク出身のベイカー監督は、そうした多様性が映画やテレビでは描かれておらず、語られていない物語がたくさんあると、マイノリティにカメラを向け続けています。彼はダルデンヌ兄弟ケン・ローチ監督から大きな影響を受け、時間をかけてコミュニティに溶け込み、マクロではなく、個人の物語というミクロな視点を通して社会的問題を描いています。一方で、「若い、幅広い層にアピールするにはポップであることが必要」いう彼独自の視点も持っており、本作にはそれが如実に表れています。

 

ニューヨークからロス・アンジェルスに引っ越したベイカー監督は、テレビや映画で観るビバリーヒルズのように富裕層が住んでいる魅惑的な地域とはまったく異なるロス・アンジェルスに出くわしました。この映画の舞台はサンタモニカ通りとハイランド通りの交差点付近ですが、その近くに住んでいた彼はトランスジェンダーや売春婦、クロスドレッサーが集まる非公式な特定警戒地区と聞いて興味を持ちました。本作は実際の地理に沿って撮影されていますが、イントロと大団円の舞台となるドーナツ・ショップは、サンタモニカ通りとハイランド通りにある「Donut Time」という店です。現在は閉店していますが、この地域で商売をしていた女性たちのハブ、シェルターとも言える店で、もし、撮影許可が得られなければ、この作品を撮らなかったと言うほど、ベイカー監督の思い入れの強い場所です。

演技未経験者の人生体験を引き出す脚本と演出

ベイカー監督と共同脚本のクリス・ベルゴッチは二人でリサーチを始め、トランスジェンダーのキタナ・キキ・ロドリゲスとマイヤ・テイラーの出会います。時間をかけて二人の実体験や見聞きした話を聞きながらベイカー監督がストーリーを形作り、二人はそのまま出演しています。フィクションとドキュメンタリーの境界線がわからないような、その2つを組み合わせたような作品を作りたい、それぞれの人生経験から何かを引き出したいという監督の意向が、こうしたキャスティングに反映されています。二人には演技経験がありませんでしたが、稀有なことに二人とも自然な演技力を持っており、特に恋敵の女性と激しいバトルを展開するロドリゲスは、普段はシャイで物静かというから驚きです。第31回インディペンデント・スピリット賞では、ロドリゲスは「キャロル」のケイト・ブランシェット、「ルーム」のブリー・ラーソンらと並んで主演女優賞にノミネートされ、テイラーは見事、助演女優賞を獲得しています。

 

脚本はシンディの恋人がシスジェンダー(非トランスジェンダー)の女に浮気したという話をメインプロットに、二人が見聞きした面白い話をプロの俳優カラグリアン演ずるタクシー・ドライバーのサブプロットとして織り込んでいます。彼らが一同に会する大団円に向けて、共同脚本のベルゴッチのスタイルであるしかっりとした三幕構成に纏められています。基本的にアドリブを歓迎する演出法で、マイク・リー監督に倣ったワークショップを行いながら完成させていった脚本は、ワークショップ前10ページ、撮影前45ページ、撮影後70ページと次第に増えて行く形で、出演者の人生経験を引き出したいというベイカー監督の姿勢が伺われます。ロドリゲスとテイラーにとってしっかりした作品にすることを重要視したベイカー監督は、脚本から編集まで事細かに二人のオーケーを貰っていったといいます。時間をかけてコミュニティ溶け込んで制作するベイカー監督の人柄が伺われますが、二人とは今でも連絡を取り合う友人だと言います。シンディの恋敵を演じるオヘイガンはプロの女優で、これでもかとシンディに引きずり回されるハードな役を実に見事にこなし、主演のロドリゲスを引き立てているのも見逃せません。

トランスジェンダーをポップに表現、タイトルに込められた意味は?

性を商売にする者は蔑まれ、ヒモ以外に愛を求めることができなくなりますが、ヒモにとっては商売道具に過ぎず、やがて化けの皮が剥がれていくという厳しい現実が本作には描かれています。有色人種のトランスジェンダーたちが置かれているそうした厳しい状況の中で、喪失感や孤独感といったものを描いているわけですが、ベイカー監督の心理的な負担は大きく、撮影を終えてから編集に入るまで、三ヶ月を要したそうです。監督の仕事の半分は編集と言うベイカー監督が、気分をリフレッシュして編集に取り組んだ時、撮影された映像にもの凄いエネルギーが映っていることに気が付きます。最初は社会派の映画っぽく映像を退色させようと考えていましたが、それがトランスジェンダーのコミュニティを反映する色彩とは思えず、逆に彩度を上げて冬のロス・アンジェルスのオレンジの光を活かすカラー・スキームに変更します。また、自分でもビックリするほど感じたトランスジェンダーたちのエネルギーを、ミュージックビデオのようなビートに合わせたカット割りで表現していきます。

 

タイトルの「タンジェリン」(オレンジの一種、マンダリンより赤みが強い)は、ロス・アンジェルスの夕暮れの空の色と言われていますが、もう少し幅広い意味があるように思います。タイトルについてベイカー監督は、

  • フルーツや色を思い浮かべた時に感じる感覚
  • 言葉通りのものではなく何か異質なものを感じさせる
  • (漠然としたイメージで)解釈は観客の自由
  • 皆、気に入っているが制作スタッフの解釈は各人各様

と語っています。私はタイトルに次のようなことを感じました。

  • エネルギーの象徴
    厳しい環境に負けないシンディやトランスジェンダーが持つエネルギーの象徴。最初は元気印のシンディのあだ名かと思った。
  • ポップな作風の象徴
    ポップでテンポの良い本作のスタイルを象徴。トランスジェンダーの厳しい現実を描いているが、暗さを感じさせない作風によくマッチしている。
  • クリスマスの贈り物の象徴
    クリスマスにはストッキングにタンジェリンを入れてプレゼントする習慣がある。愛を得られないシンディにとってアレクサンドラの変わらぬ友情は何よりの贈り物であることを象徴している。
iPhoneによる映画撮影の利点と装備について

本作は、全編、iPhone で撮影されていることから、映画制作を志す人々を始め、多くの人の注目を呼びました。アナモフィックのアダプター・レンズを使用すれば、小さなiPhoneでも劇場のスクリーンにも耐える映画的な映像が撮れると確信したベイカー監督は、iPhoneを使用する利点として次を上げています。

  • 少人数で撮影でき、機動力があるのでストリートライフを描くのに適している
  • 初めて演技する人にも、威圧感を与えずに撮影できる
  • ゲリラ撮影がやりやすい
  • 動きのあるカメラワークや、走る自転車からの撮影など、現場での自由度が高い
  • 室内など狭い空間でも、シネマスコープですべての情報を捉えることができる

使用されたiPhoneの装備は、以下の通りです。

監督作品としては5作目、それを映画用のカメラではなく、iPhoneで撮影するということに不安を覚えたそうですが、内容が大切と自分に言い聞かせ、35mmで撮るのと同じぐらい真剣にこの作品と向き合ったそうです。実際、アングルやカメラの動きなど、実に素晴らしい映像で、とてもスマートフォンで撮ったものとは思えません。編集も見事ですが、カメラの位置やアングル、動きなど、どのように撮っているか想像しながら観ても面白いと思います。尚、ベイカー監督は、iPhoneで映画撮影に挑戦した人に向けて、

  • マイクはプロ機材を使用した方が良い
  • 独自の美学を持つこと
  • 大切なのは内容(キャラ、演技、ロケーション)の独自性

とアドバイスしています。

 

キタナ・キキ・ロドリゲス(シンディ・レラ)

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マイヤ・テイラー(アレクサンドラ)

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カレン・カラグリアン(ラズミック)

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ミッキー・オヘイガン(右、ダイナ)

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サウンドトラック

 「タンジェリン」サウンドトラックCD輸入版(Amazon

iTunesで聴く*5 Amazon MP3で聴く*6

1. Team Gotti Anthem – DJ Lightup & DJ Heemie
2. Taliban – Haterade & Skelism
3. Feelin – Matthew Engst & Tobias Karlsson
4. Hope – White Night Ghost
5. Got Beats – Duwell
6. Decadence – White Night Ghosts
7. Up In Jam – Fatima Hajji
8. Beat By Beat (Instrumental) – Britney Houston
9. Fire Within – Bern Nix Quartet
10. Octo Div – OKKO
11. Toyland – Julian Wass & Mya Taylor
12. Gotta Get Home – OKKO
13. LuvNato Feelz
14. Get Busy – Mr. Mermaid
15. The Dream of the Unknown Visitor
– Federico Cerrito

撮影地(グーグルマップ)

関連作品

ショーン・ベイカー監督作品のDVD(Amazon

  「チワワは見ていた」(2012年)

  「The Florida Project」(2017年、日本未公開)

 

LGBTを描いた映画Amazon

  「愛についてのキンゼイ・レポート」(2004年)

  「ミルク」(2008年)

  「キッズ・オールライト」(2010年)

  「アデル、ブルーは熱い色」(2013年)

  「パレードへようこそ」(2014年)

  「人生は小説よりも奇なり」(2014年)

  「キャロル」(2015年)

  「ムーンライト」(2016年)

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