メルカリ(東京・港)が年内に計画していた東京証券取引所への上場の延期が濃厚になった。スマートフォン向けのフリーマーケットアプリが爆発的に普及し、日本で唯一の「ユニコーン」(企業価値10億ドル以上の未上場企業)と期待されていた。資金決済法を巡り水面下の協議を続けてきた金融庁に加え、警察庁も難色を示しているという。今年最も注目されるスタートアップに何が起きているのか。
25テーマ連載
電子版「ビジネス」がオープンしました。国内外のあらゆる産業を業種ごとにフォローできます。「コンフィデンシャル」では「メルカリ」を皮切りに25業種・テーマの内幕ルポを約1カ月にわたり連載します。
金融庁幹部「難しい」
「(年内の上場は)難しいかもしれない」。金融庁の幹部は3日、こう話した。金融庁は、メルカリの上場申請を受けた東京証券取引所を通じて同社と水面下の協議を続けてきた。同幹部は、「協議は続けている。資金決済法に抵触するかどうか、実態把握に努めている」と話す。
「紙幣1万円札5枚です。即日発送いたします!!5万9000円」。メルカリで現金が出品されて問題となったのは今年4月半ばのことだ。クレジットカードを使って1万円札を1万3000円で買えば、利子3000円で1万円を借りたのと同じことになる。キャッシング枠を使い切っていても、ショッピング枠で現金を手に入れることができる。メルカリは慌てて4月24日に現金の出品を禁止した。
その後も1万円札を折り紙のようにして作った「魚のオブジェ」や、高額をチャージした「Suica(スイカ)」などの出品が続き、メルカリが禁止するといういたちごっこになった。
だが金融庁の幹部が指摘しているのはこうした表面上の不正利用ではない。もっと根本的な問題だ。
メルカリは、自分が物品を販売して得た売上金を、メルカリに預けておくことができる。売上金が1万円未満だと、引き出すのに210円の手数料がかかるため、1万円を超えるまでためておく人が多い。保管期限は1年間。そのお金で売買を繰り返す。これがクレジットカードや銀行口座を持たない若者にメルカリが爆発的に普及した理由の一つだ。
このしくみが、資金決済法が定める「資金移動業者」にあてはまるとの指摘がある。資金移動業者は万が一経営不振に陥った場合などに備えて、預かっている資金の100%以上を金融庁に供託金として保全しなければならない。
メルカリは「資金移動業者には当たらない。売上金は(事業などで使うことのないように)別口座で保全している」と説明する。だが、さきの金融庁幹部は首を横にふる。「ユーザーの売上金を別口座で保全する方法では、万が一経営不振に陥った際の利用者保護として不十分」との認識なのだ。金融法制に詳しい弁護士も「別口座で管理していようと、倒産した場合、弁済の原資に使われ、債権の優先度の高い金融機関に支払われる可能性が高い」と指摘する。
ペイパル撤退のトラウマ
メルカリはなぜ「資金移動業者ではない」と主張するのか。関係者が口をそろえるのが「ペイパルのトラウマ」だ。ペイパルがソフトバンクグループと合弁会社を設立して、日本でスマホ決済サービスを始めたのは2012年。スマホに読み取り機器を差し込んで、簡単にクレジットカード決済ができるサービスだったが、利用者が伸び悩み16年2月に撤退した。
原因の一つが「資金移動業者に登録してしまったから」(ライバル社)だという。法律では、ユーザーが口座を開設するときに免許証のコピーなど身分証明書を郵送して本人確認をするように定められていた。この手続きが煩雑でユーザーが集まらなかったという。
同じサービスをしている楽天やスクエアなどは、資金移動業への登録を避け、収納代行という位置づけで今もサービスを続けている。
資金決済法は、銀行以外にも銀行業務の一部を開放しようという規制緩和の一環だが、ネット業界では「悪法」との見方が多い。「法制化の過程で銀行からの圧力があり、無意味な規制がかけられた」(法曹関係者)。金融庁もこうした認識はあるようで、「最近では、郵送で義務付けている本人確認を電子化に緩和しようという動きもある」(同関係者)という。
日本発のユニコーンに期待をかける経済産業省も後方から支援した。最近になって、メルカリが売上金をプールする仕組みは、資金移動業者に相当するのではなく、プリペイドカードや商品券と同じような「前払い式支払い手段」と解釈することで、金融庁と経産省の間では「合意ができた」(金融庁関係者)という。
だがハードルはまだある。メルカリの上場報道があった7月、別の中央官庁からもある要請が来た。要請の主は警察庁。中身は「盗品対策」だ。
「警察当局の意向」
7月、800冊もの書籍を万引きしメルカリで売却し100万円近くを荒稼ぎしていた徳島県の女が逮捕された。8月には、マイクロソフトの業務ソフト「オフィス」を違法にコピーしインストールしたパソコンを販売した岡山県の夫婦が逮捕されるという事件も起こっている。
警察庁はユーザーの本人確認の甘さを指摘。関係者によると、一時は出品時と売上金を引き出す時の両方で、身分証明書などで本人確認をするという厳重なやり方を求めたという。
「身分証明書の提示は必要ないのか」「規制を厳しくしすぎれば利用者が離れてしまう」――。
9月下旬、メルカリ上層部が集まった。米国に拠点を移し、海外事業の拡大に集中する、創業者で会長兼最高経営責任者(CEO)の山田進太郎や、山田から国内事業を任される社長の小泉文明も議論に参加した。
メルカリは10月12日、初回の出品時に住所、氏名、生年月日の登録を義務化する対策を発表した。売上金を振り込む銀行口座の情報と照合することで十分本人確認ができるとしている。警察庁は当面この対策の実効性を見守る方針だが、義務化は年内の予定で、上場に間に合わない懸念が出てきた。「警察庁の意向を配慮した金融庁が最近になって年内上場見送りを東証に要請した」(関係者)という。
次は3月末?
「もう楽天に行くしかないな」。メルカリが個人情報登録の義務化を発表した日、ツイッターにこんな趣旨の投稿が相次いだ。楽天が運営する「ラクマ」は、まだそれほど問題が表面化していなこともあり、利用時に住所や生年月日を入力する必要はない。かつて中古品売買の代名詞だったヤフーの「ヤフオク」は規制を強めすぎて、個人の出品が激減。出品者はほとんど事業者になり、通常の通販サイトとあまり変わらなくなった。
メルカリは上場に関して「当社が発表したものではない」と、一貫して言及を避けている。関係筋によれば上場目標時期は、2018年3月末に再設定されたという。だが、当局とメルカリの合意までにはもうひと山ありそうだ。
=敬称略
(篤田聡志、鈴木大祐、八十島綾平)
「コンフィデンシャル」では、25の業種・テーマを読み切りで連載します。