開演直前の16:53、来場者に特典として配布されたCDに収録されている新曲が会場に流れ始める。このとき前日の夜から降り続けていた雨は奇跡的に止み、会場の誰もがこのままの天候で終わってほしいと願っていた。開演時間になると同時にギターの音が鳴り響き、ILL-BOSSTINO(MC)とDJ DYE(DJ)がステージに現れた。
BOSSは会場を埋め尽くすオーディエンスに「一生忘れられねえ日にしようぜ。俺らはこれから大しけの海に漕ぎ出す運命共同体だ」「20年目の宴を始めるぜ」と言い放ち、雨の野音にちなんだリリックを散りばめながら「WE CAN...」を披露。続けて彼らは、8月に発売された「愛別 EP」に収録されている、まるでこの台風の襲来を予言していたかのような「雨降らば降れ 風吹かば吹け」というフックのある「BAD LUCKERZ」をパフォーマンスした。そしてそのまま畳み掛けるように「AME NI MO MAKEZ」に突入。迫り来る台風を挑発するように「雨にも負けず!」と叫ぶ、鬼気迫るBOSSのステージングに観客たちは息を飲んだ。
その後も彼らはTHA BLUE HERB名義の曲のみならず、刃頭とBOSSのコラボ曲「野良犬」や、BOSSが“tha BOSS”名義でソロ曲として発表した「I PAY BACK」など長いキャリアで生まれたさまざまな楽曲を披露。BOSSが「1997年、ここから俺は始まったんだよ」と言い、20年前にリリースしたTHA BLUE HERBとしての最初のシングル「SHOCK-SHINEの乱」をラップし始めた頃から、会場にはポツポツと雨が降り始めた。
ミラーボールの光が会場をキラキラと照らす中、AUDIO ACTIVEとBOSSのコラボ曲「スクリュードライマー」がスタート。これまでほとんどライブのセットリストに入ったことがない意外な曲に会場が驚きざわつく中、深くディレイがかかったBOSSの声が夜空に溶けていった。一転して、SF映画を思わせる世界観の「未来世紀日本」は照明を薄暗くしたステージでBOSSが切々と物語を紡いでいく。雨足はどんどん強まり、この時点ですっかり豪雨になっていた。
この日最初のゲスト・JERRY "KOJI" CHESTNUTSはブルースハープを吹きながら現れ、まずはドラマチックに「続・腐蝕」を熱唱。BOSSと共にストーリー仕立ての長尺曲「路上」を約15分フルサイズで披露し、そして力強く「コンクリートリバー」を歌い上げた。JERRY "KOJI" CHESTNUTSが去ったあとでBOSSは「野音でのライブが決まったとき、このへんの曲は絶対やろうと思ってたんだけど、KOJIがいないとできないので来てくれました」と感慨深げに語った。
その後BOSSが「俺らがどこから来たかはっきりさせとこうや」と言うと、ステージ後方のLEDに札幌の時計台やテレビ塔、すすきの交差点のニッカウヰスキーのネオン看板、PRECIOUS HALLやCLUB GHETTOの看板のイラストが浮かび上がり、「未来は俺等の手の中」がスタート。さらに2人目のゲスト・B.I.G. JOEが登場し、BOSSと共に「WE WERE, WE ARE」「STILL」で熱いラップの応酬を繰り広げた。BOSSとB.I.G. JOEはこれまで長い歴史の中でさまざまなことがあった関係だが、「STILL」が終わった直後にB.I.G. JOEはBOSSに向けて「もう、お前の勝ちだよ。完敗です」と声をかけて笑った。この20年にジャンルを越えてさまざまなアーティストとコラボレートしてきたTHA BLUE HERBだが、この日にゲストとして登場したのは同郷・札幌の仲間であるJERRY "KOJI" CHESTNUTSとB.I.G. JOEのみだった。
もはやシャワーを浴びているような猛烈な雨に打たれながらBOSSは、同じく土砂降りの野音で1996年に開催されたヒップホップイベント「さんピンCAMP」について、当時東京と札幌の差を感じて悔しい思いをしていたと振り返り、「あれから20年遅れたが、たどり着いたぜ」と宣言。「STRAIGHT YEARS」で「THA BLUE HERBはブームじゃなかっただろ?」と力強く声を上げ、「時代は変わる Pt. 1」では「今や日本中で地に足付けて音楽を発信してる奴がたくさんいる。面白い時代だぜ。ほらな? だから言っただろ?」と息巻いた。
若くして病死したラフラ・ジャクソンに捧げるべくDJ KRUSHと共作した「Candle Chant(A Tribute)」では、BOSSは曲の終わりにTOKONA-Xなど先に逝った人々の名前を呼びかけて「野音だぜ? 聞こえるか?」とつぶやいた。その後BOSSに煽られ、会場中が一体となって「未来は俺等の手の中!」というコールを何度も繰り返しシャウト。彼らは自分たちが歩んできたこの20年間を噛みしめ、これからも先に進んでいく意思を示すように「20 YEARS, PASSION & PAIN」と「AND AGAIN」を披露した。そしてBOSSはずぶ濡れになりながら夜空を向いて、冥王星に「俺らは諦めなかった。楽しむことをやめなかった。俺らは伝説の生き残りだぜ!」と報告。「最後に一発デカい花火を上げようぜ!」と客席に呼びかけ、オーディエンスと共にで20周年を祝うバンザイをした。
これでライブは終わったかに見えたが、BOSSとDJ DYEはまだステージを去らない。「ここまで来たらもう安心だよ!」と言いながらBOSSは安堵の表情を浮かべ、O.N.Oが機材を手に入れて初めて作ったTHA BLUE HERBとしての初めての音源「この夜だけが」を流すことを提案した。この音源は当時カセットテープが作られたものの現在誰も所有しておらず、Twitterで呼びかけて探したところ、亡くなった函館のラッパー・Y TO THE ONEの母親が形見として持っていたのだという。のちに発表される「この夜だけは」とはトラックもリリックも別物な、THA BLUE HERBの原点と言えるこの曲を、メンバーと観客は感慨深げに聴いていた。2人は曲を流し終わると、来場者への感謝の気持ちを込めて、改めて「この夜だけは」を披露。「また会ったらこの夜の話をしようぜ。これはかなり長く飲める話だ(笑)」と観客に挨拶した。
最後にBOSSは、普段THA BLUE HERBのステージには立たないO.N.Oを客席から呼び込み、G-FREAK FACTORYの茂木洋晃(Vo)から届けられたという青いダルマを手にして、オーディエンスを背にして記念写真を撮影。3人揃って立ったTHA BLUE HERBに、惜しみない拍手が贈られた。