手を伸ばしてわざわざ取り入れるものから、そこにあるものになった、と思った。
アニメイトガールズフェスティバルで行われた「ヒプノシスマイク」の1st LIVEに行ってきた。長らく遠いと思えてきた日本語ラップとの距離感が気づいたら驚くほど至近距離にきていた、と思った。
「フリースタイルダンジョン」の影響で一大ブームとなったものの、やはりそれまでラップといえば「手を伸ばしてわざわざ取りに行くもの」だと思っていた。けれど、これはもはや「気づいたらそこにあるもの」になったかもしれない。そう考えるとすごいものを目撃した気がした。
ライブの話をする前に、少しだけ、フリースタイルバトル・日本語ラップと、いちオタク女の自分の距離感について言及させてください。
ラップってそこまで聞いたことがなくて、高校時代はやたらとカラオケで男子がDragon Ashの「fantasista」を歌い、大学時代はやたらとカラオケで男子がRHYMESTERの「肉体関係」をカラオケで歌っていた、くらいの触れ方をしてきた世代。
時は流れてBSスカパーでやってた「高校生ラップ選手権」をちょろっと見て、やっと少しだけ自発的に興味を持ち始めた。なぜこの番組を見ていたかというと、同じ時期にBSスカパーで「ジャニーズJr.ランド」という番組がやっていたから。当時はジャニオタだった。
そこで見た、いかにも悪そうな子たちを、異質な雰囲気のGOMESSくんが次々と倒していくのがかっこよかった。
第2回高校生RAP選手権 決勝バトル Kay-on vs GOMESS
「フリースタイルダンジョン」も、セカンドシーズンの最初くらいまでは見ていた。周囲のおたくでハマった人も多かったので、モンスターの面々やDOTAMAとかKOPERUとか親しみやすい人たちの名前だけは覚えた。
しかし日本語ラップが好きな人たちの飲み会にまざると、やっぱり全然ついていけない。
聞いたことあ…いや、ない!の人名のオンパレード。そこで聞いた人の音源を探して聞いてみてもよかったが、興味がそれ以上持てなかったので結局熱もフェードアウト。
だから結局、ブームとはいえど、そこまで身近には感じていなかったのだ。
そしてつい最近、「ヒプノシスマイク」が登場。
はじめは「フリースタイルバトルブームに乗って声優がラップやるなんて安直な…」と思っていたけど、出演キャストの全員マイクリレー曲が予想以上にかっこよかったので、俄然楽しみになってきた。
Division All Stars「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」Music Video
そしてヒプノシスマイクを十分に楽しむために、かつて手を伸ばすことのなかった本を読み始め、聞いたことなかった曲もどんどん聞くようになっていった。
そして迎えた今日の1st LIVE。アニメイトガールズフェスティバルは2日間、池袋の東のエリアで、大小さまざまな女性向けコンテンツにまつわる催しが開催される。
池袋噴水広場は、無料でさまざまな声優のイベントが見られるメインステージといってもいい。
私は前日も噴水広場で声優のイベントを見ていた。「ヒプノシスマイク」前になると明らかに前日の同時間帯よりも噴水広場に多くの人が集まってきた。
ステージ中央にドンとターンテーブルが置かれるAGF噴水広場ステージというのは、奇妙な光景だった。音が前のステージよりもデカい気がする。
始まる前から流れていたマイクリレーによる全員曲「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」では、ホストのキャラクター一二三のラップに自然と客席からコールが入り、誰も見たことないライブへの、観客の期待の高さが伺えた。
そして、突如画面に映し出されたのはUZI。フリースタイルダンジョンでおなじみの「かませー!」でイベントはスタートする。
イベントでは、作品の世界観やキャラクターの紹介、朗読劇に、「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」と、イケブクロディビジョンの三人のソロ曲がフルで披露された。
ライブといえば必ずおたくが持つのはキンブレ。ファンはそれぞれ推しディビジョンの色を掲げる。しかし、木村昴やDJは、あのヒップホップのライブでよくみる手を上下に振る動きを、「やってくれ」と言わんばかりに繰り出す。
戸惑ってたのは私だけじゃないだろう。だんだんと見よう見真似でみんなやり始める。キンブレを振る人がじょじょに少なくなっていった。
私もおそるおそる小さく手を振ってみる。楽しい。
木村さんの「プチャヘンザ!」の一言ですっとその場からキンブレの光が消えた光景は印象的だった。静かにしていた女子たちが、その場で小さく手を振りながら体を揺らし始める。
3連休中日の池袋サンシャインシティ噴水広場。いくら「きらめく乙女のワンダーランド」開催中と言えど、そんなイベントがあることもつゆしらずのファミリーの通行客も多い。実際に、「なにやってるの?声優さん?知らないわー」と言って去って行く人たちも多い場所だ。
そんな中でカルチャーの極北と極北が出会ってものすごい熱を起こしてる。この大音量で振り返る人も多いはずだ。
しかもその熱狂を作り出しているのは、長らくヒップホップシーンから遠いとされてきたおたくの女性たち。
だが実際はとても親和性が高いと思う。キャラクター性の高さや、関係性を楽しめる側面があること、ホモソーシャル感。「文化系のためのヒップホップ入門」で日本でヒップホップに近いものは「お笑い、プロレス、少年ジャンプ」と紹介があったが、そのどれもが熱狂的な女性のおたくを生んでいるジャンルなので、遠いわけがない。
満を辞しての、木村昴演じる山田一郎のソロ「俺が一郎」のパフォーマンスが始まる。
木村昴さんは泣く子も黙る「ドラえもん」声優でありながら、自身の劇団でヒップホップグループを結成するほどのラップ好きとして知られる。
New Japp Heroz - New Japp Swing
「俺が一郎」もそんな木村さん自身がリリックを書いている。
シンプルな名乗りのタイトルは、彼が演じる国民的ガキ大将を彷彿とさせた。
4階までびっしり埋まった客がキンブレをおろして手を上下にゆらゆらさせる。
「ヤバイヤバイ」と連呼する女子の声が聞こえる。
ラップの巧拙などはよくわからない。でも一郎の、木村さんの熱のこもったラップが明らかに聴衆の心を動かしているのがわかる。
木村昴は今に限ったわけじゃなく、乙女系メディアミックス作品の「Dance with Devils」のインタビューですら、「みんなHIP HOP聞こうよ」と話していた。
それだけ自分がいるフィールドのファンに向けて意識的にラップの素晴らしさを布教したい気持ちの強い人なのだと思う。
今この光景は木村昴が心底見たかった光景なのかもしれない。空き地に自らの手で人を集め、自分の歌を披露するジャイアンのDIY精神。
いや、もしかしたらラップを日本に広めようとした数多のラッパーの尽力が生んだ、現時点での、最もスタート地点から遠く離れた”到達点”かもしれない。
「俺が一郎」のリリックのラストは「それは一郎」というフレーズ。他者に呼ばせることで完結する。きょう噴水広場に集まった観客に「それは一郎!」と呼ばせたことで、一郎の存在は他者へ伝播する。ラップとオタク女性の決定的な出会いのフレーズにも聞こえた。
11/15に発売されるヨコハマ・ディビジョンはサイプレス上野もリリックで参加するという。ヨコハマ・ディビジョンの楽曲はトレイラーで聞いた限りスタッフの本気度の強さが伺える感じでブチ上がった。男性声優楽曲を好んで聴き始めて数年経つけど、のちのちになっても語り継がれるほどの名盤の匂いがする。
もしかするとその本気度の高さは、セールスを考えてというよりは、「ラップ」ということで視線を向けてくる「日本語ラップファン」への、牽制なのかもしれない。
それはさておき、サイプレス上野がVTRで出演し、「ラッパーじゃない人がラップをやることで新しいものが生まれる」といった内容の発言をしていたのも、思っていたほどラップはもう遠い存在でもないのかもしれないなと思えた。
新しいもの、と言えば白井悠介が演じる乱数のラップがおもしろすぎる。
やや強引に言ってしまえば乙女系文化で脈々と受け継がれてきたぶりっこ男子をサンプリングしてきてしまった感。こんなラップ聞いたことない。
さらに面白かったのは、朗読劇の中で乱数が「イイ年した大人が子供っぽくて見苦しい」というようなdisを受けていたこと。
正直、かわいいキャラを演じながらラップができる20代前半の若手声優はおそらく白井さん以外にもいると思う。しかし、その「いい年してかわいこぶってる歪さ」までもを乱数のチャームとして表現するのであれば、31歳遅咲きの”若手声優”がキャスティングされたのはしごく当然だ。
あと、□□□(クチロロ)の三浦さんが提供した、山田三郎(CV天﨑滉平)の「New star」がキャラ萌え的にマジで最高すぎる。
現在の山田三郎の設定でどこをどうしたら「魔法使いのfourteen」とか「こんなときたまに思うよ 普通の中学生だったらって」とか中二病ゆえのピュアネス溢れる歌詞が出てくるんだろうか。それをブレイクビーツにG線上のアリアをサンプリングした繊細な曲に仕上げていて、めちゃくちゃかっこいい。
ヒプノシスマイク「Buster Bros!!! Generation / イケブクロ・ディビジョン Buster Bros!!!」Trailer
今日のライブは最初と最後で同じ「ヒプノシスマイク -Division Rap Battle-」が披露されたが、あまちゃんは、1回目と2回目で微妙にフロウを変えてきた。そこに、できる男!感が漂ってた。あまちゃんもまた、フリースタイルダンジョンをきっかけに初めてヒップホップ、フリースタイルの文化に触れてハマっていったうちの一人らしい。
とりとめなく書いたけど、本当に面白かったので、はやく普通にライブイベントが見たいです。ヒプノシスマイクの。
もちろん女のおたくもヒップホップ界隈も面倒な人たちが多い(と聞く)のでこの先どんな学級会が待ち受けてるかわからないけど、それも込みで今後の展開が楽しみ。