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お蔵入り寸前だった『アナ雪』を救った、たったひとつの工夫

これが「アイデア・ブローカー」だ

ディズニー内の試写会でコテンパンにダメ出しされた『アナ雪』は、いかにして大ヒット作になったのか!? そこにはチームの「生産性向上」があった!

ニューヨークタイムズの記者でベストセラー『習慣の力』の著者が生産性の秘密を解き明かした『あなたの生産性を上げる8つのアイディア』より、『アナと雪の女王』大ヒットにいたる裏話を紹介します。

誰もティッシュを使わない

試写室が開く1時間前から行列ができ始めた。やってきたのは映画監督、アニメーター、ストーリー・エディター、脚本家たちだ。いずれもディズニーの社員で、噂になっている映画のテスト試写を観にきたのだ。

みんなが椅子に座り、照明が暗くなると、雪に覆われた風景をバックに姉妹があらわれる。妹のアナは威張っていて、保守的で、近々おこなわれるハンサムなハンス王子との結婚式と、彼女の女王戴冠式のことで頭が一杯だとすぐにわかる。

姉のエルサは嫉妬深く、邪悪で、呪われている。彼女が手を触れたものはみんな凍ってしまう。その魔力のために女王になれないのだ。彼女は家を飛び出し、山奥の水晶宮にこもって恨みの塊になっており、復讐の機会を狙っている。

アナの婚礼が近づくと、エルサはオラフという皮肉屋の雪だるまと、女王の座を手に入れるためにアナを誘拐しようとするが、顎の長い、威勢のいいハンス王子に計画を妨げられる。

エルサは怒りを爆発させ、雪の怪物たちに山を下りて村を襲えと命じる。村人たちは怪物を追い払うが、煙が晴れると犠牲者が出たことがわかる。アナの心臓の一部が凍り、ハンス王子がいなくなっている。

後半は、王子のキスが自分の心臓を癒やしてくれるのではないかと期待して、王子を探すアナを追う。一方、エルサは再度の襲撃を準備する。今度は村に雪の怪物の大軍を送り込もうとする。

ところが怪物たちはじきに彼女の手に負えなくなる。怪物たちは、エルサを含め、誰彼かまわず脅し始める。生き延びる唯一の道は力を合わせることだと、アナとエルサは悟る。

ふたりは力を合わせて怪物たちを退治し、別々に戦うよりも協力するほうがずっといいことを知る。ふたりは友情を築き、アナの心臓は解ける。平和が戻ってくる。誰もがそれからいつまでも幸せに暮らしたのだった。

その映画の題名は『アナと雪の女王』(以下、『アナ雪』)。

ちょうど1年半後に封切られることになっている。ふつう、ディズニーでは試写が終わると拍手喝采が起きる。みんなが歓声を上げたり、大声で叫んだりすることも珍しくない。試写室にはティッシュペーパーが何箱も用意されている。ディズニーでは往々にして、泣ける映画はヒットする。

今回は拍手喝采も歓声もなく、ティッシュを使う人もいない。みんなは静かに出ていった。

エルサは邪悪すぎる

試写の後、この映画の監督クリス・バックと、制作に携わったディズニーの10人ほどが、自分たちがたったいま観たものについて議論するため、スタジオの食堂のひとつに集まった。

これはディズニー・スタジオの「ストーリー・トラスト」の会合だ。ストーリー・トラストとは、制作過程を通じてその作品に関するフィードバックを提供するグループのことだ。

ディズニーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーであるジョン・ラセターが議論の口火を切った。彼は「素晴らしいシーンがいくつかある」と言って、とくに気に入った場面をいくつか挙げた。

戦闘シーンはスリリングだ。姉妹の会話はウィットに富んでいる。雪の怪物たちはけっこう恐ろしい。展開もスピーディで、とてもいい。「いい作品だ。完成度の高い作品になるだろう」

 

次いで彼は欠点を列挙し始めた。そのリストは長かった。10以上の問題点を指摘した後、彼はこう言った。

「掘り下げが足りない。観客の共感が得られない。共感できるキャラクターがひとりもいないからだ。アナは真っ直ぐすぎるし、エルサは邪悪すぎる。最後まで誰も好きになれなかった」

ラセターが話し終わると、ストーリー・トラストの他のメンバーが次々に問題点を指摘した。

プロットには論理的な欠陥がある。ハンス王子はあまり魅力的ではないのに、どうしてアナはあれほど彼に夢中になるのか。登場人物が多すぎて、とても全員を追えない。プロットのひねりはどれも、あらかじめわかってしまう。エルサが妹を誘拐して、いきなり町を襲うというのはちょっと無理がある。アナは城に住み、王子と結婚し、じきに女王になるというのに、どうしてあんなに不満ばかり抱えているのか。

ストーリー・トラストのメンバーのひとり、ジェニファー・リーという作家は、エルサの友である皮肉屋のオラフがとくに大嫌いで、ノートに「オラフを消せ」と書き殴っていた。

じつのところ、バックはこれらの批判にまったく驚かなかった。もう数ヵ月前から彼のチームは、どこかがまずいと感じていた。脚本家は何度も台本を書き換えていた。最初、アナとエルサは姉妹ではなく、他人どうしだった。その後、エルサが王位に就き、アナが「自分が跡継ぎでないこと」にショックを受けるという話に変わった。

ソングライターは、次々に曲を書いては破棄しなければならないので、疲労困憊していた。チームは、嫉妬と復讐を深刻にならずに描くにはどうしたらいいのかがわからなかった。

いくつものバージョンが作られた。あるバージョンでは、姉妹は王の後継者ではなく庶民で、別のバージョンでは、姉妹はともにトナカイを愛することで和解する。あるバージョンでは、姉妹は別々に育てられたことになっていたし、別のバージョンではアナは結婚式の祭壇でいきなり王子に捨てられる。

バックは、エルサの呪いの起源を説明するために何人もの人物を登場させ、別の恋愛エピソードを導入しようとした。どれひとつとして、うまくいかなかった。たとえば彼はアナをもっと愛すべき女性にして、エルサのきつさを和らげようとしたが、ひとつ問題点を解決するたびに何十もの問題が生じた。

イノベーションのスピードを上げよ

拍車をかけて締め切りに間に合わせるためにはどうしたらいいか、いいかえると、創作過程をもっと生産的にするにはどうしたらいいか、という問題はもちろん映画業界に限った話ではない。学生も、経営者も、アーティストも、政策立案者も、その他何百万もの一般庶民も、ほとんど毎日のように問題に直面し、独創的な答えをできるだけ早く出さなくてはならない。

経済が変動し、高い創造能力がこれまで以上に重要になるにつれ、ますます「速い独創性」が求められるようになっている。実際、多くの人にとって、イノベーションのスピードをどれほど上げられるかが、最も重要な仕事のひとつになっている。

ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオの社長であり、ピクサーの協同創立者であるエド・キャットマルは言う。

「私たちのいちばんの関心事は、創作過程の生産性だ。これはうまくやれることもあれば、やれないこともある。うまくやれば革新のスピードが上がるし、うまくいかないと、いいアイディアがみんな死んでしまう」

さて、『アナ雪』をめぐるストーリー・トラストの議論は終わりに近づいていた。ラセターが監督のバックに言った。

「この映画の内部ではいくつかの異なるアイディアが競合している感じがする。エルサの物語があって、アナの物語があって、ハンス王子がいて、雪だるまのオラフがいる。どの物語にもすごくいいところがある。いや実際、素晴らしい素材がたくさん盛り込まれている。でもそれを、観客の心を摑むひとつの物語にまとめあげる必要がある。『核』がなくてはだめだ」

悲惨な試写とストーリー・トラストとの会議がおこなわれた日の翌日は、とくに不安が高まっていた。最初から『アナ雪』チームはたんに昔話をそのまま映像化するつもりはなかった。何か新しいことを語る映画にしたかった。

監督のバックは著者にこう語った。「最後に王子がお姫様に接吻して、それが真の愛の姿だ、なんていう映画は作りたくなかった」。

彼らはもっと大きな、少女たちは王子に救われる必要はなく、自分で自分を救えるのだ、というメッセージを発信したかった。『アナ雪』チームは、伝統的なお姫様物語を逆転したかったのだ。だからこそ、行き詰まってしまったのだ。