「はっきり言って、日本の子育ては罰ゲームを超えたデスゲームのレベルである」(海猫沢めろん)。近年注目を集める子育て問題が、なかなか解決に向かわないのはなぜだろうか。話題作『キッズファイヤー・ドットコム』がたどり着いた到達点とは?
時は2015年、場所は新宿歌舞伎町。
ホストクラブBLUE☨BLOODに勤務するカリスマホスト、白鳥神威(かむい)。
彼はある日の勤めを終えてマンションに戻り、自宅の前に置かれたベビーカーを発見する。フードを上げてみると、なかにいたのは見知らぬ乳児。添えられたA4ノートの切れ端には、こんなメッセージが書かれている。
「神威さまへ よろしくお願いします」
彼は赤ん坊を自宅に運び入れ、それまでの人生で自身が行った、ありとあらゆるセックスの記憶をたどりはじめる。
「〔…〕アユミとのXmasセックス、春花とのお盆のセックス、茉莉花との夏フェスのセックス、佳奈とのお正月の姫はじめ、くるみとの秋のお別れセックス、亜里沙との仲直りセックス、つぼみとの温泉セックス、ナターシャとのジャンクフード的セックス」
……そのリストは延々と続いていく。
母親の特定は不可能であると判断した神威は、物思いにふける。状況から言って自分の子供であるように思われるが、しかし「生まれ」のわからないこの赤子を、いったいどうするべきなのか?
そのとき、ホストという挑戦的な仕事のなかで彼を導いてきたひとつの強い思想が、つぎの行動を決定する。
「想像力は輝かしい未来をつくるためだけに使われるべきだ。瞬間的に悟る。これは運命が運んできたひとつの試練だ。
新たな試練を前に逃げることはカリスマホストの本能が許さない」
そして神威は、この赤ん坊を、ホストクラブBLUE☨BLOODの新人0歳児ホストとしてデビューさせる。はじめのうちは、うまくいくように思われる。
姫(女性客)たちは新人ホストを腕のなかに抱き、その可愛らしさに感心し、彼のためにシャンパンボトルではなくミルクがオーダーされる。
しかし営業を続けるうち、客足はなぜか遠のいていく。その理由は、あるひとりの「太客」の指摘によって、完全に明らかになる――
「あなた、私がどうしてこのお店に来るかわかってる? 夢を見に来てるのよ」
『キッズファイヤー・ドットコム』は、作者である海猫沢めろん氏が、自身のホスト勤務と子育ての経験を活かして書き上げた新作小説である。
「歌舞伎町のホストが子育てを行う」――ほとんど荒唐無稽と思われるこの設定は、細部にちりばめられた生々しい描写によって、実にするどいリアリティを獲得している。
地理的描写や主人公が好むブランド製品の羅列、そしてホストたちの絶妙な掛け合いによって、もしかするとこんな出来事が、ほんとうに日本で起きるかもしれないという期待さえ、読者に感じさせるのだ。
完全に途絶えた客足、つぎつぎに提出される辞表。カリスマホストとして鍛え上げられてきた神威の「前向きさ」も、赤ん坊の夜泣きの前では無残に打ち砕かれる。
窮地に陥ったかと思われた神威は、しかし起死回生の発想で、旧友のIT社長・三國孔明のもとを訪れる。神威は言う――
「クラウド・ファンディングってやつをやりたい。やり方を教えてくれ」