Epic!!!(アイカツスターズ!『MUSIC of DREAM!!!』の編曲を聴きじゃくる)

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『アイカツスターズ!』楽曲で最多のクレジット数(12行)となる『MUSIC of DREAM!!!』。生音の弦楽四重奏(1st Violin, 2nd Violin, Viola, Cello)が入っているだけでも本気ぶりが伝わってきますが、さらに管楽器の三重奏(Trumpet, Sax, Trombone)までもが加わっています。

 おそらく『MUSIC of DREAM!!!』を聴いた多くの人が比較対象として持ち出すであろう『ヒラリ/ヒトリ/キラリ』ですら、編曲においては(バンドサウンド以外の)生音は Strings(大先生室屋ストリングス)のみでした。しかし『MUSIC of DREAM!!!』にはさらに管楽器がみっつも入っている。ということは、クレジットを見比べてみても分かる通り、『ダイヤモンドハッピー』の管楽器と『ヒラリ/ヒトリ/キラリ』の弦楽器が同じ皿に盛られたような豪華な編曲が『MUSIC of DREAM!!!』である、ということになります。
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「でもさあ、そんなトゥーマッチな編曲にしたらボーカルとぶつかって後ろに引っ込んじゃうんじゃないの?」と思いそうなところですが、これね、ご存知ですかね。成瀬裕介という男がおりましてね。『アイカツスターズ!』でいくつもの優れた編曲をこなしてきたこの男が『MUSIC of DREAM!!!』にも加わっているわけです。結果、この曲はバンドサウンドと弦楽器と管楽器、それぞれのセクションを闊達自在に入れ替えることにより、目も眩むような美しい編曲を実現しています。

 まず作曲クレジット。南田健吾蔦谷好位置、『スターズ!』において既にいくつもの驚くべき楽曲たちを手がけてきた2人の共作になっています。『スターズ!』2年目後半の要になるであろう楽曲をこの2名で共作させたことだけでも驚きですが、さらに編曲には成瀬裕介が入っている。南田・成瀬、『アイカツ!』2年目における初打席ホームランコンビ*1 がそれぞれ作編曲に据えられている、この布陣だけでもう尋常でない楽曲になることがわかります。アニメ本編のOP映像で「作曲:南田健吾・蔦谷好位置/編曲:成瀬裕介」のクレジットが表示された瞬間に気絶しそうになった人も多いでしょう(私もそうでした)。そんな本気すぎる布陣で作られた『MUSIC of DREAM!!!』は、歌詞も作曲もいくらでも広げようのある楽曲になっていますが、ここでは編曲のみに集中します。ベース・ドラムスのバンドサウンドを基調として、ふたつの音色のギター(Acoustic, Distotion)、弦(1st Violin, 2nd Violin, Viola, Cello)、管(Trumpet, Sax, Trombone)のレイヤーが加わったこの編曲がいかに見事に成り立っているかを聴きましょう。CD音源をお持ちの方は (OFF VOCAL) 版を再生しながらお聴きください。持ってない人は今すぐ買いに行ってください。


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『MUSIC of DREAM!!!』主要セクション構成表(別窓)


◎Intro (0:00-0:18)
 左チャンネルにギター (Aco) 、右チャンネルにギター (Dist) 、さらにシンセに管に弦と、この編曲における主要キャストが揃った状態で始まります。「今からこの編成で殺[と]りに行きますよ」という宣言だと言ってもいいでしょう。*2

◎1番Aメロ (0:18-0:41) - 1番Bメロ前半 (0:41-0:47)
 きらびやかな音のレイヤーが堪能できるイントロから、1番Aメロでは急に音数がセーブされます。ドラムス・ベースの上でギター (Aco) とピアノがコード感を保つだけの、歌の伴奏に特化した編成です(ここのベースの音がとても良く録れていてたまらない)。このシンプルな編成での演奏は1番Bメロ前半まで続きます。重要なのは、1番Bメロ後半からサビに入るまでの流れです。この一連のセクションが『MUSIC of DREAM!!!』を名曲たらしめていると言って過言ではない。まずそこでどの楽器が引っ込んでどの楽器が前に出てくるかを聴きましょう。

◎1番Bメロ後半 (0:47-0:59) - サビ (0:59-1:25)
「心にしまいきれない想いがある」の歌詞からギター(Dist)と弦が入り、「あこがれに震える」の歌詞でついに管が合流し、「-音-が生まれる」の転調の瞬間にあのキメのフレーズが鳴り響くわけですが、この瞬間のエクスタシーたるや。

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 サビ直前の管楽器キメ
(音符が合ってるかどうかはわかりません。たぶん間違ってると思います。正確に聴き取れる人がいたらコメント欄に書いておいてください。)


 サビ前の転調部分について軽く確認します。ここでは変ホ短調(E♭m)からヘ短調(Fm)への全音上転調になっています*3 。同様の全音上転調は『Take Me Higher』やその元ネタである『Magia (Kalafina)』で聴くことができますが、『MUSIC of DREAM!!!』はサビ直前で「-音-[F]が[G]生[A♭]ま[G]れ[F]る[G]」とFmスケールのメロディが歌われているので、よりスムーズなメロディ主導の転調になっていると言えるでしょう。それにかぶせて管セクションが満を辞してキメのフレーズを吹き鳴らすわけですから、この転調の高揚感を何十倍にも高める編曲になっています。
 サビについてはもうくだくだしく書く必要もないと思います。ギターと弦がコード感を保っている中で管がボーカルの合間を縫ってあらわれる、この隙ひとつない構成に陶酔すべきでしょう。


◎2番Aメロ (1:40-2:03)
 転調から戻り2番Aメロに入りますが、ここの伴奏はギターが (Aco) と (Dist) の両方で鳴っており、さらに最初から弦が全音符を提供しているので、1番Aメロとは違って厚みのある音像です。ボーカルも1番のせなさん(虹野役)からりえさん(桜庭役)に代わっているので、同じパートでもバッキングとメインボーカルによって全く違った印象になっている。歌に寄り添う編曲を身上とする成瀬裕介の本領発揮と言えるでしょう。

◎2番Bメロ(2:03-2:21)
 歌の伴奏に徹していた弦が、この2番Bメロ前半でフレーズらしいフレーズを奏で始めます。1番と違い、2番Bメロは管よりも弦を堪能する構成になっていると言うべきでしょう。その証拠にここではあの管のキメは鳴らず、弦の音に導かれてサビに流れる構成になっています。「またあのキメが来るぞ」と身構えていたリスナーはここで「うおっ」とひとつ翻弄されるわけですが、このおあずけはむしろラストのサビでの高揚感を取っておくための仕儀だと言えるでしょう。

◎落ちサビ序破急 (3:27-3:39)
 間奏・Cメロ後の落ちサビパートは短時間にものすごいモーフィングが繰り広げられるので、詳細に見ていきましょう。
 まずピアノとギター (Aco) の静かな伴奏が4小節続き、弦とギター (Dist) が合流し、ラスサビに入る直前にあの管のキメが吹き鳴らされる、この3段構えの密度たるやということですが、この落ちサビの数秒間で音のレイヤーが増していく流れが『MUSIC of DREAM!!!』全体を構成している編曲の緻密さの縮図だと言えるでしょう。管のキメがこのラスサビ直前までセーブされていたことも、より一層高揚感に拍車をかけます。


 アウトロのコーラスの厚みについてもふれておくべきでしょうか。パシフィコ横浜(3/26)・ラゾーナ川崎(4/16)で収録されたという「一緒に歌ってくれたみんな」がクレジットされていますが、この(どのような環境で収録したかは不明ですが、おそらくそのほとんどが成人年齢未満の女児であろう)女声コーラスによって「これはあくまで未来ある女の子のための作品だから、勘違いしないように」と釘を刺される感覚もたまらないものがあります。「僕はやっぱり星宮いちごちゃんのことを考えていたかった……」「そっとしておいてほしかったなぁ」などと嘯くようになってしまった、自意識過剰な、脂ぎって内向した醜い成人男性たちのためではないという断絶が、より一層この歌を美しくします。「-音-が生まれる」「-歌-がはじまる」ことを歌ったこの詞は、いい歳こいてクチバシが黄色いままのヒヨコどもではなく、ここから新たに歌を始めようとする、すべての「追いかけてくる光を導くひと」たちに捧げられているのでしょう。


 ここではあえて『MUSIC of DREAM!!!』の編曲のみを取り上げましたが、もう歌詞も作曲もメンバーの歌唱も何もかも身悶えするほどの出来になっています。『アイカツスターズ!』2年目はあの驚くべき1年目が霞むような壮絶な展開になっているわけですが、このタイミングで「作曲:南田健吾・蔦谷好位置/編曲:成瀬裕介」の編成で勝負曲をぶつけにくる『アイカツスターズ!』ってもう、何? どんだけ切り札の出し方を心得てるの? もはやこれ以上安っぽい賛辞を並べる必要もないと思います。『MUSIC of DREAM!!!』を収録したCDには、大地を基盤として出発した『スターズ!』に初めて異様な重力圏を出現させた『森のひかりのピルエット』、虹色の歌であると同時に『スターズ!』で最も黒い楽曲(ビート主体の楽曲という意味)である『Message of a Rainbow』まで収録されています。まだ音源を入手していない方は今すぐお金を払って購入しましょう。2017年という時代が教えてくれるのは、「無料で手に入るものばかり掻き集めてSNSで知ったふうなコメントを垂れ流しているとどんどん馬鹿になるぞ」ということです。逆に言えば、これだけの見事な音楽の仕事にお金を払うことができるとは、なんという幸福でしょう。







*1 主に MONACA のクリエイターによって担われていた『アイカツ!』に2年目(DCD 2014年第5弾)から参加したのが南田健吾・成瀬裕介の2名である。初参加の onetrap クリエイターであるにもかかわらずそれぞれ『永遠の灯』・『オトナモード』という2連続ホームランのような痛快な楽曲を提供し*1-1 、「2年目以降の『アイカツ!』に onetrap あり」という印象を刻みつけた。以降、 onetrap は MONACA に代わって『アイカツスターズ!』の劇伴として起用され、南田は『Dreaming bird』『Dancing Days』等の作編曲・『1, 2, Sing for You!』『スタージェット!』等の編曲、成瀬は『アニマルカーニバル』『おねがいメリー』等の編曲に携わることになる。

*1-1 また、当時のデビューに際して書いた記事がこれ* だが、ここで『永遠の灯』の歌詞になぞらえて挙げた Tears for Fears の『Shout』イズム(感情をレットゴーして生まれた叫びが歌に変わる)は『MUSIC of DREAM!!!』の歌詞にも見られる。2番Bメロ:「間違いを知らなければ/本当なんて見えない/弱さを隠す理性は捨ててしまえ/感情に揺らめく/-歌-がはじまる」。『アイカツスターズ!』を読解するにおいて「エモ(00年代に全盛を迎えた音楽ジャンルに語源を持つユースカルチャー全般)」*1-2 は切っても切り離せない語句だが、ここでは詳述しない。ひとつ、『MUSIC of DREAM!!!』サビと同様の全音上転調の構造を持つ楽曲のなかでとくに感動的なものが『Welcome To The Black Parade』ラスサビである、ことにのみ言及しておく。

*1-2 当然ながら、この「エモ(Emo; 名詞)」は通俗的な意味合いで使われる「エモい(形容詞)」とは何も関係がない。筆者はこの「エモい」を好意的な意味では一切使わない。何故なら「エモい」という形容詞はもはやまったくエモくないからである。『アイカツスターズ!』が通俗的な「エモさ」ではなく、「論理と非情緒に裏打ちされなければ生成されない物質=エモ」に特化した作品であることについては、既にこのブログにアップロードしたいくつもの記事の中で述べている * *

*2 一応。このメロディアスなシンセとギター (Dist) が鳴っているイントロのみを聴いて「クサメタルみたいだ!」と喜ぶ向きがあるようだが、なんというか、偏った聴き方ではないかと思う。そういう音が聴きたければそういうバンドを聴けばいい。この楽曲が重要なのは、単一のジャンルに回収されるサウンドではない、弦と管の混成的*2-1 サウンドが展開されていることにある。メロディアスなシンセとギター (Dist) はこの編曲を構成する要素の中でもたかだか半分程度にすぎない。もしギタリスト出身の作曲家*2-2 である南田健吾が編曲も同時に担当していたとしたら、もっとギターが前面に出たサウンドになっていたかもしれない。しかし『アイカツスターズ!(主要作家 onetrap)』は『アイカツ!(主要作家 MONACA)』と違って多くの楽曲の作曲・編曲がそれぞれ別の作家によって分担されており、「作曲家が自分の得意なジャンルの編曲で勝負する(『硝子ドール』の60秒間ソロパートに代表される)」ような作家主義的な方向性は注意深く避けられている。よって『アイカツスターズ!』の楽曲は「編曲家」の仕事を堪能するにうってつけであり、この記事は(おそらく90年代に作曲家兼プロデューサーというカリスマ幻想が持て囃されて以来この国に根深く巣食ってしまった)作家主義的な聴き方ではない、エゴを省いて楽曲のために工夫を凝らす仕事=編曲家にこそスポットを当てるべく書かれている。

*2-1 どこまでも「全一的・純血的」な作品でしかなかった『アイカツ!』に比べて『アイカツスターズ!』は「混成的・混血的」な作品になっており、それはほとんどの主要楽曲において作曲者と編曲者が同じだった『アイカツ!(MONACA)』と作曲と編曲を基本的に分担させる『アイカツスターズ!(onetrap)』との差異にも直接関わっていると思われる。もちろん管楽器と弦楽器がミックスされた『MUSIC of DREAM!!!』の編曲がその真骨頂であることは言うまでもない。

*2-2 アイカツスターズ!『Dreaming bird』讃 Pt.2 南田健吾讃
 南田と同様の「ギタリスト出身の作曲家」として石原理酉(『チュチュ・バレリーナ』*2-3 作曲)がいるが、『チュチュ・バレリーナ』の編曲を担当しているのも成瀬裕介である。ト長調 (G Major) のシンプルなメロディにきらびやかなチェンバロや印象的なシンセ(元ネタは LUNA SEA の『ROSIER』および L'Arc〜en〜Ciel の『Driver’s High』と思われるあのフレーズ)を加えた成瀬の手腕に、「ギタリスト作曲に特化した編曲家」の称号を見出すのも無駄ではないだろう。これはギターの指板上のボイシングとキーボードの鍵盤上のボイシングの違いや調の選び方などにも繋がる「楽器の生理」にまつわる重要事だが、ここでは詳述できない。

*2-3 これ以外にも『チュチュ・バレリーナ』は『アイカツ!』3年半の楽曲の中でも屈指の密度を持つ、いくらでも掘り下げようのある楽曲だった。⑴2人編成(もな・ななせ)3人編成(るか・もな・みき)6人編成(ライブ版:AIKATSU! STARS全員)など多くの編成でパフォーマンスされていること、⑵ライブ版6人編成でのダンスパート(他のメンバーと比べてみきさんだけが明らかに異様な動きをしている)について、⑶『We Will Rock You』と同質のビートを持つこの曲を歌った氷上スミレがのちに『いばらの女王』に到達したこと、など。にもかかわらず『アイカツ!』放送中にこの曲に寄せられた言辞といえば、「ED映像の絵柄がなんか怖い」「じつはあかりジェネレーションはEDであかりちゃんが見ている夢の話なんだよ」などのいかにもオタクらしい、どうしようもない、論拠不明の「深読み」ばかりで、楽曲の構造自体に立脚した賛辞はほとんどと言っていいほど確認できなかった*2-4 。なんともはや。かと言って今更この楽曲について書こうとは思わない。筆者は『アイカツ!』のファンダムにほとほと愛想を尽かしてしまったので。

*2-4 この「理論に裏打ちされた仕事に対して情緒的なリアクションしか返すことのできないオタク」という地獄のような不毛の構図は、『アイカツ!(あかりジェネレーション)』から『アイカツスターズ!』に至るまで変わらず続いている。というか2017年現在、音楽や小説や映画やアニメにいたるまで、この「情緒>理論」のラウドスピークは全世界的に共有されていると思う。そんな他者が創った作品を消化するだけの体力や知性すら持たず情緒的にビービー泣くことしかできない無残な幼児たち(もちろん大多数は成人年齢)の巣窟がTwitterであることは言うまでもない。だから筆者はこうやって『アイカツスターズ!』がシナリオから音楽までいかに非情緒的な理論と鍛錬に裏打ちされているかについて書いているのだし、あなたも書くべきことがあったら書いたらいいのである。もちろん、まずはTwitterアカウントを削除するのは前提としてだが。

*3 変ト長調(G♭ Major)から変イ長調(A♭ Major)では? と思われるかもしれないが、どっちでもいい。平行調なのだし。
 また、変イ長調(A♭ Major)は言わずもがな『スタートライン!』の調であり、『MUSIC of DREAM!!!』のサビがその平行調であるヘ短調(Fm)で歌われていること、つまり『スタートライン!』と『MUSIC of DREAM!!!(サビ)』は両方とも同じ7音のスケール(F G A♭ B♭ C D♭ E♭)で構成されていることについても言及しなければ、この曲について書いたことにはならない。


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