書くことが思いつかない人のための文章教室(近藤勝重・2011年)を読んだ。感想はこの本を読んでも良い文章はまったく書けないということだった。書くことが思いつかない人のための本なのに。
問題を出しすぎる本
良いことが書いてある。タイトルに文章教室と書くだけのことはある。ただ読んでいて面白い本ではない。終始、先生が黒板を背に話しているような内容の本。ひと言でいうと説教臭い本。なぜそう感じるのか、不満の理由はこれだ。↓
出典:48ページより
岸部一徳をどう描くか。このような問題を随所に入れてくる。しかも「すぐに答えを見ずに考えて」とか言ってくる。大きなお世話だ。岸部一徳さんに罪はないが、岸部一徳とかどうでもいいし、いちいち問題を出さないでほしい。学校じゃないんだから。「さて、ここでみなさんにトライしていただきます」とか、やめてほしい。写真も遺影みたいだし。
問題集。
問題出しすぎ。
文章の書き方を学んでも良い文章は書けない
文章術や文章を書くコツを学んでも文章を書けるようにはならない。テクニックは学べても、そんな小手先の技術では3日も経てばすぐ忘れてしまう。ブログ本と同じ。どうマネタイズすれば良いのかはわかっても、結局は量を書かないとうまくならないってこと。うまくなるのに近道はない。
本の中で一番印象に残った言葉はこれだ。
「説教の効果は、その長さと反比例する」とは河合隼雄氏の言葉です。説くな、説明するな、も文章作法です。
出典:208ページより
つまりダラダラと長く書き連ねるより、ズバリ核心だけでいいってこと。女は口で、男は背中で語る。これも作法のひとつだ。
まとめ
この本以外にも文章術の本を読んだことがある。文章術を教えてくれる本の文章がおもしろくないのは、なぜか。説教じみてしまうのは、なぜか。中年おじさんが書いているからなのか。今日、早朝4時前に起床した私は、うす汚れた町の、うす汚れた家の、うす汚れたベットで、そんなことを考えた。完全に体内時計がイカれてやがる。
文章が上手く書けるようになるには、たくさん本を読めばいいと書いてあった。それは陸上選手がどうすればもっと速く走れるようになるか、の質問に答えるのと同じだ。練習してもオリンピック選手になれるとは限らない。だからブログもただ書けば上手くなるわけではない。文章を上手く書くためにやることはなにか。上手くなるために必要なのは、酒と女と、少々の危険だ。私は突然、ウィスキーをロックで飲みたい衝動に駆られた。誰か止めてくれ。私はコンビニに走った。