自分を好きになってくれない人や身勝手な人ばかり好きになり、不安定な恋愛関係に陥ってしまう女性たちへ。
「私は最初から私を好きじゃなかった」――自己肯定感の低い著者が、永遠なるもの(なくしてしまったもの、なくなってしまったもの、はなから自分が持っていなかったもの)に思いを馳せることで、自分を好きになれない理由を探っていくエッセイ。
永遠なるものたち007
「ダイエット」

by Pexels
ダイエットをしたことがありません。する必要がないから、ではなく、人生の中で痩せていたことがないので、この先も痩せることはないだろうと思っていたのです。それにスタイルが悪いから、体重が落ちても痩せっぽちになるだけで、格好良くならなさそうなのです。それに何より、体は魂を乗せるだけのものだと思っていたので、あまり興味がありませんでした。
私の体は、私から最も近く、最も遠いところにあります。一生、自分の顔をこの目で見ることはないし、首も、背中もそうです。自分の体なんて、頑張っても肩から下を部分的にしか見ることができません。あらゆる乗り物と同じで、乗っている間はこの目で全貌を見ることはできないのです。
私は自分の体を、この世界で生きるための乗り物だと思っています。それなりの時間が経ったら、壊れて燃やされる乗り物。
永野のり子さんの『電波オデッセイ』という漫画に、人生を「地球観光」だと言う中学生の原純子ちゃんが出てきます。私はいつかひどく鬱屈していた時、この女の子にとても救われました。
どうして私は生まれてきたのか、どうして私に生まれたのか、なんのために生きて、死んだらどこへ行くのか。そういうことが何ひとつわからなくて、そのくせすべてが悲観的だった頃。
人生は旅行のようなもので、死んだ時に持ち帰れるのは思い出だけ。だから、もっと力を抜いて、観光客の気持ちで思い出を集めればいい。
私は自分の魂が体を離れて、花束のような思い出を抱えて漂うところを想像しました。広く穏やかな気持ちになりました。この体は一時的に乗っているだけのもので、だから、私にとって大事なのは、肉体ではなくて、魂だったのです。
この肉体は単なる乗り物じゃない
体は不便なものです。病気になっても、自分で痛みを止めることも、体内の患部を直接見ることもできず、それどころか何がどうして、いまこうなっているのかすら、自分ではわかりません。体の中が痛んでいる時は、ただひたすら無力です。
何かが悪いのはわかったから、大事にするから、なんとか痛みの神経を切れないものかと思いながら苦痛に耐えるしかありません。一時的な乗り物とは言え、体にも気を遣わないといけないのです。そもそもどうして私はこの形の体で生きていかなければいけないのでしょう。
なかなか治らない猫背や、なんとなく体全体が左右どちらかに傾いているのも気になります。私は自分のことがお気に入りじゃないから、自分の癖はなんでも矯正するべきだと思っていました。私が私じゃなくて、すっかりまっすぐになるまで、どこまでも。
整体の問診でそう話したら、「体に不調がなければ、そのままでいいですよ」と言われました。まっすぐにしようとする方がストレスじゃないですか、と。たしかにその通りでした。
人は疲れていれば、自然と左右どちらかに体重をかけて立ったり、座っている時に脚を組んだりします。その方が、体が楽になるからです。これまで癖は無理にでも矯正しようとしていたので、体のしたいように動かすだけでストレスが減るようでした。
また、問診では出生時の様子についても聞かれました。体は生まれてきた時のことを覚えているといいます。狭い産道をどうやって通ってきたのか、あるいは通らなかったのか。時間はかかったか、あまりかからなかったか。生まれる時の強烈な体験を、頭は覚えていなくても体は覚えているそうです。
生まれた時のことも覚えているのですから、私の猫背や、体の傾きや、動作の癖には、体だけが覚えて蓄積している歴史があるのだと思います。あてもなく歩き続けていると、ふと心が晴れるように、体は心に影響していて、それは単なる乗り物ではないようです。
ボロボロの状態よりも、手をかけてメンテナンスしている乗り物の方が乗り心地が良いように、いつか燃やされてしまう体だとしても、大事にした方が心にもよいのだと思います。
この肉体がこの世界に漂っている
それから私は心ではわからないことを、体に確かめるようになりました。いま、何が必要で、何を食べたいのか。休みたいのか、動きたいのか。私がこうすれば良いと思い込んでいることでなく、その時々に体が必要としているものに感覚を澄ませるようになったのです。
特に私は食事について、いい記憶を思い出したくて飲食する節がありました。あの時、これを食べて、飲んで、心が晴れたからもう一度口にしたいという風に。つまり思い出を食べていたのです。
でも、ちょっと立ち止まって、いま体が欲しているものだけを食べていたら、少しずつ体重が落ちてきました。生まれて初めてのダイエットです。
きっと私はこれからも、ほかの女の子みたいにすごく痩せたり、格好良くなることはないでしょう。でも自分の自然な体型でいることが、心にも良い予感がしています。
私の体は、私から最も近く、最も遠いところにあります。体の感覚に心を澄ますようになってから、一生自分では見ることのない血液の流れや、細胞の動きを想像するようになりました。きっとこの体の中にも、私の目には見えない世界が広がっているのだと思います。
目に見えないものが遍在するこの世界と、私の体内に広がる目に見えない世界。そのふたつが繋がっているところを想像すると、世界が私の体に浸透してきて、いまの生活が肉体ごとこの世界に漂っているように感じられるのでした。
Text/姫乃たま