増える社会保険料が物価低迷の隠れた要因に-賃上げ抑制

  • 「消費税3%引き上げ2回以上に等しい負担増」と日銀OBの早川氏
  • 政府は「社会保険税の増加で社会保障費増に対応」とシティ村嶋氏

物価低迷の最大の要因として挙げられる賃金の鈍い伸び。その隠れた要因として、医療保険や年金保険など、増え続ける社会保険料の存在を挙げる声が増えている。

  日本総合研究所の湯元健治副理事長は「急速な労働コストの上昇は企業にとってますます大きな懸念材料となっている」と指摘。「企業が長期の成長見通しを持てない中で、高齢化によって経営コストは増え続けるだろう」としている。

  4-6月の実質国内総生産(GDP、改定値)は年率2.5%増と6期連続でプラス成長を維持しており、マクロ経済は好転している。完全失業率も94年以来の2%台で推移するなど労働需給もひっ迫しているが、賃金は上昇していない。7月の消費者物価指数(生鮮食品を除くコアCPI)は0.5%上昇と7カ月連続で上昇したものの、生鮮食品とエネルギーを除くと0.1%上昇と低迷が続いている。

  日本銀行は7月の経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、2%達成時期を「2018年度ごろ」から「19年度ごろ」に先送りした。達成時期の先送りは6回目。物価の低迷の背景として、携帯電話機や同通信料、家賃の下落に加え、「企業の賃金・価格設定スタンスはなお慎重」と説明した。日銀は物価上昇には賃金上昇が不可欠としているが、正規雇用者の賃上げの動きは鈍いままだ。

増大する社会保険料

  富士通総研の早川英男エグゼクティブ・フェローは7月14日付のリポートで、「今では家計の社会保険料負担は所得税等の負担を上回り、企業の社会保険料負担は法人税負担を上回る」と指摘する。正社員の社会保険料の半分は企業が負担しており、「給料は上がらなくても企業から見た人件費は増える」ため、社会保険料の上昇は「正社員の給料が上がりにくいことの少なくとも一因になっている」とみる。

  早川氏は厚生年金保険料と健康保険料は過去10年で収入の21.95%から27.35%に上昇したと指摘。政府は14年4月に消費税率を5%から8%に引き上げた後、2度にわたり10%への引き上げを延期したが、社会保険料の引き上げで「消費税率の3%引き上げが2回以上行われたに等しい負担増が生じたことになる」という。

  健康保険組合連合会がとりまとめた今年度予算では、高齢者医療などへの拠出金が3.5兆円と組合員への保険給付4.1兆円に迫る勢いだ。厚生年金保険料の上昇は今年の18.3%で当面打ち止めの予定だが、健康保険料は高齢者医療制度への支援金を中心に今後も上昇が続く見込みだ。早川氏は社会保障負担の増大が「雇用・賃金の不安定化や将来不安等に伴う個人消費の抑制につながっている」との見方を示した。

さまざまなゆがみ

  日本の年金制度は賦課方式で、高齢者が増え平均寿命が延びると現役世代が払う保険料率は上昇する。シティグループ証券の村嶋帰一チーフエコノミストは7月21日付のリポートで、「現役世代にとって年金保険料は長寿リスクに対する保険というより、事実上の税金である」と指摘する。

  村嶋氏は「政府は消費税増税ではなく、こうした『社会保険税』の増加を利用して社会保障費の増加に対応してきた」と指摘。社会保険料の引き上げは賃金の伸び悩み、非正規雇用の増加、企業の生産拠点の選択への影響という形で、「経済のさまざまな分野にゆがみをもたらした可能性がある」という。

  政府はデフレ脱却には賃上げが不可欠との判断から企業に対して賃上げを要請しているが、経団連は今年の春闘を前に示した「経営労働政策特別委員会報告」で、社会保険料負担の増大は「企業収益と社員の手取り賃金双方の減少要因」となり、賃上げ効果を「経済的にも心理的にもき損させかねない」として、社会保険料の増加を抑制すべきだと訴えた。

  日本生命保険の岡圭祐・団体年金部課長補佐はブルームバーグの電話取材に対し、「企業は依然として人件費抑制姿勢を緩めておらず、ここ数年の春闘は力強さを欠く状況が続いており、これが物価低迷の遠因になっている」と指摘。今後も高齢化の進展を背景に社会保障負担の増加が見込まれるため、「企業が賃上げを積極化することはますます困難となる」としている。

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パウエル氏:金融政策正常化、今後も漸進的に進める必要-過去の発言

Here’s What You Need to Know About Powell’s Fed Chair Selection

パウエル理事

Photographer: Andrew Harrer/Bloomberg
  • バランスシートが2兆5000億ドルを下回る状況は想定しにくい
  • どれか一つの金融政策ルールが最適だという意見の一致は存在せず

トランプ米大統領は2日、連邦準備制度理事会(FRB)次期議長へのパウエル理事指名を発表する方針だ。大統領の決定に詳しい3人が1日明らかにしたもので、実際に指名されればパウエル氏は上院銀行委員会での公聴会に臨み、政策を巡る見解や経済見通しについて詳述することになる。パウエル氏の過去の主な発言は次の通り。

利上げについて

  「米経済がほぼ予想通り推移する限り、金融政策の正常化は今後もこれまでのように漸進的に進めるべきだ」と10月12日の講演で発言。「政策が緩やかに正常化されるとの見通しによって、金利の大幅変動の可能性を減らすことになるだろう」

バランスシート縮小について

  「米金融当局のバランスシート縮小も極めてゆっくりと進行すると見込まれる」と10月の講演で予想。6月にはCNBCに対し、「バランスシートが2兆5000億ドル(約285兆円)を下回る状況は想定しにくい。2兆5000億ドルから3兆ドルといったところではないか」と語った。

消費者物価について

  「インフレ率は目標をやや下回っており、一種のミステリー(謎)だ」と8月にCNBCにコメント。「労働市場の逼迫(ひっぱく)を考えると、もう少し高めのインフレ率が想定されたはずだ。その結果、われわれは辛抱強くなることができる」  

インフレ期待について

  「インフレ期待は引き続きかなり安定していると思われるが、それが続くようにすることが重要だ。それを確実につなぎ留めておく唯一の方法は、実際に2%のインフレ率を達成することであり、私はこの目標に強くコミットしている」

経済成長について

  「米経済は今後も2%程度の成長と力強い雇用創出、労働市場の逼迫の軌道が続き、インフレ率が2%の目標に向けて加速していくというのが私の基本的な予測だ」と6月の講演で表明。

金融政策ルールについて

  「一つのルールを採用し、機械的に他を排除する形でそれに従うよう連邦公開市場委員会(FOMC)に義務付けることが望ましいというコンセンサスがないのはもちろん、どれか一つのルールが最適だという意見の一致も存在しない」と2月の講演で論評した。

原題:Jerome Powell’s Views on U.S. Monetary Policy in His Own Words(抜粋)


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