【ポイント】
名古屋大学大学院生命農学研究科(研究科長:川北 一人)の後藤 寛貴(ごとう ひろき)特任助教らの研究グループは、巨大なカブトムシの角が、幼虫から蛹(さなぎ)になる際に短時間で現れる仕組みを研究し、カブトムシは角を「小さく折り畳んだ状態」で形成しておき、脱皮時にそれを「一気に展開」するという二段階のステップにより角を作っていることを実験的に示しました。
カブトムシの幼虫の頭の中には、角の前駆体である「角原基」が存在しますが、それは複雑に折りたたまれた袋状構造をしています。後藤特任助教らは、そのしわしわの複雑な袋状構造を、コンピューターの中に再構築し、それを計算により膨らませるだけで、完全な蛹の形態が出現することを証明しました。つまり、前駆体のしわしわ構造の中には既に角の完全な立体構造情報が存在していることになります。しかし、「膨らませた時に見事な三次元形になるしわしわ構造を折りたたんだ状態で作る」というプロセスがどのように行われているかが謎です。研究グループは、この「折り畳み&展開による形態形成」の理解に向け、その実験モデルとしてカブトムシの角を取り上げ、基礎的な組織観察から、最新の分子生物学的手法、さらにはコンピュータシミュレーションを用いた解析まで取り入れて実験系および解析系を整備するとともに、任意の立体構造を作る折り畳みの原理の解明に取り組んでいます。
本研究成果は、英国のオンライン国際専門誌 Scientific Reports に現地時間 2017 年 10 月 24 日付(日本時間同日夜)で発表されました。
【研究背景と内容】
生物の三次元形態の形成機構は、生物学における大きな問題の一つです。脊椎動物をはじめとする内骨格を持つ動物の場合、基本的に胚発生の終了後は体の外観を大きく変えることなく連続的に成長します。しかし、一方、昆虫に代表される体の表面に硬く伸展性に乏しいクチクラ 1 を持つ外骨格動物の場合は、クチクラにより外側への成長が制限されてしまいます。そのため、外骨格動物は脱皮により、その都度古いクチクラを脱ぎ捨てることで不連続的に成長します。この際、新しいクチクラは、古いクチクラの直下に「折り畳まれた」状態で形成され、脱皮の際に展開することで脱皮を介して成長することが可能になっています。
図1.カブトムシの角原基と脱皮時の展開の様子
a) カブトムシの角原基の全体像、表面には多くの皺があり、非常に密に折り畳まれているのがわかる。
b) カブトムシの蛹。幼虫時にはなかった立派な角が現れる。
c) カブトムシの成虫。角の形状や大きさは、蛹のものと大差なく、蛹の時点での角の基本的な形状は決まっていると言える。
d) 蛹への脱皮の時系列。脱皮とともに、頭の中にあった角原基に体液が送り込まれ、折り畳み皺が展開されて角へと変化する様子が分かる。
多くの昆虫で、幼虫期の間は一回の脱皮ごとの形態変化が小さく、新しいクチクラの折り畳み度合いはあまり大きくはありません。しかし、幼虫から蛹(または幼虫から成虫)への脱皮の際には、一回の脱皮で大きく異なる姿へと変化します。この時、新しく作られる構造では非常に複雑なクチクラの折り畳みが見られます。
カブトムシの突出した「角」はその典型的な例です。蛹期で出現する角は、蛹化に先立ち、幼虫の頭部内で上皮細胞シートが増殖しながら折り畳み構造を作ることで、幾重にも折り畳まれた「角原基(つのげんき;角の前駆体)」として形成され(図 1a)、蛹化時に体液が送り込まれることで展開し、細長く先端に分岐構造を持つ「角」となります(図 1)。
つまり、角原基は「頭部の中という狭い空間で」「展開して初めて最終形態となる複雑な構造を」「二次元の細胞シートが増殖しながら折り畳まれることで」作られるという非常に複雑な形態形成を行っています。このような「原基を折り畳んだ状態で作り、脱皮とともに展開することで、初めて完成形となる」という発生パターンは、昆虫を中心に外骨格生物で広くみられますが、このような複雑な形態形成を可能にしている発生原理はよくわかっていませんでした。
図2 原基の折り畳み展開のショウジョウバエとカブトムシの比較
図3 角原基の人為的な展開
a,b) カブトムシの角原基を露出させ、人為的に圧力を加え、1分弱の時間で展開させても、正常な形態の角へと変化する。
c,d) カブトムシの角原基をホルマリン固定したもので、人為的に膨らませると正常な形態への角へと変化する。
【研究の内容】
昆虫の実験モデルであるショウジョウバエでも、成虫原基 2は折り畳み構造を有しています。しかし、原基から最終形態への変化は単なる展開ではなく、細胞の分裂や変形、移動などを伴う非常に複雑なプロセスであり、折り畳み構造の展開は、最終形態の形成機構の一部を担っているにすぎないことはわかっています。一方カブトムシの角は、角原基から角への変化は、ほぼ折り畳みの展開のみで説明できる単純なプロセスであると予想されました(図 2)。複雑な現象を理解するには、なるべく単純なモデル系から出発するのが常道ですので、我々はカブトムシの角をモデルに研究を開始しました。
まずは、完成した原基が角へと変化する際に、折り畳みの展開以外の要因(細胞増殖や細胞移動、部分的な伸展や収縮など)が関わっていないかを検証しました。通常、2 時間を要する展開プロセスを人為的に 1分に縮め、細胞が増殖する時間をなくしても原基はきちんと角の形状へと変化しました。これにより、細胞増殖は原基から角への変化には関わらないと言えます。次にホルマリン固定した角原基でも、きちんと角へ変化するかを調べたところ、原基はきちんと角の形状へ変化しました。これにより、原基の細胞が生きていないとできない細胞移動や能動的細胞変形は、原基から角への変化には関わらないことがわかりました。
最後に、実際の角原基を元にコンピューター上にバーチャル角原基を作成し(図 4)、このバーチャル角原基を表面が伸展・収縮しないような条件のもとに、コンピューター上で展開させたところ、原基はきちんと角の形状へと変化しました(図 5)。これにより、原基の局所的な伸展や収縮も原基から角への変化には関らないと言えます。以上の実験結果より、角原基から角への変化は、既に形成された折り畳みを物理的に展開するという単純なプロセスであると結論付けられました。
図5 連続凍結切片画像の撮影とそれを元にしたバーチャル角原基の構築
図5 PCシミュレーションによる角原基と様々な皺パターンの展開
a,a') カブトムシのバーチャル角原基の展開シミュレーション結果。表面の伸縮がほぼ起こらないような条件でも、形態的に正常な角へと変化した。
b-e) 角原基に見られる様々な折り畳み皺パターン。
b'-e') 局所的皺パターンのバーチャル化。
b"-e) シミュレーションによる展開。折り畳み皺パターンが異なると、展開後の三次元構造も異なる。
また、角原基の折り畳み皺パターンをよく観察してみると、角原基の場所ごとに皺の方向性や深さなどに違いがあり、それぞれの皺をバーチャル化してシミュレーション上で展開させると、皺パターンごとに異なった形状に展開されました(図 5)。これらのことから、原基の形成過程で、原基の適切な位置に特定の折り畳み皺パターンを形成すれば、あとはそれを物理的に展開するだけで三次元形態を作ることができると言えます。逆に言うと、局所的な折り畳み皺パターンを少し変化させることで、最終的な角の形状も様々に変化させることが可能だと言えます。今後は、原基の形成過程で、局所的な折り畳み皺パターンを形成するプロセスを研究していくことで、「折り畳みと展開」を通した三次元形態形成機構が明らかになっていくことが期待されます。
【成果の意義】
「折り畳みと展開」による三次元形態形成機構の重要性の提唱と実験モデル系の確立
「折り畳みと展開」による三次元形態形成機構は、外骨格を有する生物では一般的な形態形成様式であり、現象としてもよく知られています。しかし、適切なモデル系を欠いていたため、その原理が深く研究されることは、今までほとんどありませんでした。本研究により、「折り畳みと展開」の重要性を提起するとともに、適切な実験モデル系を確立しました。
【用語説明】
1.クチクラ
生物の表皮細胞から分泌され形成される膜状の構造の総称。昆虫では、キチン質を主成分とし硬い外骨格を形成している。
2.成虫原基
昆虫の幼虫の体内に存在し、成虫時に特定の器官(肢や翅など)へと変化する原基。
【論文名】
タイトル:
Complex furrows in a 2D epithelial sheet code the 3D structure of a beetle horn
(訳:二次元上皮細胞シートの複雑な皺が、カブトムシの角の三次元構造を規定する)
著者:
松田 佳祐(大阪大学)、後藤 寛貴*(名古屋大学)、多鹿 友喜(群馬大学)、須志田 隆道(北海道大学)、青沼 仁志(北海道大学)、新美 輝幸(基礎生物学研究所)、秋山 正和(北海道大学)、井上 康博(京都大学)、近藤 滋(大阪大学) *責任著者
掲載誌:
Scientific Reports 7:13939(2017)
DOI:
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