木曜日の記事でお話した、熱海からの帰りに乗った特急踊り子号。
この特急踊り子号が登場したのは昭和50年代後半。
それまでの特急あまぎ号と急行伊豆号を特急で統一する形で登場して、
東京から伊豆急下田や修善寺を結ぶ観光列車として活躍を始めました。
この185系は、その時に急行形電車を置き換える為に登場。
国鉄時代、今までに無い斬新なデザインで注目され、
当時の国鉄も、踊り子号にはかなり力を入れていました。
登場時、踊り子号はこういう色でした。
3本の緑の斜めのストライプは、国鉄の優等列車のカラーはツートンカラーが当たり前だった当時、
かなり注目されました。僕も当時は踊り子号の大ファンでした。
一時的に、こういう色の踊り子号も走りました。
この色は高崎線や上越線、東北本線の特急の色ですが、
この色のバージョンが登場した最初の目的は、
東北上越新幹線が最初は大宮駅を暫定的に始発駅にしていた事から、
上野駅から大宮駅を結ぶ新幹線リレー号という新幹線連絡列車に使う為で、
新幹線が上野まで延伸した際に、
廃止により余った新幹線リレー号の車両の一部を踊り子号にまわした訳です。
しばらくしてから、斜めストライプに塗り変えられましたが、
その後、高崎発着のモントレー踊り子号と言う臨時列車に、
上越線用のこのカラーの編成が使われました。
そして平成になってから東北本線の、なすの号(今の、おはようとちぎ、ホームタウンとちぎ)が上野発着から新宿発着にかわり、
踊り子号と共通の編成が受け持つ事になったことから、
このカラーの編成の一部がさらに踊り子号にまわされ、
再び一時的にこのカラーの踊り子号が見られる様になりました。
国鉄時代は、この183系の踊り子号も走ってました。
これは、もともと東京から伊豆急下田を結ぶ特急あまぎ号に使われていたもので、
急行伊豆号の特急化による踊り子号登場後も、
この電車は引き続き使われました。
しかし昭和60年の春、前の写真の新幹線リレー号から転属して来た185系に置き換えられて、
この電車は中央本線の特急あずさ号にまわされました。
これは、お別れ運転の写真です。
なお、183系踊り子号は臨時列車として復活もしました。
成田から伊豆急下田までウイング踊り子号が運転され、
それに房総半島への特急に使われる183系が用いられました。
4、5年位前には千葉から伊豆急下田までの臨時列車としても復活しました。
また、踊り子号の登場20周年記念列車にも使われています。
当時の国鉄は本当に踊り子号に力を入れていて、
昭和50年代末から60年代まで、いろんな臨時列車が走りました。
先程話したモントレー踊り子号、ウイング踊り子号の他に、
この様なEF58形のお召し機の牽引による客車踊り子号も
東京から伊豆急下田の間を走ってました。
この機関車は、ゴハチの愛称で親しまれてました。
ゴマキやゴクミみたいなノリの愛称ですが(^^ゞ
なお客車踊り子号は、後から次の写真のEF65形の機関車に変わってます。
さらに、欧風客車を使ったサロンエクスプレス踊り子号もありました。
こちらも東京から伊豆急下田間の運行です。
この客車はサロンエクスプレス東京といって、全車グリーン車です。
初の欧風客車として注目されましたが、後からお座敷客車に改造されました。
そして、伊豆急行のリゾート21を使ったリゾート踊り子号も加わりました。
特急踊り子号の東京都内での始発駅は、全て東京でしたが、
後から新宿や池袋発着の列車も登場しました。
JR化後、平成に入ってからスーパービュー踊り子号が登場。
木曜日の熱海記事の、行きに乗ったスーパービュー踊り子号の写真は、
緑と白のボディでしたが、この電車も登場時は違う色でした。
この様な爽やかなブルーの特急電車でした。
伊豆急下田駅で並んだ踊り子ファミリー。
今でも踊り子号はユニークな臨時列車を運行しています。
最近話題なのが、昨夜の記事でも紹介したリゾート21の黒船電車を使った踊り子号。
これは、なんと立川から伊豆急下田の間を、
普段は特急どころか快速も走らないJR南武線を経由して運行してます。
今後はどんな臨時列車が走るか楽しみです。
なお、踊り子号には熱海からJR伊東線に入って、
伊東から伊豆急行に乗り入れて伊豆急下田へ行く他、
木曜日の記事でも少し話しましたが、
熱海で切り離されて、そのまま三島まで東海道本線を走って、
三島から伊豆箱根鉄道駿豆線に乗り入れて修善寺へ行く列車もあります。
こちらは特にスペシャルバージョンの臨時列車はなく、
定期列車、臨時列車共に185系が使われてます。