得能英司

わが子がダウン症だったら?― 出生前診断を受けた夫妻の選択

11/1(水) 10:07 配信

妊婦健診で赤ちゃんに異変が見つかったらどうするだろうか。その先に分岐点はいくつかある。出生前診断を受けるかどうか。受けたとして仮にダウン症候群(ダウン症)などの異常が見つかったら、どうするか。今回は、出産前にわが子のダウン症が判明し、かつ、出産を決めた夫妻の物語である。それを通して、出生前診断の是非や産み育てることの意味を考えたい。まずは2組の夫妻の声、子どもたちの今の様子を動画(約9分)で見てほしい。(Yahoo!ニュース 特集編集部)

妊娠11週で「異常」判明

動画を見て、どう思っただろうか。家族は多彩であり、それぞれの事情も異なる。それでも「産む」決断に至る心の揺れ、新しい命に対する切々とした気持ちが十分に伝わったのではないだろうか。

動画に登場してもらった夫妻2組の場合、出生前診断を受けた子どもはいずれもダウン症だった。英オックスフォード大学の『染色体異常と遺伝カウンセリング 第4版』によると、母親の年齢別に見たダウン症児が生まれる確率は20歳で0.07%、30歳で0.1%。それが40歳では1.2%に跳ね上がる。

香川県高松市に住む射場伸さん(41)、優香さん(41)夫妻には、2人の息子がいる。長男の篤也君(7)、二男の奏佑君(4)。奏佑君にダウン症の疑いがあると分かったのは、妊娠11週の妊婦健診の時だったという。超音波検査の結果、医師は「首の後ろ側にむくみがある」と告げた。

胎児だった奏佑君の超音波検査の画像。首の後ろ側がむくんでいる(写真:射場伸さん・優香さん夫妻提供)

ダウン症は染色体異常の一つだ。21番目の染色体が通常の2本ではなく、3本存在することで起きる。筋肉の緊張度が低く、多くの場合、知的な発達に遅れがある。

優香さんは超音波検査の1カ月後、さらに詳しく調べるため、出生前診断の一つ「羊水検査」を受けることにした。そしてダウン症が確定する。出産に迷いはなかったのだろうか。夫の伸さんは振り返る。

「ダウン症であれ何であれ、僕と嫁の子ども。『ダウン症だからうちの子じゃない』なんて全く思わなかった。元気に生まれてくるんだったら、生まれてきてほしいし。ただ(育児で)大変になるのは嫁。『産んでもらってええか』という話はしましたね」

優香さんはこう言う。

「おろせって言われたら、そういう人とは(夫妻を)やっていきたくないと思ってたんですよ。(夫は出産に)すごく前向きだったので、『ちゃんと助けてね』って。話は5分くらいで終わりました」

わが子について語る射場伸さん=上、優香さん=下(撮影:得能英司)

「分からないこと」の怖さ

出生前診断に関連し、優香さんは知ることの大切さ、知らないことの怖さを感じたという。

「11週から『異常、異常』って言われて。4週間もそういう生活をしていると、とにかく原因を知りたくなる。私、知らないことが嫌なんです」。心疾患があるかもしれないといった「かも」に耐え難かった。

ダウン症と確定すると、優香さんは以前にも増してスマホでの検索に没頭した。SNSやブログで同じ境遇の母親らを見つけると、連絡を取り合った。メッセージを送った相手は100人ほどにもなる。知らないと対応の方法も分からない、その方がつらい、と思ったからだ。そして、ダウン症などの子どもに対しては、医療や教育、生活などの面でそれなりの支援制度があることも知る。

カメラに向かって、おどける奏佑君(撮影:得能英司)

夫の伸さんは「人それぞれとは思うんですけど」と前置きし、続けた。

「生まれた後で分かったら精神的にショックだと思います。出生前診断で、もしダウン症と分かったら、いろいろ調べたり準備したりの期間がプラスになる。(対応が)1日早ければ、子どもにとっては10日分、1カ月分になることもあると思います」

「産んですごいね」の言葉に違和感

出産の時、病院側は万全の態勢を整えてくれた。優香さんが振り返る。

「生まれてすぐ亡くなっちゃうかもしれない、産声を出さないかもしれない、と言われていたので、(生まれてすぐ)泣いたのはうれしかった。生まれてからが勝負なので、気合いは入っていました。やることはいっぱいあるんで。よしやるぞ、みたいな」

兄の篤也君(右)と奏佑君。兄はとても面倒見がいいという(撮影:得能英司)

その間、周囲の目に違和感を抱いたこともあった。その一つが「すごいね」という声に対してだった。

「健常な子を産んで言われるなら何も思わなかったんですけど、『産んですごいね』って、何がすごいのか分からなかった。『普通はおろすよね』っていうのが行間にあると思いました」

ただ、自分にも問題があったのではないか、と今の優香さんは思っている。

「障がい児だと思われないようにとか、障がい児なりにきちっと(育てたい)みたいな。私が一番、奏佑のダウン症を意識していました。(周囲の声を)受け取る側の問題だと思うんですよね。とにかく差別されるのが嫌だった。(弟のせいで)お兄ちゃんがいじめられたらどうしようとか。今はほんとに、何を言われても褒め言葉に聞こえる。だから私が一番、差別の目がなくなったんだと思います」

「子育ては楽しい」と語る射場夫妻(撮影:得能英司)

出生前診断とは

東京都中央区在住の松原未知さん(47)は「『どんな子でも受け入れるから出生前診断は受けない』と言う人がいますけど、無責任に感じます」と言う。

42歳で産んだ佑哉君(4)はダウン症だ。2年半に及ぶ不妊治療、3回の流産を経験していたこともあり、13週の時に自ら進んで出生前診断を受けた。

「3回流産をしているので、心の準備をしておきたかった。ある日突然心臓が止まって(流産した)っていうのはショックが大きいので。出生前診断は、胎教したりベッドを買ったりとかと同じ感覚です。高齢出産でしたし、一生で1回の出産だと思い、悔いのない出産を迎えたいと思いました」

松原未知さんと息子の佑哉君(撮影:オルタスジャパン)

では、出生前診断とはどのようなものだろうか。

この診断には、採血検査や超音波検査、羊水検査などがある。胎児の病気や形態異常、染色体異常などを調べる目的だ。妊娠何週目かや、何を調べるかによって検査は異なり、費用は数万〜20万円ほど。採血や超音波はダウン症などの可能性を評価する検査であり、診断は確定できない。

射場優香さんが受けた羊水検査は、その次のステップだ。羊水検査は妊婦のお腹に注射器を刺し、胎児由来の細胞を採取する仕組みで、専門家によると正診率は99%以上。ただ針を刺すため、300人に1人の割合で流産の可能性がある、とされている。

羊水検査で使用される針(撮影:得能英司)

「無侵襲的出生前遺伝学的検査(NIPT)」という方法もある。日本国内では最も新しい手法で、高齢妊娠者(多くの病院で35歳以上)といった条件を満たせば受検できる。20ccの採血によってダウン症などの陽性・陰性を判定。陽性の場合、確定診断を得るには羊水検査などに進む必要があるが、NIPT自体には流産のリスクもなく、精度も高いとされる。

NIPTを導入している病院の医師らでつくる「NIPTコンソーシアム」によると、2013年4月の実施開始から今年3月までに、約4万5千人がこの検査を受けた。「陽性」803人(1.8%)のうち675人が確定検査に進み、最終的な陽性確定は605人だった。

そして、陽性確定者の93.7%、実数で567人が人工妊娠中絶を選択したという。

NIPTの結果報告書(見本)。「陰性」「陽性」で判定される(撮影:得能英司)

「9割が中絶」 間違って捉えないで

陽性が確定した妊婦のおよそ9割が中絶を選んだ――。このデータをどう考えればいいのか。NIPTコンソーシアムの中心メンバーで兵庫医科大学産科婦人科の澤井英明教授は、こう語る。

「注意すべき点は、NIPTを経て羊水検査を受けた方が全体の妊婦さんの一部だということです。『赤ちゃんに病気があっても出産しよう』という方たちもおられる。そもそもNIPTを受けない方々もいて、そういう方はこの数字には入ってこない。『子どもが病気だったら全妊婦の9割が出産を諦めている』という捉え方は違います」

兵庫医科大学の澤井英明教授(撮影:得能英司)

出生前診断で日々、妊婦やその家族と関わる澤井教授によると、「確定」になった夫妻の多くは「産むかどうか」で悩む。

「『自分たちの選択が本当に正しいのか、自分たちには分からない』と言われる方も結構いるんです。そういう時、私は『どちらが正解ということはありません。お二人が選ばれた方法が正しいんです』と言っています。夫妻で決められたことが正しい選択です、と」

「羊水検査のリスクは?」という心配

東京都国立市に住む山田光剛さん(51)、里子さん(46)夫妻には、一人娘の友花ちゃん(5)がいる。里子さんは40歳で妊娠。14週目に出血し、救急搬送された際、医師から「胎児に染色体異常の疑いがある」と言われた。次のステップは羊水検査に進むかどうか、である。

山田光剛さん、里子さん夫妻(撮影:得能英司)

夫の光剛さんは当初、流産のリスクがあるとして、羊水検査に反対した。1%未満とはいえ、羊水検査によって胎児が死ぬリスクもある。

「ダウン症でも育てるつもりでした。でも(子どもが)死んでしまうリスクを冒してまで、(事前に)知ってどうするの、って。羊水検査が治療であれば絶対やるべきですけど、そうではない」

里子さんは、どんな障がいかを事前に知りたかったと話す。

「(事前に分かれば)出産してから(すぐに適切な)ケアができると考えていました。例えば、ダウン症と分かれば、事前に『親の会』に行くとか。検査当時はダウン症について詳しく知らなかったし」

山田さん夫妻と友花ちゃん(撮影:得能英司)

親の反対で決意が揺らいだ

子どもに染色体異常があっても出産する――。そう決めた山田さん夫妻にも、心が揺れた時期がある。2人の両親に「あなたたちは高齢だし、障がいのある子を育てるのは大変だよ」と反対されたからだ。一時は「そうかもしれない」と思った里子さんは、こう言う。

「障がいのある子を育てた親が言うなら分かるけど、そうじゃない。その心配は分かるし、私も『本当に育てていけるのか』と不安はありました。そういう部分では、どうしたらいいのか分からない気持ちになることもあった。一方で、『産みたい』と強く思う時もありました。すごく揺れ動いた。ただ、主人は、全くぶれず、どんな子でも育てよう、と。もし主人にも『不安だから考えよう』と言われていたら、私も不安になって違う考えが浮かんだかもしれません。でも、それはなかった。育てるのは私たちですし、両親が反対しても産もう、と」

友花ちゃんの成長の記録。山田さんの家に飾ってある(撮影:得能英司)

「大いに悩んで、そして結論を」

出生前診断を受け、子どものダウン症が事前に分かり、そして出産――。その道を選んだ里子さんに「出生前診断を考える人たちにメッセージはありますか」と尋ねた。

「情報をたくさん求めて、産むにしても産まないにしても深く考えて。産むとしたら、その特徴をよく理解して育てる決意をしてほしい。健常者の子を産む親にしても(子育て中は)いろんな壁にぶつかるし、それと変わらないと思います。大いに悩んで、経験のあるママたちに相談して、話を聞いて、救われて、安心して、情報を得ながら家族と相談して、結論を出してほしいと思います」

ペットの「ダスキン」と一緒に散歩する友花ちゃん(撮影:得能英司)

ダウン症の子どもを育てて5年。

「最初に思っていた印象と違って、健常の子と異なるのは成長や言葉が遅いくらい。他は同じ。逆に育てていくのが楽しい。『こうやって人って立って、食べて、しゃべって、育っていくんだ』と。先生に専門的なことも教えてもらい、勉強にもなりました。不安になる必要は何もなかったと思います」

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※年齢は取材時のものです。

[制作協力]
オルタスジャパン
[写真]
撮影:得能英司、オルタスジャパン
提供:射場伸さん・優香さん

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