HOME > 美術館 > コレクション > 近世と近代の日本美術
能登国七尾に生まれ、後に京で活躍した絵師・長谷川等伯(1539-1610)は、花鳥画や風俗画、肖像画を手がけ、代表作《松林図》(東京国立博物館)で知られます。《烏鷺図屏風》は、左隻にカラス、右隻にサギを描いた水墨画で、この作品以前にも等伯は《松に鴉・柳に鷺図屏風》(1593[文禄2年]頃、出光美術館)でカラスとサギの取り合わせを描いています。DIC川村記念美術館の《烏鷺図屏風》には、左隻に激しく争うカラス、右隻に穏やかな姿態を見せるサギが描かれており、左隻と右隻の間には、黒と白、動と静、争いと平穏など様々なコントラストが見出されます。墨の濃淡を自在に使い分けて描かれた鳥や植物の描写には、中国画を学んだ等伯の巧みな筆捌きが見て取れます。
拡大画像を表示
(左隻)
拡大画像を表示
(右隻)
長谷川等伯 《烏鷺図屏風》 1605(慶長10)年以降 屏風(六曲一双)、紙本墨画 154.5 x 355.5cm(各) [重要文化財]
南蛮人(ポルトガル人・スペイン人)の日本来航の様子を描いた《南蛮屏風》は、桃山時代から江戸時代初期(16世紀末から17世紀半ば)にかけて数多く制作され、現在では約90点ほどの存在が知られています。DIC川村記念美術館の《南蛮屏風》は、六曲一双の屏風の左隻が失われ、右隻のみが残ったものと推測されています。描かれているのは、南蛮船が到着して上陸したカピタン(船長)とその一行を、日本に住み布教をしているキリスト教の宣教師たちが出迎える場面です。船にいる水夫たちは様々な肌の色や風貌をしており、カピタンたちは丸くふくらんだズボンを身に着けています。《南蛮屏風》が盛んに描かれた背景には、当時の人々が抱いていた、異国に対する好奇心と憧れがありました。《南蛮屏風》は右隻・左隻に描かれる内容によって幾つかのタイプに分類されていますが、DIC川村記念美術館の作品はサントリー美術館(伝狩野山楽筆)や三井記念美術館の所蔵する《南蛮屏風》と多くの共通点があり、これらと同じタイプに属すると考えられます。
拡大画像を表示
《南蛮屏風》 17世紀 屏風(六曲一双の右隻)、紙本着色 155.0 x 350.0cm
四条派の伝統を受け継ぐ画家・橋本関雪(1883-1945)の描いた《琵琶行》は中国・唐時代の詩人、白居易(白楽天)による長詩『琵琶行』に基づいて制作されました。
白楽天と友人は、揚子江支流の船着き場で、ひとりの女に出会います。白楽天らの求めに応じて女が琵琶を奏でると、その見事な音色は、心の中の思いを語り尽くすかのようでした。女は弾く手を止めて身の上を語ります。「私は都で琵琶の名手として名を馳せ、容姿も美しく若い頃には歓楽の日々を過ごしましたが、時とともに容色も衰えて落ちぶれてしまいました。今では夜になると若い頃の夢を見ては涙が流れます。」女の話を聞いて、白楽天は自分の境遇を重ね合わせます。都で勢力争いに巻き込まれて左遷された白楽天には、女の奏でる琵琶は天上の音色に聞こえました。白楽天は琵琶の音色と女の話を詩にして「琵琶のうた(琵琶行)」をつくったのです。
この屏風の左隻には身の上を語る琵琶弾きの女、身を乗り出して聞き入る白楽天とその友人、右隻には白楽天を乗せてきた舟の舟守の老人が描かれています。周囲に描かれた水辺の情景は、川の流れや大気を感じさせ、そこには時の流れと共にうつろう人間のはかない営みが重ね合わされています。《琵琶行》は1910年(明治43年)の第4回文展で褒状を受賞した、関雪の代表作のひとつです。
拡大画像を表示
(左隻)
拡大画像を表示
(右隻)
橋本関雪 《琵琶行》 1910(明治43)年 屏風(六曲一双)、絹本着色 147.3 x 334.9cm(各)
コレクション作品の展示は、年に数回入れ替えを行います。詳しくは「今見られるコレクション」ページをご確認ください。