うつ病会社員のもみじです。
常々思うことなのですが、なぜ身体的疾患の闘病記は褒めそやされて、精神的疾患のそれは忌み嫌われるのでしょう。
テレビや映画で取り上げられるのは身体的な難病に陥った人たちばかり。
うつ病などの精神的疾患に陥った人たちの物語というのは本当に取り上げられませんよね。
これっていったいなんなんでしょう?
知人AのFacebookについて
知人Aはある身体的疾患を発症し、発症~手術~入院~退院後の生活を逐一Facebookに投稿していました。その闘病記を見た人たちは次々に「いいね!」やコメントを送りました。「大変な状況かもしれませんががんばってください!」「必ず治ると信じています!応援しています!」……心温かい言葉が集まりました。
その身体的疾患の発症原因のひとつはアルコールです。疾患が治癒した今、その知人のFacebookは楽しそうに飲み会をする投稿であふれています。おいしそうな料理に良い銘柄のワイン。私は飲んだことなどありませんがさぞかし良い味わいがするのでしょう。
知人BのFacebookについて
知人Bはある精神疾患を発症しました。病気のことを発信することはためらわれたそうですが「同じ病気の人や、この病気を知らない人のためにも、自分が実名で発信することはなんらかの意義があるはずだ」と思い、闘病の様子をFacebookに投稿することにしました。服用中の薬を紹介してみたり、クリニックでの診察の様子を書いたり、心療内科を選ぶ際の個人的なポイントなどを書いたりしました。そのうえで「自分はつつましい生活を送りながら精神疾患と戦っている」ということを発信しました。
しかし、集まるのは批判的なコメントでした。多かったのは「精神疾患になったことを実名で自ら言うもんじゃない」「キチガイだと思われるようなことを堂々と発信するな」というコメントでした。知人BはFacebookをやめました。病気に関する投稿をするたびに、「精神疾患叩きコメント」が集まってきたからです(それも知人の友達である人たちからです)
広告
知人AとB、なぜこう違うのか?
私はこの2例を見てずーーーっと違和感を抱いていました。
二人とも「病気になって、それを治療していて、それを発信している」ことは同じです。違うのは「身体的疾患」か「精神的疾患」か、それだけです。
なぜ身体的疾患の闘病記は美談にされ、Facebookでちやほやされるのに、精神的なそれはタブー視されるのでしょうか?精神的疾患の知識がまだまだ一般社会に浸透していないからでしょうか?うつ病は今や全く珍しい病気ではなく、日本人の5人に1人は生涯で経験すると言われているというのに…
ツイッターやブログを見ていると「匿名」で発信している精神疾患患者はたくさんいます。メンヘラ.jpの読者投稿なんかを見ていると私よりもとても荒まじい経験をしてきた人たちもいるなと思わされます。
しかし、自分がメンヘラであることを「実名」で発信している人ってどれだけいるのでしょう。身体的な疾患や難病を抱えている人(そしてそれを乗り越えた人)の闘病記はよく目にしますが、精神的なそれを乗り越えた人って、それを実名で発信した人って、少ないと思いませんか?(だからこそ、「うつヌケ」のようにカジュアルにうつを表現した本がヒットしたことは個人的には救われたような気分になります)
メンヘラは恥ですか?
かつて、東日本大震災でASD(急性ストレス障害)を発症して全国ツアーを延期した歌手がいます。当時ネットで「エア被災」だのなんだの言われまくっていました。
その歌手が倒れた際に事務所が公式に発表したコメントも、いかにもその歌手が精神的にやられたことを「恥だ」と言わんばかりのニュアンスが含まれていて、読んでいて気分が悪くなったのを覚えています。
あれから6年経って、「うつヌケ」のようなカジュアルにうつを取り扱う本が出てきたり、電通の過労死事件に対する報道が大きくなされたりして、昔よりは精神的疾患に対してオープンな時代になった感覚があります。
ただ、精神的疾患についてはまだまだ一般の人たちにとっては「ブラックボックス」の世界なのかもしれません。私自身もうつ病にかかるまで、うつに関する知識がほとんどありませんでした。ストレスがかかりすぎると発症する病気…くらいは知っていましたが、まさかそれが自分に該当するなんて考えもしませんでした。
ただ、そのブラックボックスを開こうと「発信」すると、叩かれるのが現状なのかもしれません。知人Bは自分の疾患についてSNSでもっと知ってもらいたいと言っていましたが「Facebookで発信しても『後で恥になるからそういうのやめたほうがいいよ』『精神病への偏見が広がるだけだから迷惑』みたいな反応しかない」状態だったので、結局匿名のSNSに切り替えています。
メンヘラは恥なのでしょうか?
精神的疾患で働けなくなったり、それを治癒するために薬を飲んだり、カウンセリングを受けたり、入院したり、リワークしたり、復職したり、また働けなくなったり、また治療したり。
いったいそれは、なぜ恥ずかしいのでしょうか?働けなくなったり、リハビリをしたりするのは他の身体的疾患と同じでしょう。なぜうつ病のような精神的疾患だけ「隠すもの」として扱われるのでしょう。
かく言う私も、匿名ブログだからうつ病であることをあけっぴろげに言えているわけですが…