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残るは日本!欧州も金融緩和見直しへ

リーマンショックのあと、日本をはじめアメリカやヨーロッパでは、景気を押し上げるため、「金融緩和」と呼ばれる政策を積極的に行ってきました。
しかし、アメリカではこの政策を見直して通常の状態に戻そうとしているほか、つい先日、ヨーロッパでも、金融緩和の見直しが発表されました。
なぜいま世界でこうした動きが広がっているのか、また金融緩和を続ける日本はどうなるのか、考えていきます。
(ロンドン支局記者 栗原輝之)

金融緩和見直し 一歩踏み出した欧州

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「広範囲で景気が拡大し、物価の上昇が目標に近づいている」
ヨーロッパ中央銀行(ECB)のドラギ総裁は、10月26日の記者会見で、金融緩和を見直す理由をこのように説明しました。ECBは、通貨ユーロを使う域内19か国の金融政策を担う、日本の日銀のような存在です。

ECBが行ってきた金融緩和は、主に2つの柱で成り立っています。
1つが大胆な金利の引き下げです。政策金利を過去最低の0%にしたほか、金融機関が余剰資金を中央銀行に預ける際の金利を世界で初めてマイナスにするなどして、企業への貸し出しを増やすよう促してきました。

もう1つは、各国の国債などを買い上げ、市場に大量の資金を供給する「量的緩和」です。市場に出回るお金の量を増やすことで、企業が儲かって労働者の賃金も上がるいわゆる経済の好循環を生み出そうとしてきたのです。

それをECBは今回見直して、金融緩和の縮小にかじを切ることを決めました。具体的には、1か月当たり600億ユーロとしていた(日本円で約8兆円)国債などの買い入れの規模を、来年1月からは半分の300億ユーロに(約4兆円)減らすことにしました。

いきなり買い入れをやめると経済が混乱しかねないため、段階的にその額を減らすことで、金融政策を通常の状態に戻そうというのです。

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背景には好調なヨーロッパ経済

でも「金融緩和を見直せるほど、ヨーロッパの景気ってよかったっけ?」…こんな疑問を感じる方がいるかもしれません。

実は大規模な金融緩和が続いたことで企業活動などが活発になり、ユーロ圏の景気は好調を維持しています。GDP=域内総生産は、17四半期連続でプラス、つまり4年以上にわたって成長が続いているほか、直近の失業率も9.1%とおよそ8年ぶりの低い水準が続いています。

こうしたなか各国からは、金融政策の見直しを求める声が高まっていました。なかでも最大の経済大国ドイツのメルケル首相は7月、「すべてのユーロ圏加盟国は再び成長に向かっている。しかしECBの金融政策は、われわれが望む状態に戻っていない」と発言していました。

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絶好調ドイツで目にした景気の現実

メルケル首相の発言が本当か確かめようと、私はドイツを取材しました。

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まず向かったのはドイツ最大の港、ハングルク港です。工作機械や化学製品などを積み込んだコンテナが、列車やトラックで次々と運び込まれていました。クレーンは、コンピューターによる自動制御で、大量の荷物を効率よくさばくために新たに導入されました。

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ドイツの輸出額は、去年、3年連続で過去最高を更新しました。金融緩和に伴うユーロ安で域内の製品の競争力が増していることや、ユーロ圏のほかの国でも景気が持ち直していることが背景にあります。

大手船会社の担当者は「経済が弱かったギリシャやスペインなどでも景気は改善し、こうした国への輸出が増えている。ことしのコンテナの取扱高は、去年よりさらに3~4%伸びるだろう」と話していました。

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さらに不動産市場も活況にわいています。 首都ベルリンでは、新しいビルやマンションの建設をあちこちで見ることができます。金融緩和によってもたらされた大量の資金が、不動産市場に向かっているのです。

ドイツ全体の住宅価格は、2010年に比べて1.3倍以上に上昇、ベルリンやハンブルクなど大都市に限れば1.6倍を超える上昇となっています。とにかく誰に聞いても、景気はよいという答えが返ってきたのが取材を通じて印象的でした。

“劇薬”の副作用も

一方、同時に見え始めているのは“劇薬”ともされる異例の金融緩和による副作用です。

例えば住宅価格は、一般の人が買えない水準まで高騰し、バブルを指摘する声も出ています。不動産投資などに縁がない一般の人の暮らしは、むしろ悪化しています。

ベルリンでひとり暮らしをする69歳のフランツィスカ・ホフマンさん、彼女の収入は、年金から得られる14万円だけです。家賃の5万5000円と、電動車いすなどのローンに4万円を支払うと、手元には4万円余りしか残らず、これで生活費のすべてをまかなっています。

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しかしドイツでは食品の価格がこの6年で13%上昇し、品物によってはさらに上がったものもあります。このためホフマンさんは、食卓に欠かせないソーセージやチーズなどが買えなくなったといいます。

また、金融緩和による金利の低下で銀行預金から得られる利息も期待できなくなったということで、「いったいどうしてこんな状態になってしまったのか、だれか教えてほしい」とこぼしていました。

次の危機への備えとして緩和を見直す

再び経済危機が起きたときに備えるためにも、景気がよいうちに金融緩和を見直すべきだという声が上がっています。

というのも異例と呼ばれるまで金融緩和が進んだ結果、中央銀行には、さらに金利を引き下げたり、国債をもっと買い入れたりする余地がほとんどないからです。もし再びリーマンショックのような経済危機が起きても、有効な対策を打てないことになってしまいます。

このためドイツ経済研究所のフェルディナント・フィヒトナー氏は「これだけ経済が強固になったのだから金融緩和を縮小し、新たな経済危機が起きた際に再び緩和できる状態に戻しておくべきだ」と訴えています。

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緩和縮小のペースは?

ヨーロッパで金融緩和の縮小はどのように進んでいくのか。

あくまでECBは慎重なスタンスです。ドラギ総裁は26日の会見で「ユーロ圏の成長は、世界的な要因や外国為替市場の動きしだいで下振れするリスクが残っている」と述べました。

ユーロ圏全体で景気が上向いているとはいえ、最新の失業率は、ドイツが3%台なのに対し、スペインは17%台、ギリシャは21%台と国によってばらつきがあります。

ドラギ総裁は、経済の状況に応じて量的緩和の規模を再び拡大することもあり得るとしていて、金融緩和の縮小を急ぐことはなさそうです。

日本はどうなる

今回のECBの判断によって大規模な緩和を続ける日銀との方向性の違いが鮮明になりました。日銀としては、2%の物価上昇という目標が実現できていないため、金融緩和を続けざるをえないのです。

その一方で、長引く金融緩和によって都心でマンションの価格が急騰するなどバブルのような現象が局地的に起きているほか、歴史的な超低金利で年金や貯蓄で暮らす世帯にも影響が及んでいます。

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このまま日銀だけが大規模な金融緩和を続ければ、いざ緩和の縮小に踏み出そうとする際、非常に難しいかじ取りを迫られることになります。なぜなら日銀が購入して積み上げた大量の国債や株式を売却する際に、株価の急落など市場の混乱が懸念されるからです。

それだけに、ヨーロッパやアメリカがどのようなスピードで金融政策を通常の状態に戻していくのか、また日銀がいつ、どういう段階で大規模な緩和を見直すのか、世界経済の行方を見極めるうえでも注視する必要がありそうです。

栗原 輝之
ロンドン支局記者
栗原 輝之
平成11年入局
経済部、名古屋局、国際部をへて
ことし7月からロンドン駐在

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