お酒の聖地、東京は四谷に「プレミアム日本酒を飲み放題で好きなだけいただける」という、夢のようなお店があるという。
そこは、東京ではまずお目にかかれない地酒、純米大吟醸や生原酒など、お店にあるとっておきの日本酒ほぼ全部を3,000円で好きなだけ飲んでいい、という日本酒好きのためのアルカディア。
なんてステキ! なんてワンダーランド! とテンション高くご紹介したいところだが、ここで残念なお知らせ。筆者(私)は、日本酒党ではないのだ。
口に入れた瞬間の舌を覆うような甘さ、喉ごしの重たさ、胃にいつまでも残るような存在感……ビール党の筆者には何もかもレベルが高すぎる! 「ワインみたいな日本酒があってさ」とか提案してくる(そしてついでに口説いてくる)日本酒野郎がたまにいるけど、そういう問題じゃねぇんだよ! 日本酒苦手なの!!
そんな筆者のもとに舞い込んだのが、先述の日本酒ワンダーランドこと「日がさ雨がさ」さんの話。なんでも、飲み放題がスゴいのはもちろん、「マスターが面白くて、しかも日本酒が飲めなくても一気に日本酒党にさせるようなお店」なのだとか! これは受けて立つしかない!!
果たして筆者、苦手な日本酒を美味しく楽しく嗜むことはできるのか!?
日本酒の隠れ家かつワンダーランドに突撃してみた
東京メトロ丸の内線・四谷三丁目駅から徒歩10秒という好立地の雑居ビルにある日本酒好きの隠れ家、それが今回訪れた「日がさ雨がさ」だ。
古民家を思わせる木の内装は隠れ家っぽさ満点、「日本酒をいただく」雰囲気を盛り上げてくれる。
マスターの地元・長野のものを中心に、日本酒好きなら涙を流して飲みたがるような優れた日本酒をものすごくリーズナブルに提供してくれる。置いてある銘柄は30種類前後、酒蔵が製品を出すタイミングやコンディションによってその時々で変わるとのこと。
そして、そのほとんどを好きなだけ飲める、題して「国内最強飲み放題」を3,000円で提供している。ここなら、筆者の日本酒アレルギーを一発で治すステキな1杯にめぐり逢えそう……!
「なんでも聞いてくださいね! お好きなものを探す手助け、させてください!」
と、気さくに声をかけてくれるマスター。基本的に日本酒が苦手だったこと、でも日本酒を好きになりたいこと。甘いのが苦手だということをまずはお伝えする。となると言うべき言葉はひとつ、「辛口」だ。
辛口って頼むのはダメなの?
▲まずはビールで、きたる日本酒に備えよう。実は日本酒以外の酒も超充実している。詳細はこちらのページで。
しかしここで、気になることが。最近、ネットで「客からの日本酒『辛口』というオーダーは、プロとしては困る」という話題が相当、盛り上がったのだ。日本酒のプロは「辛口」と言われると何を出せばよいのかわからないそうで、うわ日本酒ってやっぱ難しいじゃないか、と筆者は思わされたのだった。
「辛口、って頼んじゃダメなんですか……?」
「うーん、ダメじゃないけど、そういわれちゃうと“ザ・辛口”みたいなわかりやすいの以外出しづらい感じはたしかにしますね……。もしいろいろな出会いを試したいなら、いきなり“辛口”って指定しちゃうのはもったいないかも」
そうか。なるほど。でも筆者は基本的に「甘い」お酒は得意じゃない。そこはしっかりとお伝えし、マスターにいろいろオススメの日本酒を出してもらいながら好みの日本酒を探すことにしてみた。
▲お通しもすべて絶品でクオリティが高い!
こちらのお店、マスターの日本酒に関する知識と情熱がハンパじゃない。しかもとっても話しやすいので、選び方も飲み方もじっくり相談できる。日本酒通はもちろん、日本酒とこれから愛しあいたいと決めたビギナーにはまさに最適なお店だろう。筆者の日本酒嫌い克服への期待も高まる。
マスターと筆者、日本酒5本勝負
「飲んだ後に口に残る甘さが苦手」と伝えたうえで、マスターに「愛する1杯」の候補を出してもらっていくことに。
最初の1杯は、「大信州 別囲い 純米吟醸 ひやおろし」(長野・松本市)。
「まずは甘さひかえめのすっきりしたお酒、ということで。さらっと軽快、ジャブジャブ飲めてしまうような1本から」
いただくと……華やかな香り! 日本酒ってこんなフルーティーな香りがするものなのか。 お味はというと、マスターの言うとおりすっきり、ものすごくスマートで飲みやすい。喉をするする通り抜けていくから、気を抜くと飲みすぎてしまいそうで危険……。
なるほど、いいぞ日本酒! ただ、筆者が気にしている「甘さ」は若干感じる。もっと探ってみよう。
甘み:★★★
淡麗:★★★★
「Sogga Père et fils DEUX……え、フランス語? どういうこと?」
「これは、ワイナリーが造っている日本酒なんです。とはいっても、もともと酒蔵で、戦時中日本酒が作れない時期にワインを始めて、今ではそちらが本業になった感じで。日本酒は、ワインの作業が落ち着く冬のあいだにごく少量作っているんです」
とても貴重なお酒で、なかなかお目にかかれない1本らしい。
「このDEUXというのは、協会2号酵母のこと。大正時代ごろによく使われたけれど今はなくなってしまった酵母なんですが、それをわざわざ自ら復活させてお酒を造ったという。昔の『美味い酒』は、こういう味だったのかも知れませんね」
ラベルには「ル・サケ・エロティーク(エロティックな日本酒)」とも(わざわざフランス語で)書いてある。うーん、すごいこだわりのお酒なんだね。確かに、その味は複雑、どこまでも日本酒なのだけど違うお酒のニュアンスも感じることができる。
「でも……これは筆者の好みとはちょっと違った。こだわりの作り手さんにもマスターにも申し訳ない気がするけど……」
甘み:★★★★
芳醇:★★
「全然! 好みはあって当然ですから。こちらもここからもっと気合いれていきますよ!」
そういえばフードを頼んでいない。長野で完全無農薬でつくられているトマトというのがあるので、これをオーダーしてみる。
「見た目は無骨でいいもんじゃないけど、間違いなくおいしいです」
「じゃあ、トマトと合いそうなお酒をお願いします!」
マスターが出してくれたのは「琥泉(こせん) 純米吟醸 夏の原酒 一火入れ」(兵庫・神戸市東灘区)。銘酒の産地、灘のお酒。
「日本酒って基本的には冬が旬なんだけど、最近は夏のお酒っていうものに力を入れる蔵が増えているんです。こちらはしっかりした味のもの、野性味のあるトマトにはぴったりじゃないかなと」
「どれどれー……うわ! うわ! これおいしい!!!!!」
ものすごくすっきり爽快で、筆者が苦手な「残る甘さ」も感じない。でも、お酒としてのインパクトはしっかりあって、ほのかに花の香りも感じられる。これって辛口……?
「辛口か甘口か、でいうと、どっちでもないくらいのところなんですよ。最初にお出ししたものよりはずっと甘めに寄っているはず」
「そ、そうなの……?」
「ね、辛口・甘口で分けなくても楽しめるでしょ?(笑)」
すごいなマスター……。甘いの苦手だからといって「辛口」がベストじゃないってこと、完璧なセレクトでわからせてくれる。したり顔なのがちょっとイラつくけど!
そうそう、トマトだ。ちょうど届いたトマトをいただきつつ「琥泉」をいただいてみる。
これが……ものすごく合う! トマトと日本酒、酸味ぴったり、香りぴったり! 日本古来のお酒と、舶来の野菜トマトがこんなに合うなんて!
甘み:★★
淡麗:★★★★
「じゃ、次はこれどうだろう?」
マスターが繰り出したのは「都美人 山廃純米 原酒」(兵庫・南あわじ市)。淡路島のお酒。
「濃くて太くて酸味がしっかりしているタイプ」だという。そこだけ聞くと、とうてい筆者の好みには合わなさそうだけれど……
「!? おいしい……これも好きだ。というか、これほんとに好きだ!」
筆者ごのみの「すっきり」だし、よく香るし「飲んだ」っていう実感もしっかりくる。「琥泉」とどっちが好きか、わからなくなってきた! 自分の日本酒の好みも、さっぱりわからなくなってきた!
「これは“淡麗・辛口”かって言われると、きっと違うお酒です。でも、おいしいでしょ?」
これは驚きだ……しっかりとした飲み口だけど、筆者には見事にぴったりだ。
チーズに合わせても美味しい!
甘さ:★
淡麗:★★★★
「なんとなーくこういうのが好き、っていうのはみなさんあるでしょうけど、ものすごく飲んでいる方でもなければ、その基準って意外とあやふやなんです。日本酒は銘柄と作りによって全然テイストが違うので、こういうのがいいって決めちゃわないほうがいいんですよー」
「はい、よくわかりました……」
筆者の好みは「淡麗・辛口」なんだろうなと思っていたけど、「琥泉」「都美人」はどっちもそれに当てはまらない。決めちゃわないほうがいいんだ。マスターの見事なセレクトの前に、完敗だ。術中に見事にハマったけど、おかげで日本酒への苦手意識は驚くほどに薄くなった。
そろそろ最後にしよう。
〆にふさわしい物を、とお願いして出てきたのが、「縁喜(えんぎ) 吟醸生詰」(長野・山ノ井町)。マスターの得意な長野、志賀高原のお酒。
「長野の米の特徴がよく出ているお酒です。やや硬めで、発酵させる時にコメが融けにくい。その分、しぶさや苦さも含めて、コクが出る」
淡麗・辛口じゃないものを好きだと言った筆者に、おもいっきりどっしりしたのをぶつけてくるマスター。「縁喜」、たしかにしっかりどっしりだ。でも日本酒の洗礼をあびた今、これもなかなかおいしいと思える。
アナゴと合わせると両者の旨みが高まりあって最高! 食べながら飲むといいかも。
甘さ:★★
芳醇:★★
まとめ
筆者が一番気に入った&日本酒飲まず嫌いの人にもオススメしたいお酒第1位は「琥泉」。
甘みはありつつもスッキリとした口当たり、香りとのバランスも唯一無二だと思えたことがその理由だ。
マスターとああでもないこうでもないと話をしながら日本酒を楽しんだひととき。「日本酒は甘くてやっかい」「私は辛口しか飲めない」という思い込みは、マスターの絶妙なセレクトと解説によりすっかり消え去った。
ひとくちに日本酒といっても銘柄によって味わいがまるで違うことも、だから「こういうのが好みだ」と決めつけるべきでないことも、本当によく理解できた。
「こんな店をやってるくらいだから、いろいろなお酒の味が自分の頭には入ってるという自信はあります。お客さんの好みを聞いて、それじゃあれがいいかな、とオススメできる、という……
お客さんが情報のないなかで選ぶよりは、こういう話をしながら選んでいくほうがぴったりしたものをお出しできると信じています。それは、チェーンではない、個人店居酒屋のいいところでしょうね」
マスター、ステキでした。日本酒が好きなお酒になりました。甘さに対する警戒感はまだ消えないけれど、少なくとも日本酒というものの懐の深さ、その片鱗は味わうことができたと思う。もう何度か通って、本当に愛せる1本を見つけてみたい。そう、強く思った。
紹介したお店
日がさ雨がさ
住所:東京都新宿区四谷3-9-11 四谷シンコービル7F
TEL:03-3225-0267
そのほか、新宿の忘年会・新年会におすすめのお店はこちら
著者・SPECIAL THANKS
ライター/シマヅ
1988年生まれ。フリーライター。 武蔵野美術大学造形学 部芸術文化学科を卒業後、2年ほど美術業界を転々としていたが現在は主にWEB上で文章を書き生計を立てている。女性向けコラム、インタ ビュー記事、グルメレポート、体験記事など、幅広い分野で執筆活動を行う。