今年も暑い夏でした。最高気温が名古屋でも39.3℃などという話題の出た年でした。
そんなある日のことです。あまりにも暑くて汗が出たので、シャワーを浴びました。汗も流れてさっぱりしましたが、ふと気になったことがあります。「今浴びているシャワーの温度は38℃。熱いどころかすごく気持ちいい。今日の最高気温は35℃だったのにすごく暑かった。もし気温が38℃になったらもっともっと暑いはず。同じ38℃が自分の体の周りにあるのに、どうして気温の場合には暑くて、シャワーは気持ちいいの?」ということです。
気温はからだ全部が38℃の空気の中に入っていますが、シャワーは38℃の水滴があたっているので、ちょっと違います。すぐに風呂を38℃に設定してわかして入ってみました。すると熱く感じません。なぜ、気温の38℃は暑いのに、風呂の38℃は熱く感じないのでしょう。すごく不思議です。
科学部のみんなに話しても「なんでだろうねぇ」とか「おもしろいけど分らないなぁ」という反応でした。そんな話題の中でわたしたちの研究テーマは「気温38℃の日は暑いのに、38℃の風呂に入ると熱くないのはなぜか」ということにし、みんなで研究していくことにしました。
風呂と気温と違っていることをみんなで数え上げてみました。
① | 風呂の場合は38℃のお湯に体は入っているが頭は出ている。気温の場合は頭も含めて身体全体が38℃の中に入っている。 |
② | 風呂には服を脱いで入るけれども、気温の場合は着ている。 |
③ | 水の熱伝導率は、空気と比べて25倍くらい大きい。 |
④ | 風呂は入っている時間が3分から10分くらい(風呂班6人の場合)ですが、気温は、何時間もその温度に入っている。 |
刈谷市の中央図書館へ行っても、関連する本はありませんでした。次に、学校のコンピューター室でインターネットで調べた結果、36℃のときの同じような疑問についてのページが見つかりました。
また、わたしたちのテーマについて、養護教諭の先生が30℃の場合について書いてある本を見せてくださいました。水の比熱と熱伝導度は空気よりも大きいことが、その原因だと書かれていました。
30℃と36℃については、自分の体温はそれより高いので、水の方が空気より熱伝導度が高いというこで説明ができます。すなわち、体から水へ熱がたくさん移動するからです。わたしたちも納得しました。
しかし、熱伝導度で説明すると、体温が36~37℃とすれば、38℃のお湯からは、空気の38℃より多くの熱が体に伝わってくることになり、38℃の気温より、38℃の風呂の方が熱く感じられることになります。
わたしたちの班のメンバーは、追究をこのテーマにしてから、何度も38℃の風呂に入っているのですが、みんな38℃の風呂は熱く感じないと言います。
その中で、38℃の場合について『こねっとチューター』にわたしたちのテーマとまったく同じことについて書いてあるページを見つけました。「しめた」と思うと同時に、「なんだ。もうやった人がいたのか」という落胆の気持ちも起きてきました。
そこでの答えは「風呂では、頭が38℃のお湯から出ているが、気温の場合は、全身が38℃の中に入っている」という考えでした。このことは、わたしたちも一つの理由として考えました。「熱い」を感じるのは全身の皮膚にあるのだが、「暑い」を感じるのは、首より上にあるという考えです。だから、頭まで全身38℃のお湯の中に入ってしまえば、きっと熱く感じるだろうと思っていたのです。
早速、確かめてみました。ダイビングに使うシュノーケルを使って全身を38℃のお湯の中に入れてみました。
その結果、なんと6人全員が「ぬるい」と答えたのです。この仮説は、自分たちが立てたものの中では、ずいぶん確信を持っていました。ですからこんなに簡単に崩れるとは思ってもいませんでした。
そこで、もう一度、熱さを感じるセンサーは首から上にあるという仮説について、別の実験をやってみました。首から上に暑さを感じるセンサーがあるとすれば、首から上を38℃にしてやれば暑く感じるという方法です。写真Bのように、段ボール箱に穴を開けて頭を入れ、段ボール箱の中にヘアドライヤーで熱風を送り、頭だけを38℃にしました。
その結果は、頭が熱いことは感じるけれど全身的に暑いとは感じませんでした。
自分たちの仮説か崩れたのと同時に、『こねっとチューター』の人の考えも間違いであることが分りました。きっとこの人は、自分では風呂にもぐってみないで、頭で考えたのだと思いました。『こねっとチューター』に答えるような人は、きっと科学に詳しい人です。そんな人が間違えるようなテーマにわたしたちは挑んでいるんだと少しファイトが湧いてきました。
次に、風呂と気温の違いの一つ「服を着ている、服を着ていない」について調べてみました。
6人の班員が自分の家の風呂のお湯を38℃に設定して入り、次の日、その結果を学校で話し合ってみました。
「服を着ても着なくても感じる温度については変わらない」「38℃の風呂は熱くない」という結論でした。
次に、「空気と比べて、熱の伝導率は水の方が25倍くらい大きい」ということについて調べてみました。
水の温度が38℃のとき、体温より高いわけで、熱は水から体のほうへ移ります。熱く感じて良いわけですが、38℃の風呂に入ったわたしたちは全員熱くないと感じています。この研究の最初に感じた疑問のままです。
次に「風呂は入っている時間が3分から10分くらい(風呂班6人分の場合)ですが、気温は何時間もその温度の中に入っている」について調べてみました。
その結果、確かに38℃の風呂に15分くらい入っていると頭がぼーっとして、いわゆるのぼせた状態になって、長く入っていることはできませんでしたが、風呂の湯を熱く感じることはありませんでした。
研究を続ける中で、インターネットでいろいろなところに質問をしていると、「自分のところでは分からないが、名古屋大学の環境医学研究所の岩瀬先生のところでそういう研究をしているから、そこで聞くと参考になるかもしれない」というメールが届きました。
早速、電話で質問したり、直接お会いして、いろいろ教えていただきました。
わたしたちは、岩瀬先生に教えていただいた中の「暑さを感じるのは深部温と皮膚温の違いではないか」に注目し、次のような仮説を立てました。
「熱さ(暑さ)を感じるのは、深部温と皮膚温の温度差が大きいときである」
深部温があまり変化しないという点を考えると、仮説が正しいのなら、同じ38℃でも空気中の方の皮膚温が、お湯に入ったときの皮膚温より低くなるはずです。38℃の風呂に入ったときの皮膚温・体温(舌下)・深部温(耳の中)の測定をしました。皮膚温はハンディー型放射温度計で、体温は保健室の体温計で深部温はオムロン耳式体温計“けんおんくん”で測定しました。なお、皮膚温の測定にあたっては、前腕部にマジックインキで印を付け、いつも同じ箇所で測るようにしました。
0.1℃目盛りの水銀温度計を使い、風呂に入る人とは別の人が、追いだき機能を使って常に38℃をキープするようにしました。だいたい0.2℃くらいの範囲で正確にお湯の温度を保てました。
下のグラフは38℃の風呂に入ったときの変化の平均を表したものです。
深部温はほとんど変化せず、皮膚温は入ってすぐに38℃に近くなっています。これは、風呂に入った瞬間は、深部温と皮膚温との差が大きいために温かく感じますが、やがて皮膚温が上がると深部温との差が小さくなるのでぬるく感じてくると言えます。次に気温38℃の部屋に入ったときのそれぞれの変化を調べることにしました。
学校のカウンセリングルームを貸していただき、エアコンと石油ストーブを二つ入れて、38℃にしました。部屋の中の温度の偏りをなくすために大きな扇風機を回しました。
38℃の部屋に入るとするに皮膚温は上がり始めます。けれど8分後くらいからは汗がどんどん出てきて、皮膚温は下がり始め、34℃くらいまで下がってくることが分りました。
つまり、38℃の部屋へ入ったときは、38℃の風呂に入ったときより、皮膚温は低くなり、それにより深部温との差が大きくなり、暑く感じると説明できます。
ところが部員の一人が「深部温と皮膚温の差が暑さを感じる原因だとすると、深部温はほとんど変わらないのだから、冬には、気温が下がって皮膚温も下がるはず。そのため深部温と皮膚温との差が大きくなって、寒いはずの冬にものすごく暑く感じることになってしまう」と言いました。その通りです。
もう一度、初めから考え直しです。困った時の神頼み的発想で、岩瀬先生にメールを送ったところ、早速返事を頂きました。
その中で、皮膚温と外気温との差を考えればいいというヒントをいただき、わたしたちは仮説を次のように立てました。
「外部の温度と、皮膚温との差が大きいほど熱さ(暑さ)を感じる」
今までの実験資料を外界の温度と皮膚温との差に注目して見てみました。
1.38℃の気温の場合
38℃の部屋に入ると風呂の場合よりゆっくり皮膚温は上がっていきます。8分くらいで36℃くらいになりますが、その頃から暑くて汗が出始め、皮膚温が下がり始めます。これは汗の気化熱で皮膚温が下がっていくのだと思います。その結果、外部の温度と皮膚温は差がおよそ4℃ほどと大きくなり、暑く感じます。汗の気化熱で皮膚温を下げる能力にも限界があるようで、このときは34℃~35℃で皮膚温は安定しました。
2.38℃の風呂の場合
湯に入ってすぐに皮膚温は38℃になり、皮膚温と外部の温度との差はなくなります。仮説に照らしてみれば、この場合、熱さを感じないということになり、実際と一致します。
38℃の気温の場合との違いは、15分くらいすると、のぼせてしまうということです。気温の場合は6人とも50分間「暑い。暑い」と言いながら38℃の部屋に入っていましたが、38℃の風呂の場合は、みんな「ぬるい」と言いながら、15分くらいで、「頭がボーっとする」などと言って上がってしまうことです。
これは、自分では感じていませんが、気温の38℃では上がってこなかった深部温(耳の温度)が風呂の場合上がっているからです。わたしたちの体温を語るとき、自分では感じない深部温というのがあることを実際の場面で体験することができました。
3.41℃の風呂の場合
皮膚温は入って数分で体温より高い39℃になります。しかし、体の内部がそんなにも高くないので、皮膚温は外部温と一致するところまでは上がりません。そのため適当に皮膚温と外部温との差ができ、気持ち良くなります。が、周りからの熱を吸収しているため深部温が少しずつ上がってくるので、頭がボーっとした、いわゆるのぼせ状態になり、いつまでも入っていることはできません。
4.冷房の部屋の場合
わたしたちは仮説をさらに確認するために低い気温のとき、どのように皮膚温が変化していくかも調べてみました。カウンセリングルームの冷房を最大にし、室温を22℃にしました。
部屋に入った瞬間は、皮膚温より外部温の方がかなり低いため差が大きく、ずいぶん涼しく感じます。しかし、しばらくこの部屋に入っていると、寒さを感じなくなります。これは下のグラフにあるように、冷たい空気に触れている皮膚の温度が下がってきて、皮膚温と外部の温度の差が少なくなってくることが原因であると考えられます。
これで私達の今年のテーマ「気温38℃の日は暑いのに、38℃の風呂に入ると熱くないのはなぜか?」の結論を出すことができました。答えは、皮膚温と外部の温度の差で暑さ・寒さを感じるから、ということでした。これを詳しく言うと以下のようになります。
・ | 気温38℃のときは発汗により気化熱が奪われるため、皮膚の温度が下がっていく。その結果、外部の気温と皮膚温の差が大きくなり、暑く感じてしまう。 |
・ | 38℃の風呂に入ったときは、湯の熱伝導率が高いことや、水中では発汗による皮膚温低下がないことにより、すぐに皮膚温は38℃になる。これにより、皮膚温と外部の湯温との差がなくなり、熱さを感じなくなる。 |
これでわたしたちの研究は終わったわけですが、残った課題もたくさんあります。
最大のものは、「38℃の風呂に入っていると、ぬるく感じてしまう(もっと湯をわかしてほしいと思う)」ということです。これについて名古屋大学や岡崎の国立共同研究機構の先生にお伺いしたところ、次のようなお話を聞くことができました。
「わたしたちは小さいときから、風呂の温度を40℃~42℃くらいにして入っている。そうしないと、出てから湯冷めをしてしまうから。それに慣れているため、風呂に入ったときはもっと高い温度を期待してしまい、熱くも寒くもないのに、ぬるく感じてしまうのではないか」
わたしたちはこの話を聞いても、今一つしっくりきません。なんとか、数字を用いて客観的に調べたいと思います。
もう一つは、気温の場合、部屋の温度を上げていくと、31℃~32℃くらいでみんな暑いと言い始めます。人間が快適に生活できるのは20℃前後だそうです。わたしたちの体の中ではどれくらい熱が発生していて、どれくらい放熱しなければならないのか、そんなことも調べてみたいと思います。
体温と一言で言っていたものも、皮膚で知る感覚的な温度と、脳内を流れる血液の温度である深部温とがあることや、また、暑いと汗をかき皮膚温を下げて体の内部で発生する熱を放出し、寒いときは皮膚温が下がるとともに表面の血管が収縮し放熱を抑え、体温をうまく調節する仕組みなど、わたしたちは、人間のからだの複雑さに触れることができたという気がしました。わたしたちは、普段何気なく生活していますが、そのためには自然にうまく適応する仕組みが備わっている。自然の仕組みのうまさというか、巧みさに触れた想いがしました。
審査評[審査員] 金子明石
科学部の皆さん、最高の賞を手にして喜んでいることでしょう。この受賞は、皆さんの研究の進め方が従来からある多くの科学研究とちょっと違っていたことも一つの要因です。科学研究のテーマについては、どの学校の生徒さんも悩むことが多いようです。身近な問題でうっかりすると見逃してしまうようなものは注目されやすい――皆さんのテーマは、これにピッタリでした。
科学的探究は、すでにどんなことが解明されているかを文献で調べる、人に聞く、現代ではインターネットリサーチもこれに加わりました。中学生になったばかりの生徒さんにわかりやすく教えてもらえるには、大変むずかしいテーマでしたね。名古屋大学の親切な先生とのやり取りと、そこから仮説を見いだし、それを研究して実証していくことの積み重ねは見事でした。
今後このようなスタイルの科学研究も増えてくるかも知れません。これからも一層の努力をされて、力量を伸ばして下さい。
指導について刈谷市立刈谷南中学校 柴田芳之
最高気温が38℃という暑い日に、汗を流そうとシャワーを浴びたときに「38℃の空気に囲まれているときは暑いのに、なぜ、38℃のシャワーは気持ちよく感じるのか」そんな疑問から今年の研究が始まりました。問題についてみんなで考えながら仮説を立て、それを検証して次のステップへという繰り返しの連続でした。
最初、38℃の風呂に入っても暑くない理由として、首から上が出ていることに原因があるに違いないと考えていましたが、シュノーケルをくわえて湯に潜った実験でも、熱いと感じることはありませんでした。「首から上に温度を感じるセンサーがあるはずだ」と考えていた生徒はこの結果に非常に戸惑いました。しかし、大学の先生にご助言をいただいたことを元に自分たちで仮説を立て、一つ一つ追究していく中で、自分たちなりの結論を導き出すことができました。結論に到達したときの生徒の笑顔はとても印象的でした。
今後も自分たちの周りを鋭い感覚を持って見回し、日常に潜む不思議を感じ取ると共に、みんなで協力して問題に立ち向かっていく姿勢を大切にしてほしいと願っています。