心臓病の一つで年間7万人が死亡する心不全は、どのような治療法が効果を上げているのかを示す全国的なデータがないことから、厚生労働省の研究班は1万人の患者を対象に治療実績を調べる実態調査を来月から実施することになりました。研究班は来年にもデータベースを作成し、医師が治療法を選ぶ際の参考にしてもらう考えです。
心不全は心臓病の一つで、心臓の筋肉や血管、弁などが正常に働かなくなり血液を送り出す機能が低下する病気です。
高齢化に伴って患者の数は年々増え、おととしには7万1000人余りが死亡し、国内全体の患者はおよそ100万人に達すると推計されています。
日本循環器学会によりますと、心不全の治療は薬を投与して症状の悪化を防ぐのが一般的ですが、どんな症状の患者にどの薬が効いたかなど過去の治療実績をまとめた全国的なデータがないということです。
医師が治療法を選ぶ際の参考になる情報が少なく、中でも心不全のおよそ半数を占め心臓が膨らみにくくなる「拡張不全」の患者は、年齢や症状別にどの薬が最も有効かわかっていないため医師が判断に迷うケースが少なくないということです。
このため厚生労働省の研究班は、心不全で入院を経験した患者およそ1万人を対象に、どのような治療で効果が得られたのか実態調査を行うことになりました。
過去5年間に処方された薬の種類や量、投薬後の症状の変化などについて調べ、来年にもデータベース化することにしています。
研究班のメンバーで東京大学医学部附属病院の波多野将医師は「心不全の患者は今後増え続けると見られ、有効な治療法の分析を急ぎたい」と話しています。
国内の患者増加 現在100万人以上
厚生労働省などによりますと、おととし心不全が原因で死亡した人は7万1860人と、5年間で5000人余り増え、国内の患者数は現在およそ100万人に上ると推計されています。
患者は40代から増え始め、80代が最も多く、高齢化に伴って今後も増える見通しで、2030年には130万人に達すると見られています。
日本循環器学会によりますと、重症化すると根本的な治療は心臓移植の機会を待つか、人工心臓を取り付けるしかなく、多くの患者は薬によって症状の急激な悪化を防ぐ治療を受けているということです。
現状と課題
心不全は、心臓の筋肉や血液の逆流を防ぐ弁が正常に機能せず全身に血液を送り出すポンプのような動きが弱まる病気です。
症状が軽いうちは階段を上るだけで息切れしたり疲れやすくなったりする程度ですが、症状が急激に悪化すると、脳や肝臓などの重要な臓器に血液が行き渡らなくなったり、肺に血液がたまって呼吸できなくなったりして死亡するケースもあります。
日本循環器学会によりますと、一度心不全になると完治させることは難しく、心臓移植などの根本的な治療も限られ、多くの患者は薬によって急激な症状の悪化を防ぐ治療を受けています。
ところが心不全の半数を占めるとされ心臓が膨らみにくくなる「拡張不全」の場合、効果が明らかになっている薬が無く、別の種類の心不全に使われている薬が処方されることが多いということです。
しかし年齢や症状別にどの薬が最も有効かわかっていないため、医師がどの薬を投与するか判断に迷うケースもあるということです。
心不全の内科治療が専門の東京大学医学部附属病院の波多野将医師は「拡張不全は確実に治療できるという薬のデータがなく、選択が難しい。どのような患者にどの薬が効くのかガイドラインを作成し、全国の医師に周知する必要がある」と指摘しています。
患者の苦しみ
27歳のころに重度の心不全となった吉野秀人さん(51)は、これまでに急激な呼吸困難を起こして10回近く入退院を繰り返しています。
現在は10種類以上の薬を毎日服用するとともに、医師の指導で運動や食事の制限も行うことで自宅ですごせているということですが、症状は年々重くなり、心臓の負担を減らすため車いすで生活しているということです。
吉野さんは「症状が急激に悪化すると、胸が締めつけられて息を吸っても肺に入らず、だんだん意識が遠のいていく。いちばんひどいときは意識不明になって、目が覚めたら病院で集中治療を受けていた。いつまた悪化するか分からず毎日不安だ」と話しています。
10年余り前に拡張不全と診断された東京・台東区に住む70代の女性はこれまでに2度、急激な呼吸困難を起こして倒れ、救急車で搬送されました。
女性は「尋常ではない苦しさで、ごくわずかしか息ができず、頭の先からあぶら汗が次から次へと出てきて意識を失った。2度目に呼吸困難が起きたときは、もうだめかもしれないと思った」と話していました。
現在は毎日10種類以上の薬を飲み、心臓に負担がかからないよう自宅で安静に過ごしているということです。
女性が通院する東京大学医学部附属病院の波多野将医師は、女性のような拡張不全の患者には現時点で効果が明らかな薬がないため、ほかの種類の心不全の薬を患者の症状に合わせて処方しています。
波多野医師は「病気を確実によくする治療法が明らかになっておらず対応に苦慮している。世界的にも問題になっていて、有効な治療法の確立を急がなければならない」と話しています。