日本から企業や政府関係者がシリコンバレーを訪れている。電気自動車(EV)のテスラが取り組んでいる自動運転、ウーバーテクノロジーズやエアビーアンドビーのシェアリングサービス、アマゾン・ドット・コムやグーグルの人工知能(AI)を搭載したAIスピーカー。彼らと会うと、こうしたビジネスの話題で盛り上がる。しかし、あまりにも多くの経営者や有識者がこれらの製品・サービスを一度も使っていないことに驚いてしまう。
いさやま・げん 1997年東大法卒、日本興業銀行(現みずほ銀行)入行。2003年から米大手VCのDCM本社パートナー。13年8月、ベンチャー支援組織のWiL(ウィル)を設立。
スタートアップとうまく付き合い、気の利いた新規事業を起こそうと考えるのであれば、現場感覚や利用者目線での経験は極めて重要だ。世界で流行っている最新のサービスや製品がなぜ受けているのかを知り、何が利用者を熱狂させているのかを理解するには、自らもユーザーになってみる必要がある。
経営の意思決定をしている人間がユーザーの心理からもっとも遠い所にいる。それなのに将来の新規事業やスタートアップとのオープンイノベーションの取り組みの是非を問う。このことがいかに滑稽なのかは明らかだ。私自身、新しいサービスや製品を試してみることは習慣になっている。そうでなければ、他人に最新技術を語り、新規事業の支援をする資格はないと考えているからだ。
ソフトバンクグループの孫正義氏は、サウジアラビア政府などと10兆円規模の投資ファンド「ビジョン・ファンド」を立ち上げた。孫氏は今、世界で最も注目されている投資家の1人だろう。孫氏も暇さえあれば、新しいモバイルアプリやゲームで遊び、直接サービスを試してみるという。米国のハイテク企業の経営者もその多くが、スタートアップが提供するサービスのユーザーであり、ファンでもある。
ウーバーやエアビーアンドビーのシェアリングサービスは、IT(情報技術)による機能性よりも、そのサービスによって得られる体験を売りにしている。その本質はリポートを読んだり、コンサルタントの説明を聞いたりしても理解できない。
ウーバーであれば、配車システムの素晴らしさもさることながら、自分を迎えに来た運転手の愛想の良さ、車内の快適性を確保しようとする努力、移動中の会話、さらには相乗りしたビジネスパーソンとの出会いに面白さがある。これは、ウーバーが自社のサービスに運転手とユーザーが互いを評価するシステムを採り入れているからだ。この仕組みが運転手と利用者の双方に努力を促し、互いに良い体験ができるようにしている。
今後シリコンバレーを訪問する企業や政府の関係者には、ぜひ移動にはウーバーやその競合のリフトを使ってほしい。宿泊は通常のホテルではなく、エアビーアンドビーの民泊を利用してもらいたい。食事も出前サービスのドアダッシュで済ませてみてはどうだろうか。
そして、できれば会議もオフィスの会議室ではなく、街中のカフェで行い、起業家精神が生まれてくる環境とはどのようなものかを肌で感じてもらいたい。
イノベーションやスタートアップは会議室で起きているわけではない。人々が日々の暮らしを送っている社会の中で生まれている。人と人がぶつかることで、斬新なアイデアが生まれ、それを推進する雰囲気が醸し出される。シリコンバレーに来たら、ぜひその現場を見て、感じてもらいたい。
[日経産業新聞2017年10月24日付]