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科学の営みが示した放射線被曝の結論 「報告」を読み論文の数と6年の歳月の試練に耐えた重みを評価する 東洋大学教授・坂村健
正論更新《胎児影響を否定した報告書》
9月、日本学術会議から『子どもの放射線被ばくの影響と今後の課題』という報告書が出された。重要なポイントは「子どもの」と題名にあるように、特に不安の多い次世代への影響について焦点を絞っている点だ。
福島での影響について今まで明確な結論が出ていなかったのは、低い被曝(ひばく)量での人体への影響が他の環境要因に隠れてしまうほど「小さい」からなのだが、それを伝えることは意外と難しい。
「小さすぎて分からない」ことを「何が起こるか分からない」と言い換え、「影響がないことを証明しろ」と「悪魔の証明」を求め続ける人々がいる。
結局、愚直にデータを積み重ねるしかない。つまり時間が必要ということだ。この「報告」はまさに事故後6年の科学の営みの蓄積から出た、現時点の「結論」である。「胎児影響に関しては、上記のような実証的結果を得て、科学的には決着がついたと認識されている」とまで踏み込んでいる。
しかし同じ学術会議から、少し遅れて出た『我が国の原子力発電のあり方について』という「提言」は、先のような知見に対し「健康被害が認められるレベルではないという見解の信頼性を問う専門家もいる」と、だいぶ腰が引けた記述になっている。
《無理に健康被害を言う「提言」》
実は、先の「報告」を出したのは「臨床医学委員会-放射線防護・リスクマネジメント分科会」、後の「提言」を出したのは「原子力利用の将来像についての検討委員会-原子力発電の将来検討分科会」だ。メンバーも完全に異なる。後者は法学、文学、経営学、宗教学などの文系が半分程度を占め、目的も社会的影響の側面から原子力政策に提言すること。健康被害が主題の「報告」とは検討の度合いもだいぶ違っている。
同じ日本学術会議から出た裏腹な「報告」と「提言」を読み比べた人が、『日本学術会議の「合意」を読みとく』という題で、ネットで報告している。そのまとめをした服部美咲さんが指摘しているが、論文の観点から見た場合、この2つの引用文献の「数と質」には大きな違いがある。
「報告」の引用文献は84件。しかも質の高い学会の査読を通ったものや、それらをベースにした国連科学委員会の白書などである。チェルノブイリ原発事故より被曝線量がはるかに低いという複数の論文や、現地調査をもとに「死産、早産、低出生時体重及び先天性異常の発生率に事故の影響が見られない」とする複数の論文。「福島の子どもに発見された甲状腺がんが、原発事故に伴う放射線被曝によるものとは考えにくい」とする複数の論文等々だ。