「1万円札の価値が、どう変わってきたのか調べてくれないか?」
デスクから、こんな質問を受けたのは今年夏のこと。突拍子もない質問に戸惑いながらも、あれこれ調べてみたら日本銀行のサイトにヒントがあった。それは消費者物価指数や企業物価指数をモノサシにして1万円の価値を測るというものだ。例えば52年前、昭和40年(1965年)の1万円の価値を消費者物価指数を使って今の価値に計算し直すと、約4万1000円になる。
では20年前はどうか。消費者物価指数から計算すると1万200円ほどで、今とほとんど変わらない。だが国税庁の民間給与実態調査をみると、会社員の平均給与はこの20年間で460万円(1996年)から421万円(2016年)に約1割も減っている。物価をもとにした価値はあまり変わらないが、平均給与が減った分だけ1万円札の重みは増した、とも言えそうだ。
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その1万円を自由に使えるとしたら、人は何を買うのだろうか。街頭で使い道をたずねると、ちょっと豪華な食事など「プチぜいたく」に使うと話す人がいる一方で、「1万円ではもの足りない」との声もあった。自分だったらどうするか。1万円でもっと面白く、もっと有意義な経験ができないか、探してみた。
■「あの人」の時間を小口買い
真っ先にひかれたのが、有名人の時間を買えるネット上のサービスだ。
「タイムバンク」では、著名人や専門家の時間を10秒単位で買い会話を楽しめる。時間が欲しい人が多くなると価格は上がるし、逆に人気が集中していない人は料金も手ごろだ。10月下旬時点で、人気ブロガーのはあちゅう氏や、五輪に出場した元陸上選手の為末大氏などが登録している。
サイトには1秒あたりの料金が表示されている。最高値はLINE上級執行役員の田端信太郎氏で、なんと1秒あたり約220円。単純計算すると45秒で1万円がなくなってしまう。田端氏はリクルートやライブドアを経てLINEに転職。豊富な経験を生かし、SNS上で積極的に意見を発信。実際に時間を購入する際は30分からとなる。
私が気になったのは、プロバスケットボール選手の岡田優介氏。公認会計士であり、3人制プロバスケットボールチームの経営者でもある。大学時代に体育会でバスケに打ち込んだ経験があるので、プロ選手はあこがれの存在だ。ビジネス感覚にも優れた岡田氏がどんなことを考えているのか、とても関心がある。
岡田氏の時間単価は1秒50円弱(10月下旬時点)で、会話はビデオチャット限定だ。1万円だと3分余りとなる計算だが、最低購入時間は20分からと決められている。20分話すと料金は6万円弱。さすがに予算オーバーだ。
10月25日に取引が始まったチョコレートの専門家、「チョコレート君」氏は1秒あたり8.6円で初日の取引を終えた。20分のビデオチャットなら、1万円余りで利用できる計算だ。チョコレートに関する商品企画などの相談に乗ってもらえる。ただ25日に一時1秒12円まで上昇する局面もあった。料金は刻々と変わる場合もあるので注意が必要だ。
タイムバンクを運営するメタップス(東京・新宿)の佐藤航陽社長は「わずかな時間でも、普段会えない人から直接言葉をもらう体験は何ものにも代えられない」と語る。確かにそうかもしれない。
■身銭を切って人助け
自分のためだけではなく、誰かのために1万円が役立ったらいいな、とも思う。次に訪れたのは、投資仲介サイト「セキュリテ」。熊本地震で被災した酒蔵や、下請けからの脱却を図ろうとしている自動車ランプメーカーなど、サイトには50件を超える出資案件がズラリと並ぶ。出資額は案件によってまちまちだが、1口1万円から5万円が中心だ。出資先の事業が軌道にのった場合は、出資金に利益を上乗せして償還されるというから、この点も魅力だ。
若年層の出資が多いのは、熊本地震で被害を受けた阿蘇プラザホテルを支援するファンド。最低投資額は1口1万800円で、うち5000円は償還されない寄付になる。ただしこのプロジェクトは、単なる復旧支援にとどまらない。特別室のリノベーションを手掛けるのは、世界的なデザイナーとして知られる佐藤オオキ氏が率いるデザインオフィスnendoだ。2018年3月末までに3800万円を集める目標を掲げ、スタイリッシュなホテルへと変身しようとしている。
身銭を切ると、これまで関係がなかった出来事も自分の事として感じられるようになる。社会に参加し、何かとつながる喜びが得られることも魅力のようだ。セキュリテを運営するミュージックセキュリティーズの小松真実社長も「社会問題を解決するための投資ができる」と話していた。
海外派には、厳しい環境に置かれた女の子を中心にした支援を、プラン・インターナショナル・ジャパンが月額1口1000円から受け付けている。10口で月1万円あると、シリア難民の子ども1人に学費や学用品を賄い、半年間の補習を受講できるという。16年度は延べ6万人弱が継続的に寄付した。集まった27億7023万円でインドの女の子492人に奨学金を支給したり、ウガンダの女性100人に職業支援などを実施したりした。
支援する子どもに手紙を書く人も多いそうだ。プラン・インターナショナル・ジャパンの大谷美保さんは「飲み会より誰かの役に立つ方が充足感が得られると思っている人は、私たちが考えていたよりも多かった」という。
■レンタルオフィスで仕事を効率化
最後に1万円を少しオーバーするものの、仕事がはかどりそうなサービスも見つけた。レンタルオフィス世界最大手の日本法人、日本リージャスの共有ラウンジサービスだ。世界で約3000カ所、国内は116カ所の共有ラウンジを利用できる。
東京・丸の内や新宿、大阪・梅田駅前などビジネス街や県庁所在地にある共有オフィスを仕事場として自由に使える。特に都心部に多く、都内では丸の内や大手町はもちろん、新宿、渋谷、赤坂などに複数のオフィスがある。料金は月額1万5900円だ。
日中は取材先をまわり、空いた時間はコーヒーを買って喫茶店で仕事をしている。隙間時間を活用するため、一日に2回喫茶店に行くことも多い。コーヒー代が節約でき、なおかつ仕事がはかどって早く帰れるようになれば、この値段は決して高くはないと思った。
日本リージャスによると、客先を飛び回る営業マンや、オフィスを持たないフリーランスの人が仕事に使う例が多いという。
1万円はちょっと大きいが、出せないほどではない金額だ。パーッと使うのも一興だが、使い道を振り返って、自分と社会にとってどんな価値があるのかを考えながら使うのも悪くはないなと感じた。
(山田彩未)
「+(タス)ヴェリ」は週刊投資金融情報紙「日経ヴェリタス」編集部による連載コーナーです。タスヴェリはNIKKEI STYLEでだけ読めるスペシャル企画で、ミレニアル世代と呼ばれる20~30代の価値観やライフスタイルを、同年代の記者が取材し幅広くご紹介します。更新は不定期です。
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