浅草花街に灯ともる、「芸者ローン」で地域密着-第一勧信の街おこし
- 「メガバンクと違う使命ある」とみずほ出身の新田理事長
- 規模を求めず統合に背、厳しい生き残り競争の中で業績伸ばす
浅草の路地を入り、表通りのにぎわいから少し離れた場所にその店はある。半間ほどの小さな入り口をくぐると、黒竹をあしらった落ち着いた内装が目に留まる。現役の芸者で乃り江さんこと鹿島菊乃さん(41)が、夕食後の2次会タイムに「気軽に芸者に会えるお店を」と2年前にオープンした。第一勧業信用組合(本店・新宿区)の提供する芸者ローンで開業にこぎ着けた鹿島さんは「融資がなければ何も始まらなかった」と振り返る。
鹿島さんは曽祖母、祖母も浅草芸者という家に生まれた。艶っぽい着物姿に似合わず、その素顔は国際派。明治大学卒で台湾大学に留学経験もあり、英語と中国語を自在に操る。人生設計も明確で、早くから40歳までに自分の店を持ちたいという目標があった。しかし、開店資金の融資を受けようと大手行など5、6カ所を回ったところ、反応が冷たい。事業計画書を見た途端、「うちでは無理ですね」と突き返された。
「芸者衆はこんなに信用がないのかと驚いた」。鹿島さんによると、芸者はスポーツ選手や芸能人などと同じ個人事業主として、けがや病気で収入が激減する恐れのある不安定な職種とみなされる。ましてや、新規融資に当たっては3期分の決算書や担保、保証人などで信用を補完できなければ門前払いが普通だ。途方に暮れていた時、1500万円の無保証融資で手を差し伸べたのが第一勧信だった。
第一勧信にも資金提供する理由があった。少子高齢化が進み国内市場の拡大が見込めない中で、金融機関、特に営業区域の限られる信金・信組の生き残る道は厳しい。徹底して地域と向き合い、街おこしを担っていくことで道を開いていこうという考え方だ。
「株式を上場しているメガバンクは利益を追求する必要があり、断るのは当たり前。僕らは利益以上に将来の街の姿を考える使命があるから、今回の話は断る訳がない」。みずほ銀行常務から転じた同信組の新田信行理事長(61)は、銀行と信用組合を金融機関だからとひとくくりにするのは大きな誤解だと説く。融資の決め手となったのは、同信組と付き合いの長い東京・神楽坂の料亭主人からの鹿島さんの人柄に対する「お墨付き」だったという。
飛び込み営業禁止
誰にでも門戸を開く銀行と違い、非営利組織の信組と付き合うには、原則として出資して組合員になる必要がある。新田氏は「ウチは飛び込み営業禁止、新規は100パーセント口コミです」と明かす。組合員が仲間に迎えたいと推薦する相手に「お金にだらしない人はいない」という理屈だ。「芸者さんが相談に来るのは40歳前後から。それまでに地域に溶け込み、素性や人柄を皆が把握している」と新田氏。芸者ローンをはじめ商店街、銀座のバーローンなど310種類、330件のコミュニティーローンを抱えるが、延滞はほとんどないという。
信金・信組を取り巻く環境は厳しく、金融庁は合併統合を含めた抜本的な経営改革を迫る。全国信用協同組合連合会の資料によると、経営基盤強化のため9月末現在で7信組が公的資金を導入。今年9月末には甲子信用組合(本店・千代田区)が主力の住宅ローンが低迷した上、今後の事業好転も見込めないと自主解散した。
しかし、新田氏は「合併は嫌い。むしろ分けたいくらいだ」と意に介さない。「合併した途端に人が見えなくなるのが怖い」という。「合併相手の信組から来た上司を、担当者が鹿島さんは信用できると言葉で説得するのは難しい。共通言語が数字だけになってしまうんです」。大きくなってメガバンクの後を追うのではなく、トップが全てを知っている規模にとどまり、人のつながりに与信をするのが協同組織の生きる道だと信じる。
新田氏の言葉を裏付けるように、業績も伸びている。2013年6月の理事長就任以来、貸出残高は10%増の約2400億円となった。同組合の預貸率は76%と全信組平均(53%)を大きく上回る。直近の貸出約定平均金利は2.2%と国内銀行平均(0.7%)の3倍。2年前に新設した創業支援ローン実績はすでに240件を超えた。「創業者や零細事業者は銀行融資を得られず金利5%以上払ってノンバンクで借りることも多い。2、3%で貸せれば需要は山ほどある」。
浅草の夜は早く、夕方6時ともなると目抜き通りの店は次々とシャッターを下ろし始める。夜が更けても、鹿島さんの店からは明かりと笑い声が漏れる。新田氏の夢は一定の経験を積んだ「芸者衆皆にお店を持たせる」ことだ。京都・祇園に東京の花街が負けているものといえば、夜のにぎわいだと思っているからだ。