おしゃれじゃないけれど、いつだって受け入れてくれる気がした。小さな「富士見台」

著: みやけ 


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池袋から電車で15分ほどの「富士見台」は、西武鉄道池袋線の小さな駅だ。急行は止まらない。

ふじみ◯◯という地名は日本にあふれていて、「ふじみ野」「富士見町」、国立市にも「富士見台」がある。だから、「富士見台に住んでいました」といっても、一瞬で分かってくれる人はなかなか少ない。

この富士見台は練馬区と中野区の境目にある。南口からまっすぐに進めばすぐに、境目の一本道がずっと続いていることが分かる。富士見台駅自体は、練馬区に属している。

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←練馬区 中野区→
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←練馬区 中野区→

山形で18年間、埼玉で4年間暮らして、その次の引越し先がここだった。ちょうど大学を卒業して、新卒入社をするタイミングである。

アクセスの良さが異常

「西武池袋線の駅」とだけ聞くと、池袋から所沢・飯能までの路線を想像する人が多いだろう。
実はこの富士見台から渋谷、元町・中華街まで一本、有楽町、新木場までも一本で行くことができる。というのも、練馬駅-新桜台-小竹向原駅のたった3駅の間に「西武有楽町線」という路線が存在するからである。このおかげで有楽町線直通・副都心線(東急東横線)直通の電車が発生し、主要駅へとつながる。10分程度の間隔でそれぞれの電車がホームに来るので、大体30分に一度は目的地まで乗り換えなしで行ける電車が来る。どれも池袋までは行くけれど、料金も改札も異なるので最初は少し混乱するかもしれない。

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有楽町線・副都心線・東急東横線につながる
ちなみに地下鉄で通る小竹向原〜千川間の電波がつながらない問題はあるあるだったのだが、なんと2017年の8月につながる様になったらしい。

さまざまな要素から選んだのが富士見台だった

東京メトロ・西武鉄道のどちらのハブともなる小竹向原駅という駅はとても優秀で、通勤急行に乗れば20分弱で渋谷に着いてしまう。だけど、そのせいで家賃は高めだし、意外と駅周辺は栄えていない。大江戸線の通る練馬駅も同じ理由で高めだけど、練馬からさらに西側の駅となると、家賃相場はぐっと下がる。

・勤務地(渋谷)まで一本
・7万5000円以内
・駅徒歩5分以内
・独立洗面台付き
・二口コンロ
・築20年以内

私が一人暮らしで希望した最低条件はこれだった。最低どころか、理想を求めすぎじゃないか。そう自分でも思うけれど、実際に私は埼玉で、この条件を全て満たし、新しさも広さも十分すぎるほどの物件で5万円以下で暮らしていたのだ。

乗り換えで10分早く着くよりも、各駅でゆっくり一本で行けるほうが好き。

なんで? と言う人も居るし、納得してくれる人も居る。時間よりも、満員電車と乗り換えとで消費する体力のほうが惜しい。

新卒同期が一人暮らしをしている場所は「三軒茶屋」「代々木上原」「中野」と、田園都市線沿いや中央線沿いが圧倒的に多かった。だけど家賃がどれも8万円以上はするし、家賃補助も出ないことを考えると私にとってはハードルが高すぎる。埼玉と東京の激しい家賃の差にも絶望していた。

というわけで、選んだのは富士見台のワンルームだった。家賃は7万3000円。駅からは徒歩2分で、セキュリティもしっかりしているデザイナーズマンション。今まで、キッチンと寝床が同じ間取りにある部屋には住んだことがなかったので多少はためらったけれど、住んでみるとなんてことはなかった。

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専有面積23㎡。ベランダがやけに広い
部屋はとてもスタイリッシュだった。打ち放しの壁、広いベランダ、そして謎にガラス張りの浴室。気分は高揚していた。

「ここで、おしゃれに暮らしたい」

だけど、そんな思いは最初の1カ月で消え失せた。このスタイリッシュな空間から、見事に生活感満載の部屋が完成した。
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家電は全部無印、調理器具も無印の収納ケースにぶち込んだ

とにかく無印。ベッドも調味料入れも衣装ケースも無印でそろえていれば何でもおしゃれにまとまる。そんなのは幻想だった。理想的な部屋をつくるには、最初から目的をもってアレンジしなければいけないことに気がついた。こんなに無印を生活感もって使用できているのって、ひょっとして私だけなのでは? なんて思ったりもした。

というかこの部屋、本当に収納場所がない。次の部屋は収納も重視せねば。とひとつ学んだところで、この部屋でおしゃれに暮らすことができるのは、料理もせず荷物も少ない人だけだと自分を納得させて、諦めた。

富士見台だけで生きられる

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仕事から帰って寝るだけの生活なので、広さは十分だった。土日もずっとベッドの上で過ごした。いつの間にか自炊の頻度も減って、つくるとしたら冷凍うどんをゆでてサバ缶と納豆と薬味を入れてぐちゃぐちゃに混ぜる簡易納豆ひっぱり(気持ち悪いと思うかもしれないけど、山形のおいしい郷土料理です)。あれだけ強かった二口コンロへのこだわりは、一体なんだったんだろう?

自炊から離れた生活でも暮らしていけたのは、富士見台駅前の充実すぎるラインナップだった。ここはぜひ多くの人に知ってほしいポイントである。

南口を出たら一度周りを見渡してみて

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【右】富士そば、ダイソー、日高屋、まいばすけっと、みずほ銀行、ミスド
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【左】マツキヨ、松屋、セブン、ドトール、書店

……どうだろうか? 視界に入る安定のチェーン店。私はこの場所に立った瞬間に「ここに住もう」と確信したくらい、衝撃的だった。何より近くに百均があるというのが地味にうれしい。コンビニの好みは分かれるが、ファミリーマートは北口側に、ローソンも西と南に2つあるので安心してほしい。ちなみに、ドトールになる前はモリバコーヒーだった。好きだったんだけどなぁ。

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ひとつめの商店街「ふじみ銀座」

平日の夜は仕事の嫌な思い出ばかりだ

私は全く仕事ができなかった。

IT系のベンチャー企業なので、いわゆる"キラキラ女子"みたいな人たちがたくさん居た。そんな人たちを斜に構えて見ていたはずなのに、実際には彼らのほうが、私よりもずっとずっと仕事ができた。私はとても恥ずかしくて、それでも、今までなんとなくうまく生きてきたという謎の自信は頑固で、「でも」とか「どうせ」とか、そんな言葉ばかりが巡った。日々脳内で誰かを殺す私は見た目もブスだった。

美人でおしゃれで、三軒茶屋に住んでいる自己主張の強いあの子になりたかった。

営業なのに、自分の給料分も売り上げることができない。ネットで調べて新規営業先のリストをつくり、電話してアポを取って提案して撃沈するの繰り返し。毎日、怒られてるわけでもないのに泣いた。結局なんの結果も残せなくて、半年で営業から外れた。その次の業務はひたすらクレームを聞くデスクワークだったけど、性に合っていたように思う。裁量労働制という名の罠にはまり、残業代は出なくなって、新卒1年目にして給料は減ったけれど。

24時間営業の安心感

夜、富士見台に帰り改札を出ると、毎回夜遅くまでミーティングをしている美容室。駅を出て目に入るのはいつだって稼働しているチェーン店……馬鹿かと思うかもしれないけど、この駅前の風景が私の救いだった。帰ってきた感じがした。中の人のことを考えると24時間営業って本当につらいのだろうけど、すごく恩恵を受けてました。ありがとう。

松屋ではキムカル丼と豚汁、セブンイレブンでは納豆巻きと豚汁とからあげ棒。コンビニのホットスナックって予想よりもおいしくはないんだけど、つい買ってしまうのは何でだろう。初めて一人で日高屋に行ったのも富士見台。金曜日の夜は、とんこつラーメンとビールをセットで頼んで翌日よくお腹を壊していた。

夜中に気持ち悪くなるくらい食べて、そのまま化粧も落とさず寝る。朝起きて急いでシャワーを浴びてすっぴんで電車に駆け込んで、副都心線のホームを上がったところのトイレで化粧して出勤した。そんな毎日だった。

富士見台のおいしいお店

「富士見台に住んでます」と言うと、一部の人たちからは「あぁ、あの焼肉の」という答えが返ってくる。

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「富士見台といえば、牛蔵」はある

この焼肉屋さんでは、A5ランクの黒毛和牛を格安で食べることができる。予約枠は1カ月前に埋まり、残りの座席は当日の朝から並んでその日の夜の予約をとるというシステム。
富士見台に住んでいると、この「当日予約」のハードルが一気に下がる。だって最寄駅だから。さらに、運が良ければ夜にふらっと行けばそのまま入ることができる。1回転目、2回転目……と、約2時間制で予約客を振り分けるため、前の客がスムーズにさばければ空き枠が出ることがあるのだ。このお店に関してはたくさんネットで紹介されているので、ぜひ見てみてほしい。

得られる特権がもうひとつ。牛蔵には売店があって、揚げ物やお総菜を気軽に買うことができる。開店は11時〜14時、16時〜20時で、日曜定休。

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13時半ごろに行ったら揚げ物が半額だった
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ここのメンチカツは、本当においしい。サクサクの衣、しつこすぎない脂、何よりも牛肉の味がしっかり濃い。この、手のひらサイズのメンチカツひとつに幸せがぎっしり詰まっている。個人的には、吉祥寺のあの店よりもさっぱりとして食べ応えがあって、好きだ。ほかのメニューもハズレなしなので、この売店だけでも立ち寄ってみてほしい。

もうひとつの商店街へ

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駅から西側にすすむと、「ほんちょう通り商店街」というもうひとつの商店街がある。ここら辺は、なぜだか薬局が多い。まっすぐ行くと隣駅の練馬高野台駅へとつながる。駅前のふじみ銀座よりも道路が広くゆったりとした雰囲気で、私の感覚なのだけど、こちらの商店街のほうが歩いていて懐かしさを感じる。

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進むと左に、大きな青果店がある。元気の良い店主が出迎えてくれる。品ぞろえが豊富で、山形県民が大好きな食用菊なんかも売っているのだ。
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向かいのインド料理店の店主と談笑している。お得意さんのようだ

思わず泣きたくなるうどん

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青果店のすぐ隣にあるのが、昭和44年から続く「吉見うどん」というお店。老夫婦でやっている手打ちうどん屋さんで、二人の掛け合いも見どころのひとつ。

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吉見うどん 520円
代表メニュー。小松菜・油揚げ・ネギ・えのき・しいたけ・かつおぶしとうどんが一緒に煮込んである。ここのうどんは「お母さんがつくったうどんの超おいしいやつ」感がすごい。突き詰められたおふくろの味とでもいうのかな。とにかく、懐かしくて泣きそうになる味なんだ。
あっさりとしたしょうゆスープ、さっと煮ただけの野菜のしゃきしゃき感、弾力のありすぎない手打ちうどん。いつになっても飽きない味。

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親子南蛮 840円
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親子南蛮は、鶏むね肉とネギを卵でとじたものが上にのっかっている。吉見うどんよりも味が濃いので、あえて鶏もも肉ではなく鶏むね肉、というのが良いのだ。太めの手打ちうどんは食べていくうちにスープの味が染みてきて、また違ったおいしさになる。

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麺がなくなるとすぐ切って、すぐゆでる
「今日が一番おいしかった!」を毎回言うので、来る度においしさはアップデートされている。喧嘩するのかなとハラハラするけれど、実はすごく仲の良い夫婦の掛け合いも、麺がなくなると駆け足で生地を切り、急いでそのままゆでるという一連の動作も何ひとつ変わってないのに。だからきっとうどんのおいしさも変わっていない。
どうしてかは分からなかったけれど、この吉見うどんも、私にとっての「おふくろの味」になったのかなと思った。安くて量も多くて、おすすめ。

富士見台を引越したとき

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富士見台で一番娯楽が詰まっているビル

のちに結婚をする人と付き合い始めた。

彼が実家暮らしだったのと、職場からの距離の問題と、いろいろあって必然的に私の家に居ることが増えた。自炊も再開するようになったし、毎日が楽しくなった。どうしようもない愚痴も適当に聞いてくれるような人だったから、精神的にも安定した。

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リキュールショップだが、トマト缶以外買ったことがない

そんな暮らしのなかで、致命的な問題が起きた。トイレ問題だ。私が住んでいた部屋は浴室がガラス張りで、トイレと風呂が丸見えなのはもちろん、部屋からトイレへとつながるドアが鍵もないただの引き戸だったのだ。打ち放しの壁は隣人に対する防音はできたが、部屋の中の防音など考えられてはいなかった。ワンルームだから、まあ当然である。

だから、大きいほうをするときには、部屋では大音量でサンボマスターを流しつつ、彼にベランダに出てもらっていた。今考えるとひどい話である。しかしそんな状況だと出るものも出ず、お腹が弱い私にとって、当時はすごい悩みだった。

そんなわけで、シングルベッドで2人で寝るのもしんどいし、結婚を前提に同棲をしようかということになって、お互いの仕事場を考慮した上でより都心に近い場所へと引越すことになった。

久しぶりの富士見台でした

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練馬区← →中野区

今回は、同棲のために引越して以来の富士見台だった。

富士見台を離れてから、私の人生は大分変化した。当時の彼氏と結婚して、転職もして、そして早くも会社を辞めた。まさかこんなに早く結婚するとも思ってなかったし、フリーランスで文章とイラストをつくるなんてまだまだ先のことだと思っていた。人生って驚きだ。

都内で普通に暮らしていたら、富士見台に行くことなんてそうそうないと思う。あえて行くところではないけれど、そういう方が、住むところにはちょうど良い。

世田谷区とか目黒区に憧れた新卒の私は、この富士見台という土地で過ごせて良かったと思う。決しておしゃれではないけれど、どんな状態の私でも受け入れてくれそうな空気がある。店がある。

富士見台で3LDKを探す日も近いのかもしれない、と期待している。

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また来ます

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著者:みやけ

みやけ

92年生まれのライター&イラストレーター。外ご飯も家ご飯も好きです。西武線に何かと縁がある。

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