ソトブログ

映画と本、自然観察(あるいは30代後半、2児の父の日常)

ソトブログ

映画レビューの(私の)書き方。

 

ブログ開設から約3ヶ月たって、約半数が映画レビューや映画関連の記事になるとは、思いつきで始めた当初はあまり想像していなかったのですが、日常的にしていることといえば映画を観ることくらいなので、当然の結果ではあります。

 

それで当ブログでは、“運営報告”のようなものもしていませんし、あまり裏話的なことは書いていないのですが、映画レビューをいくつか書いていると色々と考えることもあり、自分のアタマのなかを整理する意味でも、読んでいただいている方に、「どういうつもりで書いていて、どういうふうに読んでもらいたいのか」ということがいくらかでも伝われば――という思いもあって、当サイトにおける映画レビューの書き方=方針みたいなもの、を書いてみたいと思います。(他の人がどう書いているのかも、読んでみたいです)

 

あまり細かく調べず、洞察をたよりに。

 私が書き手として私淑しているコラムニスト、ブルボン小林さんがモットーとしてよく言われていたことに「なるべく取材せず、洞察をたよりに」という言葉があります。

 

映画について私は、ただ「ここ数年よく観ている」というだけで、専門的な知識も、オタク的な教養も持ち合わせていません。また、私もよく読んでいる映画ファンのブログのなかには、「よくこんなところまで!」というくらい、細かいデータや、インタビューなどの関連記事を紹介されているところもありますが、私にはそれをするほどの時間も、映画に関する情報リテラシーもありません。 

 

dayslikemosaic.hateblo.jp

DaysLikeMosaicさんのサイト。キャスト紹介やスタッフのインタビューの引用、撮影地のグーグルマップ紹介などの詳細な情報と、緻密で論理的な解説が素晴らしいです。

 

そこで、耳目に入ってくる情報やレビューを無理にシャットアウトすることはしませんが、できるだけ、自分自身が感じたことを、率直に書くようにしています。私自身がこれまで観ていなかったために、過去の名作・佳作・話題作を「今さら」というタイミングで書くこともよくありますが、それでも、その作品の(既に固まった)評価、というものも、とりあえずは脇に置いておいて、思ったことを書くのです。

 

批評しない/「つまらない」というレビューは書かない。

しかしそれは実際にはとても難しいことで、コンテンツ消費の時代にあって、人は「感想」を書いているつもりでも、批評、レビューをし、批評的にモノを見て(しまって)いるものです。しかも「自分の思ったこと」を書いているはずなのに、借りてきた言葉や知識に頼っている、ということもしばしば。しかし映画評論には、素晴らしいプロパーの書き手の方々がいらっしゃいます。ただ一度や二度観たくらいの、私のような素人レビュアーが、そうしたレベルの文章が書けるはずもない。そう思っています。

 

観ていて端的につまらなかった、自分には合わなかった。という作品もままあります。しかしそういうものについては、私は書かないようにしています。前述したように、私にはそれらの作品を断じてしまえるだけの知識がないということもありますが、批判的に観る、ということをし過ぎるのは、端的にそういうふうに書かれた文章の多くがつまらない、ということ以上に、観客、受け手として、狭い見方になってしまいます。ひいては、映画や、フィクションの本当の面白さを感じることができない。

 

「自分にとって面白ければいい」「自分にわかることだけわかればいい」――そういう見方もあるでしょう。しかしそれでは、見方が広がらないし、「予期せぬ出会い」から自分を遠ざけてしまいます。あわよくば、想像もしていなかった方向から、思いも寄らぬ作品に出会い、自分の考えを揺さぶられたい! どうせ映画やフィクションに触れるなら。私はいつもそう考えています。

 

自分の関心や連想に従って、関連するものに触れる。

――これは少し邪道かもしれません。例えば私が『ダンケルク』のレビューで田中小実昌の小説に触れたことは、それが戦争小説であるという薄いつながりはありますが、私自身の極めて個人的な読書体験、映画体験による関心であって、一般性はありません。

 

sotoblog.hatenablog.com

 

真っ当な映画批評においては、その作品や作り手のバックグラウンドや、作品内に現れた引用、影響関係などを探ってその作品自体や、関連する諸作品について語られ、あるいは画面上で起きていること、描かれていることに依拠して作品が論じられます。

 

しかし私がしたいのは批評、評論ではなくて、「私自身が考えたことを、言葉にする」ということです。私自身の生活や生き方に、どう響いたのか、考えてみたい。他の人が書いたものも、できればそういうものを、たくさん読みたいと思っています。

 

他にも上述したことと矛盾するようですが、「行き過ぎた“こじつけ”をしない」「過度な意味付けをしない」など、念頭には色々あるのですが、そういうふうに書けているかは、あまり自信がありません。 これからもあまり気負わず、面白いものもそれなりのものも、たくさん観て、色々なことを考えることができればいいな――そう、書くことよりも、「面白く観れる」ことが一番大切。と思っています。

 

【過去の映画レビューから】

sotoblog.hatenablog.com

 今回書いたような意味で、自分では気に入っている記事。“触発されて連想が広がる”映画は、いい映画だな、と思います。

 

sotoblog.hatenablog.com

 イーストウッドとはいえ、昔なら観なかったメロドラマ。自分ではやらないことだけど、こういう“生きる歓び”に気づかされる映画というマジック。

 

【フィクションを享受するうえでの私の教科書】

マンガホニャララ (文春文庫)

マンガホニャララ (文春文庫)

 

 ブルボン小林さんのライフワークのひとつ、マンガ評論集。視点や読み込みが鋭く、こんなふうに読めて、書けたら愉しいだろうな。と思います。

 

小説の自由 (中公文庫)

小説の自由 (中公文庫)

 

 小説家、保坂和志さんによる小説論。さらに『小説の誕生』『小説、世界の奏でる音楽』と続く計3冊で、ただ「読む」という行為の奥深さ面白さ、難しさを教えられたように思います。