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「数学者→専業主婦→AI研究者」。私が研究で伝えたい“違和感”
日立製作所 | NewsPicks Brand Design
2017/10/23
ビジネスの現場でAIの導入を模索する動きが活発化している中、このような状況に警鐘を鳴らす1人の研究者がいる。国立情報学研究所の新井紀子教授だ。「ロボットは東大に入れるか」をテーマに約5年の研究を進め、2016年にプロジェクトの一時凍結を決めた通称「東ロボプロジェクト」のリーダーである。
AIの研究者と聞くと、学生時代からコンピューティングの専門家をひた走ってきたとイメージする人が多いはず。しかし、新井教授の専門は数学であり、一時は結婚・出産を機に専業主婦の道を歩み、その後、研究職の道に復帰したという異色の経歴を持つ。
他のAI研究者にはないユニークなキャリアを誇る新井教授がAIに対する昨今の風潮や「東ロボプロジェクト」に秘められた思い、研究者としてなすべきことを語った。
AIの研究者と聞くと、学生時代からコンピューティングの専門家をひた走ってきたとイメージする人が多いはず。しかし、新井教授の専門は数学であり、一時は結婚・出産を機に専業主婦の道を歩み、その後、研究職の道に復帰したという異色の経歴を持つ。
他のAI研究者にはないユニークなキャリアを誇る新井教授がAIに対する昨今の風潮や「東ロボプロジェクト」に秘められた思い、研究者としてなすべきことを語った。
世の中の「違和感」を解消したくて研究者に
私の専門分野は数学ですが、数学が好きだったから今の道に進んだわけではありません。幼い頃から「社会」に関心があると同時に、世の中で「当たり前」だと論じられていることの根拠を自分で確かめないと気が済まないタイプで、それを確かめるために数学は有効だったのです。
たとえば、経済指標として頻繁に登場する「需要」。一体どういった調べ方をして、どのような過程を経て出てきたデータなのか。ニュースや学校で当たり前だと説明を受け、まわりの多くの人がそのまま納得し流してしまうことに、私は「なぜ?」と異を唱えていました。
ですから、大学では社会科学を専攻しました。私がそれまで感じていた違和感を、解決できると思ったんです。でも、違いました。私の疑問を解決してくれるのは数学だったんです。
論文や専門書を読んだことがある人であればご存じだと思いますが、世の中の多くの事象は人文的な分野を除き、数学の公式で論じられていたり、解を導いたりしています。
ただ、その公式を論者が本当に理解しているかどうか。私にはどうしても、その部分が中途半端だと感じてしまって。公式よりも前、数学の枠組み自体まで理解することが、本当の問題解決になるのでは、と考えるようになっていきました。それでキャリアチェンジし、数学の中でも根幹の数学基礎論を学ぶようになります。
つまり私の研究テーマは、世の中にある疑問や社会が抱える問題を、数学からのアプローチで解決していくこと。この想いは、研究者として歩み出してから今日まで、一貫しています。
世間が期待するほどAIは万能ではない
AIも私にとっては違和感の一つでした。2010年ごろからディープラーニングが脚光を浴び、AIを使えば世の中の多くの問題が解決できるような風潮になりましたよね。
ハードウェアが進化し、クラウドで大量のデータを扱えるようになった。処理するソフトウェアも進化した。だからAIも進化し、エネルギー問題や食糧問題、ひいては高齢化社会など世の中が抱える社会課題を全部解決します、みたいな。そしていずれは人類の知能を抜き、私たちはコンピューターに支配される。シンギュラリティや現在の仕事を失うことを本気で論じる人が目立つようになりました。
これは違和感ではなく数学者としての意見ですが、「そんな時代は来ない」と断言します。AIの仕組みを正しく理解していない人の幻想に過ぎません。
AIは、これまで蓄えたデータの解析が得意であるだけに過ぎないからです。データの規格が今日からがらりと変わったら、AIは一からデータの照合をやり直さなければならない。
たとえば犬の写真があったとします。写真のサイズやそのほかデジタル的なデータの変更があっても、人であれば画像を見たら即座に犬だと理解できます。でも、AIはできない。同じ規格の過去データがないからです。
もう1つ、従来のデータを解析することしかしませんから、新しいルールを加えたら、それも理解できない。一からやり直し。それは人間の目や学習の仕組みとはまるで違います。
AIがプロの棋士に勝ったことが騒がれていますが、あれも現在のルールでの話。将棋に新しいルールを加えたら、AIが人間に勝つことはしばらくできないでしょう。
ところが、世の中は真逆の風潮で、多くの人がAIに過度な期待を寄せ、企業は多くのリソースをつぎ込み始めています。このままの流れで進むとITがはやったときと同じように、きちんと理解せずに導入し失敗をするプロジェクトが増え、日本経済は危機を迎えてしまう。そこで私はあるプロジェクトを立ち上げ、世の中に警鐘を鳴らそうと考えます。
それが、AIが東大合格を目指すプロジェクト「ロボットは東大に入れるか」(東ロボプロジェクト)でした。
「合格できないことを証明する」ために開始した
結果として、このプロジェクトは2016年を最後に凍結。「AIは東大に合格できない」という結論を得ました。しかし、これはプロジェクトが終了した今だからお話しできますが、そもそもAIは東大に合格できないことを証明するために行ったプロジェクトでした。
開発したロボットAIは、センター試験模試や東大2次試験にあたる論述式模試など5教科8科目を受験しました。結果は全体で全国平均454.8点を上回る525点。偏差値は57.1でした。「MARCH」や「関関同立」といった難関私立大学に合格するレベルで、全受験生の上位2割の学力に相当します。ところが、国語や英語は平均点以下。国語にいたっては200点中96点で偏差値は49.7。AIに「読む力」がないのがその理由です。
AIは国語の文章問題を解く際、文章として認識(読解)するのではなく、単に文字列が連なったデータとして扱っているからです。予想どおりの結果でした。
少し話がそれますが、私は他の多くの研究者から見ると、変わり者に映るようです。東ロボプロジェクトのような、「できないことを証明するためのプロジェクト」を選んだからです。
工学系の研究者にはそういう発想がない。「できること」「便利になること」だけをやりたがる。あるいは、壮大なロマンやビジョンを掲げるテーマを設定したがる。
「世界一速い車をつくりたい」「人間を凌駕(りょうが)するロボットを開発したい」など。お金の面でも言えます。多くの研究者は研究予算をどれだけ獲得したかを誇らしげに言います。一方、私は真逆。いかに低予算で効率のよい結果を出すかにこだわります。
東ロボプロジェクトの予算はわずか3,000万円でした。けれども、連日テレビやネットのニュースで取り上げられましたから、宣伝効果を広告費に換算すれば約5億円。500円の食材で5,000円の高級レストランのコース料理を作ったようなものです。そしてこのようなプロジェクトに、私はやりがいを感じます。これは私が子育てを経験してきた主婦だからかもしれません。
一見すると派手ではないけれど、実は社会のために確実になる。私は、常にこのような研究を意識しています。
私の考えはビジネスにも当てはまると思います。目の前にぶら下がる、よく分からない絵に描いた餅に投資をする前に、その投資からいくらリターンを得られるのか。損益分岐点などをしっかり見定めた上で、行動する必要があると思います。
現在のテーマは教育
東ロボプロジェクトではAIの弱点のほか、ある疑問も浮かび上がりました。不安、と言った方が正確かもしれません。AIは東大には合格できませんが、有名私立大学には合格できる。つまりAIに負けた学生が大勢いたことになります。もっと言うとAIが苦手な国語の文章読解においても、負けた学生が大勢いました。
そして今、教育が私の新たな研究テーマとなりました。すぐに子どもたちの読解能力を調べるテストを作成し、実際に子どもたちに受けてもらいました。すると、危惧していた通りの結果が出ました。
以下の問題を見てください。答えは問題に書いてありますよね。なのに、解けない子が大勢いた。文章を正しく読めていないからです。AIと同じように、文章ではなく文字列か何かのデータの集まりとして捉えている子どもたちが多くいることが分かりました。
なぜ、文章として読めないのか。現時点では詳しいことは分かりません。でも、この子たちをそのまま放っておくわけにはいかない。また、従来正しいとされていた教育手法が実は間違いだったのではとも考えていて、何らかのアクションを起こさなければ、と思っています。
私はこれからも研究を続ける
AIにしろ、教育にしろ。世の中で当たり前だと思われていることも、実は間違いだったり、大きな問題を抱えたりしているケースが多々あります。そしてそのような問題を放置しておくと、社会はダメになってしまう。
それをすべき役割が「何学者」なのかわからない。たぶん、今の社会の課題は「何々学者」では解決できない。もっと大きなパースペクティブが必要なんでしょうね。文理そして専業主婦と研究者、さまざまな経験を積んだ私だからできる発想で、日本がダメになっていくのを止めたい。
AIで言えば、先ほども少し触れましたが、正しい知識をまずは持つこと。AIの得意・不得意を理解し、的確な分野に導入するよう警鐘を鳴らし続けています。もちろんAIを活用することで社会がより良くなるケースも多々あります。
当たり前だと考えられているテーマを正しく理解し、社会がより良く、ビジネスで言えば合理的にプロジェクトが進むような解やサービスを、これからも世の中に発信していければと考えています。
(取材:木村剛士、文:杉山忠義、写真:北山宏一)
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