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党首演説「言葉」に見る戦略

今月22日に投票が行われた衆議院選挙。12日間の選挙戦で、各党の党首は激しい論戦を交わしました。党首が街頭での訴えに使ったのはどんな言葉か。NHKでは、安倍総理大臣と、希望の党の小池代表、それに立憲民主党の枝野代表が演説で語った言葉について、使われた単語の回数を数える「テキスト・マイニング」という手法で徹底分析。演説の記録をひもとくと、各党の戦略と、今回の選挙結果を招いた要因をかいま見ることができます。
(ネットワーク報道部記者 栗原岳史)

党首の演説は“イチ押しメニュー”

各党がどんな政策を推し進めようとしているのか。それは「マニフェスト」に書かれていますが、マニフェストはすべての政策を盛り込んだ、いわば「レストランの分厚いメニュー」のようなものです。これに対し党首の街頭演説は、例えるならば「店長のイチ押し」。有権者に最も届けたいメッセージが盛り込まれるため、そこからは選挙での戦略も見えてきます。

安倍首相 「北朝鮮の脅威」を強調

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まず、安倍総理大臣の演説です。選挙期間中に行った61回の街頭演説をすべて書き起こすと、文字数は34万を数えました。そこから政策に関係する言葉を抽出して分析した結果、最も多く使われたのは「日本」(208回)、2位が「北朝鮮」(201回)、3位が「選挙」(180回)でした。

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特に注目したいのが、「北朝鮮」という言葉です。
安倍総理大臣は選挙期間を通して常に多用し、「緊迫した情勢に対応するため、安定した政権の継続が必要だ」と訴えました。これに関連して、「ミサイル」(48回)、「圧力」(42回)、「脅威」(40回)という言葉も多く使い、国家の危機であると強調しました。

有権者の受け止めは?

こうした言葉は、有権者にどのように受け止められたのでしょうか。
それをうかがわせるデータが、NHKの「出口調査」にあります。有権者の投票行動や政治意識を探るため、投票当日、全国4000か所余りの投票所で調査を行い、27万3000人から回答を得ました。

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この中で安倍総理大臣の政権運営について尋ねたところ、「評価する」と答えた人は56%、「評価しない」と答えた人は44%でした。「評価する」と答えた人が投票の際に重視した政策は、「消費税への対応」が最も多く(30%)、次に多いのが「北朝鮮への対応」(22%)でした。

また、調査したすべての有権者のうち、「北朝鮮への対応」を重視した人の比例代表の投票先を見ると、63%が自民党、11%が公明党と答え、7割以上が与党に投票していました。つまり、安倍政権を評価する人は北朝鮮への対応を重視している傾向がみられ、北朝鮮問題を重視する人は与党に投票する傾向がみられたのです。「北朝鮮」を強調したことが、与党支持に結びついたことがうかがえます。

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これについて、現代日本政治論が専門の一橋大学の中北浩爾教授は、「北朝鮮問題は、安全保障関連法の成立や日米関係の強化といった実績を強調する意味で安倍総理大臣にとって有利な争点で、自民党の支持者を固めるという効果もある。さらに、希望の党は、民進党を離党した議員が合流する一方、小池代表は自民党出身で、政策的な足並みがそろっていない。北朝鮮問題を強調することで、希望の党にダメージを与える効果を狙ったと見ていいのではないか」と指摘しています。

「アベノミクス」も前面に

安倍総理大臣はこのほか、好調な経済を前面に打ち出す演説も行っています。「中小企業」という言葉は第5位(137回)。「お金」(67回)、「最高」(66回)といった言葉も多く使っていました。

このうち「最高」という言葉は、就職率や農林水産物の輸出額、それにGDPなど、在任期間中に過去最高を記録した事柄を列挙するのに使われ、アベノミクスの成果を強調していました。また「中小企業」は、アベノミクスの成果が届いていないと野党などが批判したのに対し、「今後、支援を強化する」という文脈で使われていました。

語られなかった言葉も

この一方で、安倍総理大臣があまり語らなかった言葉もあります。「消費税」や「憲法」は、演説でほとんど登場しませんでした。

NHKの出口調査で、投票の際に最も重視したことを尋ねた結果、「消費税への対応」(29%)と「憲法改正への対応」(23%)が1位と2位を占め、大きな争点にもなっていました。
自民党は今回、初めて「憲法改正」を政権公約の重点項目に掲げました。しかし、安倍総理大臣が、これについてみずから訴えることはほとんどありませんでした。

希望 小池代表の「言葉の重さ」

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それでは、野党の党首はどんな言葉で訴えたのでしょうか。

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希望の党の小池代表は、NHKが取材した演説を分析すると、党名にもある「希望」という言葉を最も多く使っていました。さらに、「女性」や「情報公開」、それに増税の凍結を訴える「消費税」という言葉の頻度が高くなっていました。

小選挙区と比例代表合わせて235人を擁立しながら獲得議席は50にとどまった要因がどこにあるのか、さまざまな指摘がありますが、党の結成当時、中心的な役割を果たしながら今回、落選した若狭勝氏は、小池代表が民進党出身者の候補者調整をめぐって使った言葉を取り上げ、「小池氏が『排除』という言葉を述べて風が変わった」と話しています。
党首の言葉が、選挙結果に少なからず影響を与えたと言えるのではないでしょうか。

立民は枝野代表の言葉を発信

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野党第1党に躍り出た立憲民主党の枝野代表は、「民主主義」や「まっとう」、それに「国民」などの言葉が目立ちました。

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立憲民主党は、トップダウンではない政治のあり方を訴える枝野代表の演説内容をSNSにきめ細かく投稿するなど、インターネットを通じた言葉の発信に力を入れました。公式ツイッターのフォロワー数は結党から3週間で18万人を超え、ほかのすべての政党を上回りました。こうした動きに呼応するように、枝野代表の演説を聞く人は日に日に増えていきました。

言葉は「約束」

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与党の圧勝に終わった今回の選挙。各党首は有権者に政策を訴えかけるため、また、選挙戦を有利に戦うため、さまざまな言葉を選んで駆使してきました。国民にとって、選挙で政治家が発する言葉は、国のこれからを委ねるための「約束」のようなものだと感じます。選挙が終わったからといって、政治家がそれまで語ってきた言葉を忘れたり、ほごにしたりすることのないよう、これからも1つ1つの言葉と行動を注意深く見ていきたいと思います。

栗原岳史
ネットワーク報道部 記者
栗原岳史

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