さくらさんコラボ鶴丸国永「自由」

Publish to anyone 2015-09-15 16:12:38 60views

文字書き絵描きコラボ、文章の方のラストはさくらさんのリクエストで鶴丸国永のはなし。CPなしですが、書き手の好みで献上組がいます。ちょっと暗いです。


文字書き絵描きコラボ企画
鶴丸国永 x お題「自由」





花さそふ嵐の庭の雪ならで
ふりゆくものは我が身なりけり





数日続いた雨がおさまり、その日の日中の本丸は久しぶりに抜けるような青空が見られた。
しかし、その空高く広がる青さに、もはや夏の名残はない。じわじわと地面に沁み入った雨粒は着実に大地を冷やし、夏に灼かれたすべての生き物を慈しむように広がった。
肌を掠める夜風が涼しくなると、延々と曝しているからだには冷えが入りこむようだ。もう、秋の入り口だねと、ぽつりと言ったのは誰だったか。
本丸ではみなが順番に勤めた畑当番の尽力もあり、作物の実りはとても良く、食べ物には恵まれていた。厨では楽しそうな談笑が聴こえてくる。ひとの身を得てからはじめて食事というものが必要になった彼等も、めぐる季節を経るうちにすっかり炊事における知識も腕も身につけて、誰もがその営みを愉しんでいた。

鶴丸国永はその歓談の輪に入らずに、さざめきを意識の遠くに聞いていた。広間から少し離れた、造園に面した廊下で、白い頬は夜風に吹かれている。瞳を閉じて、ざわざわと葉を揺らす風の音をひとり聞いていた。
しゃく、と秋梨に無遠慮に噛み付く。瑞々しい食感と共に爽やかな果実の香りが口いっぱいに広がった。鼻を抜ける少しアルコールに似た甘い後味までゆっくりと愉しむ。
ざわざわと空の高いところを抜ける風が、少し薄く枯れた色に褪せた桜の葉を鳴らしていた。
梨を齧る音が風のはざまに混じる。
しゃく。
脳の内側で聴こえる音は、記憶を刺激するようで、咀嚼する度に、ちかちかと内側で点滅するものがある。
一日じゅう、気にかかっていることがあった。
この数日の記憶がぼやけている。
夏草の匂い。肌を灼く太陽。確かに、この身を通して感じてきたと思う。
漠然とした不安があった。永い刃生を通して、季節やら時代やら記憶の中にはごちゃ混ぜだが、人の身を得て触れたもの、感じたものの全てがこれまでとは違っていたから、この記憶に間違いは、ないのだ。
あの桜の木が、溢れんばかりの花びらを纏っていたのを俺は知っている。本丸の誰もが、ほうっと息をのむ美しさだった。ぞわり、と記憶の端で底知れぬ嫌悪を感じる。
桜の木がちらちらと脳裏を点滅する。白く、黒く。既視感。はらりと白い手に花びらが落ちている。はっとそれを振り払うように手のひらが空を斬る。鶴丸は立ち上がり思わずその木に駆け寄った。
大した距離ではないのに、はあはあと自分の息が上がって、からだの内側が落ち着かないのがわかる。喉を奥が狭くなって、痛い。息がしづらい。咄嗟の動きに身体が悲鳴をあげたのではないことぐらいはいやでもわかる。
確かめるようにその大木を見上げれば、ぐらりと脳の重さにコントロールを喪った。空を見渡したまま、後ろに倒れこむ。まだ青い草が、薄い身体を受け止めた。

視界の半分に、灼けた葉桜。
残りの半分に、星空。

ーーーあ。
パズルのピースがはめ込まれるように、鶴丸は世界にすっと収まる感覚を覚える。
そうだ、おれは知っている。この視界の半分が、満開の桜をあふれさせていた、あの日を。
星が降ってきたのかと思った。ちらりちらりと視界を泳ぐ光の粒は、桜の花びらだった。手を伸ばせば掴めそうだと思ったが、やはりすり抜けて鼻先に届くかというところで霧散する。

"おれは"

"おれたちはどこから来た"

"桜の花の見せた幻は、おれたちそのものではないか"






「ーーどの!つるまるどの!」

うっすらと瞼を開放すれば、暗い視界に平野藤四郎の心配そうな顔があった。その背景に、さくらの花はない。そうだ。夏の太陽に灼かれて、色褪せ始めた葉桜。
「ああ良かった」
平野とともにホッとした顔を見せたのは長兄だった。本丸からとどく人工の光を穏やかに集めた真昼の空の色がのぞく。
「大丈夫か、鶴丸」
反対側から、今度は穏やかな男の声が聞こえた。落ち着いた深緑の声色。鶯丸。
なんで君たちなんだ。この侘しい気持ちを、過不足なく瓦解する。どんな顔をしているかはわからなかった。うすく、笑ったつもりだった。
「お疲れですか。あまりに顔色が悪かったので、その」
そんな顔をするな。いつものようにからからと明るく笑ってやりたかったが、そんな声は出なかった。
「眠っていらしたのですか?季節の変わり目、夜風に当たりすぎては冷えが入り込みます」
全く、心配性な兄弟だ。
何も変わらないな。変わったのは、この身だけだ。
「いいや」
生真面目な兄弟を安心させようとしたつもりが、思いの外低い声が出た。
「星空だけはいつの世になっても変わらないとおもっていただけだ」
すうっと右目をぬるい涙の筋が伝う。
なんだこれは。
「京の都で父に連れられて見た空。佩かれた戦場で見た空。土の下から見上げた空。ああ、きみたちと出会った御文庫に、そらはなかったなあ」
「鶴丸?」
「ーーなあ、あの日はずいぶん遅くなったんだった。辺りがだんだんと暗くなってきて、おれは少し疲れてた。東の空に一番星を見つけて、深く息を吐きながらそれを意地みたいに眺めてたな」
ああ、鮮明だ。すっかり一枚の絵がつながったかのようだ。
つらつらと出てくるその日の光景を、鶴丸は憚ることなく舌にのせた。
「隊長は近侍どのだったか。あいつ、自分は全く疲れてないのに、えらくおれのことを心配してた、一期一振、そう、きみも同じ事を言ってた。戻りましょう、鶴丸どの、と」
軋む上半身をゆっくり起こそうとすれば、鶯丸が無言で背を支えた。情けないが、あまり力が入らなかった。体のどこにも、傷はない。動かないのは、気持ちだ。
「なあ、一期一振。きみのその左手の白い手袋の下。おれを庇って受けた矢の傷は残っているのか?」
交錯した一期一振の金の瞳がびくりと怯えるように強張った。言わなくてもわかるさ。きみの左手が、ぎゅっと硬く結ばれたから。でも、動くんだな。傷は癒えているのか。
「平野が銃装の刀装たちを従えて先手をうちに行ったあと、夜の帳がおりた東向きの空に目の慣れないおれたちは、不意打ちで矢の雨を浴びた。動けないおれから、それを払うように薙いだきみの左手に、思わぬ方向からの鏃が貫いた。きみは短く浅い息をひゅっと吸った。あの音、そういえばいやに耳に残っているな」
「覚えて、おられるのですか」
いいや、思い出したんだ、肯定も否定もせず、眉をひそめて首を傾げる。
「悪いことをしたなあ。おれのつまらん意地で進軍した結果、あの青白い炎が虎視眈々とおれたちの隙を狙っていたことに誰も気づかなかった。平野の高い声が矢の隙間を掻い潜るように響いた」
「ーー『検非違使です』」
平野が続けると、にぃと鶴丸は笑った。落とした視線の先にある。いやに綺麗すぎる自分の手がいやだった。
「瞬く間もなく闇の隙間から狙い澄ましたように槍の切っ先がおれの右肩を捉えた。鶯丸の、らしくない大きな声も。夏の西日が作る長い影が敵の薙刀だと気付いた刹那、ーーそうだ、そこからよく覚えていない、明るかったはずの西の空も真っ暗になって、全天の星空がおれを包み込んだ」
右手を空に掲げる。刀を、自身を掴む、今となっては唯一の手。月光に透けるような傷のない白い指先が、”在る”。
「なあ、自由とはなんだろうか。こうして何処へでも歩いて行けるようになった。素晴らしく、驚きに満ちた数ヶ月だった。しかしおれは覚えているぞ。春だ。この春、おれはここで、この木の下で満開の桜を見ていた。教えてくれ、おれは、ふた振り目、なのだろう?」
平野は視線を脇に落としていた。一期一振はぎりを奥歯を噛んだだろう。背中を支えていた鶯丸の大きな手が、すうっと背骨を伝って、鶴丸の後頭部をくしゃくしゃと撫でた。

おれはずっと、死ぬ場所を求めてここに居るんだと思っていた。
ひたすら眠りだけがたゆとう静寂の闇の中、突然訪れた光に、戦場で折れるのならば、僥倖であるとすら思っていた。

ところがどうだ。

なんて残酷なんだ。

たとえ折れても、死ねないっていうのか。俺たちは。
あの人間の、あまりに横暴な力に翻弄されて、おれはまたここに居る。


(ああ、それでも、それでも)

世界は美しすぎて。
戻ってきたことを、後悔などできるはずもなかった。
生きていることに、髪を撫ぜる大きな手に、自分を庇って赤く染まった手に、すがる小さな震える手に、嘘などありはしないのだ。
俺たちは、死ねない。何度でも、人に使役され、道具として、蘇る。

自由とは、
何処へでも歩いていける足か。
死に場所を選ぶことの出来る魂か。


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チョコミントbotまつりか
@matsulicaのお絵描き腐垢 刀剣乱舞(つるいちつる)とFF11(引退)FF14(Ifrit) 平成ライダーもたまに。FF外からのreply歓迎。F/R/Bもご自由に♡
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