こんにちは。松井剛(まつい・たけし)と申します。東京の片田舎にある一橋大学というところでマーケティングに関わる研究や教育に17年たずさわってきました。学生からは「まつたけ」(もしくはマツタケニキ)と呼ばれています。木村拓哉氏が「キムタク」と呼ばれ、小沢健二氏が「オザケン」と呼ばれ、浜田幸一氏が「ハマコー」と呼ばれていたのと同じことですね。
このところずっと学部生に「消費者行動論」という科目を教えています。消費者行動論は、ごくごく簡単に言うと、「なんでそんなものを買ってしまったのか(あるいは買わなかったのか)?」ということを考える学問分野です。
学生は、ペンケースとか、パソコンとか、タブレットとか、ペットボトルのお茶とか、あるいはタダでもらったレッドブルとか机の上に置いて、授業を聞いています(あるいは、ぼくのゼミを卒業して、いまシンガポールで働いている男子が、一房のバナナを机の上に置いていたこともありました)。
レッドブルは別にして、これらはみんなどこかで買ったものです。世の中には、無限とも言えるモノやサービスで充ち満ちています。その学生が、なぜ、どのようにして机の上に置いたモノたちと邂逅し、所有するに至ったのだろうか?
ちょっと大げさに書いてみましたが、考えてみると不思議に思いませんか? その不思議を解き明かすためのたくさんのツールを授業で紹介しています。
ここで言うツールとは、ことばで示される概念であり、それらがまとまって物事が起こる仕組みを説明する理論です。概念とは、簡単に言うと、物事の共通部分を見出して表現したことばのことです。ちょっと分かりにくい説明ですが、実はわれわれは、日々の日常の会話の中で概念を使いまくっています。
例えば「○○くんはリア充だから」とか、「ゆとり(世代)だからね」とか、言ったことはありませんか?「リア充」とか「ゆとり世代」は、まさに概念の例です。そのようなことを言うときに、みなさんは「リア充」とか「ゆとり世代」に見られる共通の特徴を見出しているはずです。
「リア充」だったら、モテるとか、友達が多いとか、仕事も上手くいっているなどなど思い浮かべるでしょう。「ゆとり世代」だったら、あまり勉強していないとか、ものごとに受け身であるとか、既存の価値観に縛られていないとか、思い浮かべるでしょう。
こうしたイメージは、ステレオタイプと呼ばれています。ステレオタイプも消費者を理解する上で大事なツール(概念)なので、いずれ説明しましょう。
みなさんは「リア充」とか「ゆとり世代」と言うときに、同時に「非リア充」と「ゆとり世代以外の世代」のことも、無意識に考えているはずです。つまりどこかで皆さんは線引きをしているのです(リア充についての優れた線引きの例は、バカリズム氏の「リア充」という漫談をご覧下さい)。このような頭の働き方について、昔のアメリカの社会学者であるタルコット・パーソンズ氏は「サーチライト」というたとえで表現しました。
「概念はサーチライトである」とパーソンズは言いました。概念、すなわちことばは、何かを照らします。照らされることで、われわれはこれまで見えなかったことが見えるようになるのです。「リア充」とか「ゆとり世代」ということばがまだなかった時のことを思い出せるでしょうか? こういったことばがなかった時と、広まってからは、世の中の見え方がちょっと違って見えているはずです。
消費者行動論で使われる概念(ことば)も同じことです。この連載では、お客さん(あるいはお客さんにしたい人)の心の機敏や具体的な行動を理解するのに役立つ概念をたくさん紹介します。サーチライトたる概念(ことば)を知ることで、お客さんについての「なるほど」(かっこよく言うとインサイトですね)が見えるようになります。そうすると、お客さんが満足してお金を払ってくれる優れたマーケティングを実現することができます。
概念を紹介します、と言うと、難しそうに聞こえますが、この連載では、小難しい話はしません。ながらく教師業をやっていると、授業で話す小話のストックがたくさんできます。そういった小話を通じて、世の中の見方を変える新しいことばを紹介します。
ただ、ご注意頂きたいのは、ぼくの個人的資質や好みや少なめの文化資本(これもいずれ説明します)といった問題がゆえに、この小話が徹頭徹尾くだらないものである、ということです。どれくらいくだらないかというと、例えば先日の授業でも「関ジャニ∞って、関サバとか関アジみたいに見えるから、関(せき)ジャニ∞って言いそうだね!」と言ったところ、失笑と憫笑と嘲笑という温かな反応を若い学生たちから頂いたくらいです。
ですので、この連載は「松井教授の白熱教室を再現!」といったノリではまったくありません。「また始まったよ、まつたけの与太話、まったくもう」ぐらいにお考え下さい。ワイングラスを傾けながらほろ酔い加減でお読み頂くぐらいがちょうど良いかもしれません。
なお、上の2つの段落のくだりは「事前期待のマネジメント」をしていると読み取れるかもしれません。事前期待もお客さんを理解する上で大事なことばなので、いずれ紹介しますね。
ではそろそろ始めましょう。