カタルーニャ「独立宣言」がもたらすスペイン社会の分断

カタルーニャのブレグジット?

 

2017年10月1日、スペイン北東部に位置するカタルーニャ州で、スペインからの分離独立の是非を問う住民投票が行われた。それ以後、この地域の政治情勢は混乱している。10月21日、スペイン政府はついに自治州への介入を認める憲法155条を適用し、自治の一部停止に踏み切ることを決定した。これにより、プッチダモン州首相以下、カタルーニャ自治政府の全閣僚は更迭される。また州議会も解散され、6カ月以内に新たな選挙が実施される見通しである。カタルーニャの独立派はこれを、カタルーニャ住民の意志に対する「クーデター」と反発を強めている。近日中にも正式な「独立宣言」が発せられるかもしれない。

 

野党第一党の社会労働党は、今回のスペイン政府の決定を支持している。サンチェス党首はカタルーニャ州がスペイン人の共存を一方的に破棄しようとしていると非難し、「カタルーニャのブレグジット」と呼んだ。1978年憲法が制定されて以来、前代未聞の深刻な事態である。

 

それにしても、スペイン中央とカタルーニャ州の対立はなぜここまでエスカレートしてしまったのだろうか。カタルーニャ独立をめぐる一連の政治危機の底流には、英国やギリシャなど他の欧州諸国にもみられる、高度に発達した資本主義社会の様々な歪み(中間層の没落、リーマン・ショック後の経済危機、緊縮策による市民生活の困窮化など)があり、それが特殊スペイン的な形(国家ナショナリズム対地域ナショナリズムの対立)をとって噴出したと言えるのではないか。かつてスペイン内戦(1936~39)の引き金の一つともなった、歴史的に根深い問題である。ここまで事態が悪化した原因とこの問題が社会に何をもたらしたのかを考えてみたい。

 

 

強行された10月1日の住民投票

 

カタルーニャでは、2015年9月27日の州議会選挙で、スペインからの独立を支持する諸政党(PDeCAT, ERC, CUP)が議席の過半数を制し(注1)、住民投票へ向けての準備を始めた。2017年9月6日に「住民投票法」が州議会で可決され、カタルーニャのスペインからの分離独立を問う住民投票が実施されることになった。

 

マドリード中央政府はこれに強く反発し(注2)、投票日は警察を出動させ、投票所の一部を閉鎖するなど、実力でこれを阻止しようとした。しかし、有権者数の42%にあたる226万人が投票し、その90%が独立を支持した。警察と市民との間で小競り合いが発生し、無抵抗の市民に警官が暴力をふるう場面が、メディアを通して世界中に流された。バルセロナは日本人にもよく知られた観光地であるだけに、わが国でも一斉に報道された。

 

 

住民投票で国家警察ともみ合うバルセロナ市民  [エル・パイス紙、 2017年10月1日、Alberto Estévez, EFE]

住民投票で国家警察ともみ合うバルセロナ市民
[エル・パイス紙、 2017年10月1日、Alberto Estévez, EFE]

 

 

この住民投票は前回(2014年)と異なり、結果がそのまま独立へ向けたステップへと「法的」につながっている。プッチダモン州首相は、独立への住民の意思が明らかになったとして、10月10日、「カタルーニャ共和国」の樹立を宣言する文書に署名した。と同時に、独立の一時凍結を発表し、中央政府との対話を要求した。

 

一方、スペインのラホイ首相は、住民投票実施が違法であるとの立場を崩さす、「独立宣言」を撤回した上で交渉に応じるよう求めていた。そして、交渉の期限である19日が過ぎ、州首相からの回答が納得できるものではなかったとし、ラホイ首相は閣議で、カタルーニャの自治への介入を決定したのである。

 

 

「合意の精神」の希薄化と若者の意識変化

 

現在のスペイン憲法が制定された時、多くのスペイン人は、内戦やフランコ独裁の辛い過去の歴史を二度と繰り返してはならないという強い思いを抱いていた。それを象徴するのが憲法第2条である。ここには「スペインは一つである」という統一的な国家観と、バスクやカタルーニャなど固有の言語や文化をもつ地域の自治を保障する多元的な国家観とが併記されている。第2条は起草時に最も議論を呼んだ条文である。しかし、当時は民主化を成功させるために「スペイン人の共存の枠組みづくり」が最優先された。

 

しかし、憲法制定からすでに40年近くが経過し、特にバスクやカタルーニャなどでは、現行の自治制度に不満を抱える人々が増えている。カタルーニャ州の調査機関CEOによると、2013年に現行の自治権に満足している人の割合は全体の20.6%に過ぎず、70.4%が不十分であると不満を示している。

 

21世紀に入り、内戦も独裁も知らない若い世代が国民の多くを占めるようになった。世代交代は人々の意識をどう変えていったのか。現在カタルーニャは医療、教育、治安、税などの幅広い分野で自治権を享受し、日常生活を送る上で中央政府の存在を感じることはあまりない。公教育はすべてカタルーニャ語で行われ、「生まれながらに独立主義者であると感じる」若者が多くなっている。ジローナ県ビック市のある市議(独立派)は「スペイン国家と繋がっていないと感じる若者が増えており」、それが「両親の世代を独立へと転向させている」と指摘する(エル・パイス紙、2017年9月25日)。

 

もはや「独立」とは、はるか遠い目標ではなく、無理をすれば達成できる現実の選択肢でしかない。独立へのハードルは低くなったといえる。23年間州首相を務めたジョルディ・プジョルは、「自治」か「独立」かを明言せずに、中央政府から自治権を引き出す戦術によって、社会の幅広い層の支持を集めてきた。しかし、彼の息子ウリオル・プジョルは根っからの「独立派」であり、父親の路線に反して政党「カタルーニャ民主集中(CDC)」を「自治」から「独立」へ方針転換させるのに尽力したことは、まさにそれを示している(注3)。

 

一方、スペインの他地域についてはどうだろうか。民主化に貢献した中道左派のスペイン社会労働党が徐々に衰退していく一方で、新自由主義的な経済政策を掲げ、統一的スペインを称揚する中道右派の国民党が議席を増やし、1996年に初めて政権を奪取した。一旦下野したが、リーマン・ショック後の経済危機のなか、2011年に政権に返り咲いている。

 

調査機関CISによると、2006年に「自治のない中央政府だけの国家」を支持する割合が、カタルーニャでは8.7%でしかないのに対して、中央のマドリードでは21.1%に上る。また、現行の自治制度への満足度は、カタルーニャの29.5%に比べ、マドリードでは51.3%とかなり高い(全国平均は54.1%)。他の地域は現在の自治の枠組みを変更することに消極的で、統一的なスペインが損なわれることにも反対である。カタルーニャ独立の動きに反発するかたちで、今後スペイン・ナショナリズムの高まりが予想される。【次ページにつづく】

 

 

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