最近、電車内広告やテレビ、ネットなどで「怒りのピークは6秒」という説をよく見かけます。一般社団法人日本アンガーマネジメント協会がこの説を発信しているようですが、調べてみるとどうやら科学的根拠はないと言ってよいでしょう。
調べた結果をまとめてみたいと思います。
- 「怒りのピークは6秒」の発信元
- 検索をしてみる
- 日本アンガーマネジメント協会 シニアファシリテーターの見解
- 名古屋大学 川合伸幸准教授の見解
- 前頭葉が活性化する時間なのか
- というわけで「科学的根拠はない」が結論だが
- 本当に知りたいのは、腐臭を放つように根付いた怒り
「怒りのピークは6秒」の発信元
一般社団法人日本アンガーマネジメント協会が発信源のようです。例えば、代表理事の安藤俊介氏ががこういう本を出版していますね。
安藤氏の講演内容をまとめた下記の記事によると、安藤氏は次のように発言をしているようです。
怒りの感情のピークである「最初の6秒をやりすごす」ということ。人は怒ったときに最初の6秒でアドレナリンが強く出ると言われています。だから、このコントロールできない6秒という時間をやりすごせば、だいたいなんとかなります。
「人は怒った時に最初の6秒でアドレナリンが強くでると言われています」とありますが、誰によって、どういう検証を経て言われているのでしょう。
検索をしてみる
日本語で「アドレナリン 6秒」
英語で「adrenaline 6 seconds」
と入力し、Google Scholarで検索をしてみましたが、ヒットしませんね。
同様に、
日本語で「アドレナリン 怒り」
英語で「adrenaline anger」
と検索しましたが、それらしい論文は見つかりません。
日本アンガーマネジメント協会 シニアファシリテーターの見解
ネットで検索をしてみたところ、一般社団法人 日本アンガーマネジメント協会 シニアファシリテーターのブログがありました。
そこに「6秒の根拠」と題された記事があります。
この記事を要約すると「大脳辺縁系から出たアドレナリンが、大脳新皮質で知的処理されるまで6秒かかる」とそれらしく書かれています。
安藤氏の言っている「アドレナリンが強くでる6秒」とは、若干ニュアンスが異なりますね。
それはさておき、これは扁桃体と前頭葉の関係を言っているのだと思われます。確かに扁桃体からアドレナリンが分泌されるのは事実ですが、やはり6秒がどこから出てきたかは書かれていません。「6秒の根拠」は見当たりませんね。
また、
出来事をキャッチしてから
科学物質 (アドレナリン) が出て
全身に行き渡り、それが消滅し、
知的処理をできるまでに6秒のズレがある ということなんです
とありますが、6秒以内にアドレナリンが体内から消滅すると読めます。これは明らかな誤りですね。アドレナリンの血中半減期は3~5分と言われており、心静止の際のアドレナリン投与間隔も3~5分とするのが一般的です。
http://qqzaidan.jp/qqsosei/guideline/cardiac_arrest.pdf
(心停止時の治療 - 日本救急医療財団)
名古屋大学 川合伸幸准教授の見解
脳科学の領域からも、次のように疑問が呈されています。
(怒りのピークは6秒という説は)どのような根拠に基づいているのか、さっぱりわからない。少し調べてみると、(怒りを感じたときに放出されるホルモンの一種の)アドレナリン放出の産生ピークが6秒程度で、その後は減少するというのが根拠の一つとされているようだが、学術的な根拠はまったく見当たらない。
しかも、血中に放出されたアドレナリンが回収されるのにかかる時間をいっさい考慮していない。かりに6秒で産生が減少に向かうとしても、血中に残留するアドレナリン濃度はまだまだ高いことは少し考えればわかるだろう。
わたしたちの実験で、脳波や心拍、心臓の一回の拍出量や血管の抵抗値など八種類の生理反応を測定しながら怒りを誘発させたところ、どの指標を見ても3分間の測定中に怒りの反応は収まらなかった。
前頭葉が活性化する時間なのか
アドレナリンが6秒で収まらないということだというと、理性をつかさどる前頭葉が活性化する時間が6秒程度なのかもしれない。
それを調べてみると、生理学研究所の柿木隆介氏によるこういう発言がある。
柿木さんによると、「科学的に明確に定義することはできないのですが、前頭葉が本格的に働きはじめるまでにかかる時間は3~5秒程度と考えられます」
よくテレビに出てくる脳科学の専門家でもあるらしいが、「科学的に明確に定義することはできない」と前置きしていますね。
これもGoogle Scholarで「前頭葉 活性化 時間」と検索しましたが、それらしい論文は見当たりませんでした。
というわけで「科学的根拠はない」が結論だが
というわけで「怒りのピークは6秒」という説に、科学的根拠はないという結論でよいでしょう。
私の経験則から言っても、6秒くらいじゃ収まらない怒りなんてたくさんあるように思います。自分や自分の家族が騙されたり、侮辱されたり、肉体的・精神的に傷つけられたりした時に出てくる怒りは、6秒待ったからと言って理性で制御できるものでもないでしょう。
ただ、科学的根拠がないからといって、日本アンガーマネジメント協会が主張していることが、全く役に立たないというわけでもないとも思います。日常のちょっとした軽度なイライラ(例えば満員電車の中で足を踏まれた等)は、一呼吸おけば冷静になれるというのは、誰もが経験上わかっていることだと思います。
本当に知りたいのは、腐臭を放つように根付いた怒り
しかし「怒り」に悩む私たちが本当に知りたいのは、一呼吸おけば冷静になれるような軽微な怒りではなく、長年にわたり自分の心の中に積もり、腐臭を放つように根付いた怒りの扱いかたのほうだと思います。
これをどうすればいいのかということも、また科学的には立証されていないことでしょう。(心理臨床の現場や哲学の世界では、経験則から言えることはあるでしょうが)
私個人の経験から言うと、自分の怒りを味わい尽くすことが、その解決方法の一つになるのではないかと思っています。
まあ、科学的根拠はありませんけどね😅