「自分は人種差別なんてしない。だってオバマ支持だもの」。そんなセリフは欺瞞、というメッセージにグサリときた。27日公開の『ゲット・アウト』(原題: Get Out)(2017年)は、「米国では黒人として生きること自体がホラー」という皮肉を込めた異色作だ。黒人としての実体験をもとに脚本を書いて監督デビュー、米国で異例のヒットを飛ばしたジョーダン・ピール監督(38)に電話でインタビューした。
今作の主役はニューヨークに住むアフリカ系米国人クリス・ワシントン(ダニエル・カルーヤ、28)。ある週末、白人の恋人ローズ・アーミテージ(アリソン・ウィリアムズ、29)の郊外の実家に招かれるが、自分が黒人だと両親に伝えていないと聞き、不安がよぎる。「父は、オバマに3期目があれば彼に投票する人。人種差別主義者じゃない」とローズに言われるまま車で向かう。彼女の父ディーン(ブラッドリー・ウィットフォード、58)と母ミッシー(キャサリン・キーナー、58)に、過剰なまでに黒人を持ち上げる発言で歓待されるが、管理人ウォルター(マーカス・ヘンダーソン)に家政婦ジョージナ(ベティ・ガブリエル)と、邸内の使用人はすべて黒人。使用人の服装は古風で振る舞いも奇妙なことから、クリスは違和感を覚える。そんな中、ローズの亡き祖父を悼むパーティーが開かれ、裕福な白人たちが大勢やって来る。クリスは居心地の悪さを感じながら、黒人青年を見つけホッとして声をかけるが、思わぬ反応を食らう。
製作費約450万ドルの低予算ながら、米国で2月に公開されるや大ヒット。米興行収入データベースサイト「ボックス・オフィス・モジョ」によると、世界の興行収入は10月下旬時点で約2億5314万ドルに達した。
ジョーダン・ピールは米国では知られたコメディアンだ。キーガン・マイケル・キー(46)と組んだTVシリーズ「キー&ピール」(2012~15年)では、当時のオバマ米大統領(56)をまねて人気を呼んだ。
そのオバマをめぐるセリフが今作でとてもよく効いている。オバマ支持を「自分は人種差別など無縁だ」と主張する理由づけにする一方で、実は何らかの人種差別的な発言や行動に至ってしまうケース、心当たりがある人も多いのではないか。周りの人たち、あるいは、自分自身の心のどこかにも?
そう言うと、ピール監督は語った。「オバマが大統領になって人種をめぐる議論が喚起され、人種差別を克服する意味で『よくやった』という感覚が漂い、人種問題は過去のものと思われるようになった。だがそうして多くの人たちがしばらく誤解していたが、黒人の大統領が誕生したところで何ら前進しなかった。人種差別主義という怪物をやっつけることなどできず、問題を正すことにはならなかった」
それどころか、逆に「人種問題について議論しなくなる言い訳になった」とピール監督は指摘する。オバマ勝利への称賛が社会を覆うことで、「潜在的な人種差別をかえって見落とすことになり、トランプが『よそ者』への恐怖をあおるのを許し、トランプ支持者が力を持つ余地を与えた。その意味では怠慢な結果となったよね」。
ネタバレのない範囲でお伝えすると、そうした社会状況を踏まえ、ラストシーンは当初の予定から大きく変更した。なぜか。「脚本を書いたのはオバマ政権下。観客を揺さぶり、『人種差別はまだそこにあるよ!』と伝える必要があると感じていた。でもいよいよ完成という段になり、この国が変わってきたと感じた。観客は今作によって逃避、あるいは解放感を得る必要があると思った」。今作をご覧になる際は、ぜひこの言葉を念頭に置いてもらえればと思う。
とはいえピール監督も2008年に構想を始めた当初は、「テーマがテーマだし完成するわけがない、映画として実現しないだろう」と思っていた。元になったのは自身の経験だそうだ。
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