今季も圧倒的な攻撃力と、安定した守備から投手陣を支え、セ・リーグを連覇した広島。その中でも特筆すべきはFA選手を獲得せず、生え抜きの選手を育てながら勝ち抜いてきた育成手腕であろう。黄金時代に突入したともいえるチームの育成能力に注目する。
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2017年10月24日:用字用語の整理。
広島独自のドラフト戦略
チームの戦力補強の場として重要な機会であるドラフト*1会議。どの球団も有能な選手の発掘に動き、他球団の動向も見極めながら、戦略的な指名に臨む。
広島においては12球団唯一の市民球団であり、資金が潤沢な他球団と異なり、FA*2選手の獲得にも参戦できないチーム事情がある。
そのため、ドラフト会議は広島にとって殊更重要な戦力補強の礎になる。他球団と差別化し、少しでも有能な選手を指名したい。だから、独自の視点でチームの補強箇所を分析し、着実に弱点を埋める選手の獲得を行なっている。
「年齢別選手表」を用いた補強戦略
中でも特筆すべきはチームの補強箇所をスカウト*3で共有する分析表の存在である。これはチームの選手たちを守備位置ごとに年齢で分類し、あと何年で手薄になるのか、補強が必要なのかを分かりやすくしたものである。スカウト陣はこの分析表を基に日本全国を東奔西走する。
例えば今年のチームに当てはめれば、田中広輔選手や菊池涼介選手がいる遊撃手や二塁手は、彼らが20歳代と数年先までレギュラー*4を務めるはずだ。ここに注力して選手を獲得しても十分な出場機会はしばらく与えられないと考えるのが賢明だ。
それであれば盤石ではない守備位置の選手に狙いを定め、1軍での試合出場の好機を与えながら2軍で習練していく。名声のある選手だからと、やみくもに手を出すのではなく、出場機会を含めた育成環境を踏まえた補強を行なっている。選手にとっても1軍での出場機会が得られれば、向上心への動機付けにもなるはずだ。
また、年俸が高額になる選手を引き止めておけないチームの財政事情もあり、FAになる選手や大リーグ*5に挑戦するであろう選手の動向にも注視して、高校生や大学生の選手を指名している。前田健太投手や黒田博樹投手といった大黒柱が抜けたにもかかわらず、若手投手が次々と活躍して連覇を達成したのも、先見の明がある球団方針の確かさを裏付けているのだ。
精神面も含めた総合力での選手評価
選手を評価する上で、投球や打撃技術を始めとした能力の高さ・身体能力・成績といった点はもちろん要点となる。しかし、広島のスカウト陣はそれだけに留まらないのだ。加えて、選手の野球に対する考え方・取り組み方などの精神面も無視せずに総合的な観点から判断していくからだ。
今季は4番打者として成長著しい鈴木誠也選手は、高校時代の試合中に全力疾走を怠らなかった。また、普通の選手であれば単打で済ましてしまうような打球も、積極的な走塁で二塁を陥れる姿勢が評価された。そして、プロ野球選手になっても自主的に習練できると判断し、指名に至ったようだ。
今や広島のエース*6となった野村祐輔投手も広島のスカウトならではの眼力によって選ばれている。投球練習後にはすぐさま肩のアイシング*7をし、その後の練習を軽めにすることが通例だ。しかし、彼は走り込みをして自らをいじめ抜いていたのだ。その野球に対するひたむきな態度がプロでの活躍を確信された経緯もある。
飛び抜けた能力だけでなくプロになる上での意識・精神面など多角的な要素から判断する。プロ入りしたことに慢心せず、そこから努力を積み重ねられるかが肝心なことを広島のドラフト戦略が見事に証明している。
若手育成のための練習方針
広島は若手育成のための練習量も、伝統として他球団より厳しいものになっている。合宿入りすると朝から日が暮れるまでみっちりと練習をこなし、基本的に昼食以外に休みがない。強化指定選手に指名された選手に至っては、練習開始の1時間前である朝8時から始められる。まさに「野球漬け」の毎日になる。
一般的な練習の考え方は大きく二つに分かれ、「量より質」か「質より量」になる。広島においては量も質も突き詰めた練習が課されている。特に打者は相当数バットを振っている。走り込みや打ち込むのは当たり前で、長距離や連続のティーバッティング*8を輪番制で行う。さらに、夜間には素振りやウエートトレーニング*9も組み込まれている。
その「量」に加えて、石井琢朗打撃コーチが中心となり「練習の意義」を選手にしっかり意識させる。そして、打撃練習の際には実戦を想定して「この投手にはこういう打撃をする」という点に絞って打たせる。それを徹底的に植え付け、身につけさせていく。
練習の目的を意識して取り組む「質」と、公式戦で実践する力を発揮するには、圧倒的な「量」が必要との考えからだ。その「カープの伝統」である猛練習にコーチ陣は早出の練習から最後まで付き合う。そして、準備から片付けまでも手伝うのだ。また、練習中のコーチとの会話も打撃についてだけではなく、契約更改や野球日本代表の侍ジャパンなどについてもざっくばらんに話され、家庭的な雰囲気さえ漂う。
だから、若手選手たちは「やらされる練習」ではなく「一緒にやっている」気持ちで取り組める。そのような環境で培われるコーチ陣との連携・信頼関係も育成の上で肝心要の要素であろう。一緒に汗を流してくれるコーチを意気に感じる「若コイ」が他球団の脅威になることは間違いなさそうだ。
まとめ
20代の選手が好成績を残している。この選手たちがいる限り、常勝軍としての栄華はしばらく続きそうだ。さらに、新人と古豪の新陳代謝がうまく機能している現状の環境は、他球団からすれば厄介に感じるはずだ。
広島東洋カープで活躍した若手投手(2017年10月24日現在)
年齢 | 勝敗 | 防御率 | |
---|---|---|---|
岡田明丈投手 | 24歳 | 12勝5敗 | 4.00 |
薮田和樹投手 | 25歳 | 15勝3敗 | 2.58 |
大瀬良大地投手 | 26歳 | 10勝2敗 | 3.65 |
九里亜蓮投手 | 26歳 | 9勝5敗 | 3.64 |
広島東洋カープで活躍した若手野手(2017年10月24日現在)
年齢 | 打率 | 本塁打 | |
---|---|---|---|
鈴木誠也外野手 | 23歳 | .300 | 26 |
菊池涼介内野手 | 27歳 | .271 | 14 |
安部友裕内野手 | 28歳 | .310 | 5 |
田中広輔内野手 | 28歳 | .290 | 8 |
丸佳浩外野手 | 28歳 | .308 | 23 |
生え抜きの選手によって勝利がもたらされることは、ファンにとって醍醐味(だいごみ)の一つのはずだ。FA選手や外国人選手を次々と補強するチームをなぎ倒していくのは痛快ですらある。
スカウト陣の確固たる人材獲得の方針と、コーチ陣を始めとする献身的な育成手法。理想的な「チーム作り」を体現する広島は、球界にその魅力と強さを誇示し続けてほしいものだ。
優勝旗がはためくのも、そう遠い未来ではなさそうだ。マツダスタジアムを真っ赤に染めるのは、沈みゆく太陽ではなく「コイ女房」であるファンたちの情熱かもしれない。
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*1:【draft】プロ野球で,新人選手に対する入団交渉権を,全球団で構成する選択会議で決めること。過当競争を避けるためのもの。また,その会議で選ばれて指名されること。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*2:【free agent】プロ野球などで,在籍期間などの一定の条件を充たし,の権利を得た選手。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*3:【scout】有能な人材を探し出し,誘って引き入れること。また,それを仕事とする人。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*4:【regular】〔レギュラー-メンバーの略〕常に出場する選手。正選手。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*5:アメリカのプロ野球で,最上位の連盟。ナショナル-リーグとアメリカン-リーグの二つがある。メジャー-リーグ。ビッグ-リーグ。MLB。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*6:【ace】野球で,主戦投手。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*7:【icing】筋肉を氷で冷やすこと。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*8:【tee batting】野球で,棒の先にのせた球を打つ打撃練習。斜め前から軽く投げ上げられた球を打つ練習法にもいう。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)
*9:【weight training】バーベル・鉄亜鈴・マシンなどを使って,筋肉の増強や筋力の強化を図るトレーニング。/出典:スーパー大辞林3.0(三省堂 2014年)