村上春樹を知るならこの1冊『「像の消滅」短篇選集1980-1991』

 

無人島に持っていきたい本 

 拝読するid:raku-bookさんが下のような企画をされていましたので勝手に横から便乗し、まず1つ目のお題に従いまして1冊を選びました。

raku-book.hatenablog.com

 

『「像の消滅」短篇選集 1980-1991』 村上春樹 

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

 

 無人島に1冊なら、村上春樹の本で一番楽しめるこれを持っていきたい。

またこれは村上春樹を初めて手に取るなら一番おすすめしたい1冊でもあります。

バリエーション豊かな短篇が17作品入っていて、繰り返し楽しめる。

 

おすすめポイント

何といっても、村上春樹の短篇ベスト版であることです。

というのもこれは、アメリカの出版社クノップフが、アメリカの読者向けに村上春樹を紹介するために選んだ作品集だからです。

1993年当時の春樹は、掲載されれば一流作家の証ともいえる雑誌『ニューヨーカー』で作品を発表し始め、アメリカで評価が高まりつつある頃でした。そこでその時点でのベスト短編集が組まれたわけです。

本書はアメリカ版と同じ作品の並びで、2005年に日本向けに出された1冊です。

 

初期の短篇にこそ村上春樹の良さがある

 本書は1993年までの短篇しか入っていませんが、それでも村上春樹のオールタイム短篇ベストと言っても全く過言ではありません。

春樹ファンがベスト短篇を選んだら、高い確率でこの中のどれかになると思います。後期の作品より、前期の作品のほうが良い。個人的には長編も短編もそのように感じます。

 

初期村上作品の良さ

 村上春樹作品は近年のものになるに連れて、物語の「飛び道具」が多くなっています。悪く言えば何でもありというか、ファンタジックな要素が強くなってきて、「よく分からない」。村上作品はだいたい初期から「よく分からない」ものなのですが、より大柄に大技になっていく。本人が「総合小説」を書きたいと言っているのでスケールが大きくなるのは必然なのかもしれませんが、ともするとその「分からなさ」がただ放り投げ出されただけ、上滑りしただけ、という印象にもなる。

初期の作品、特に短篇には、もっと静けさがあります。「分からなさ」にも繊細さを感じる妙味がある。私が村上春樹作品を好きなのは、こういう要素なのだと思います。特に短篇にはとても良い余韻が残る作品が多い。小さいけれど、不思議に心地いい。

長編作品とはかなり違った作りになっています。イメージが覆される作品も多いと思います。近年の長編作品を読んで合わないと感じた人も、この村上春樹はぜひ手にとってほしい。

 

17作品の中でもおすすめの短篇

まず、収録されているのは以下の17作。

1  『ねじまき鳥と火曜日の女たち』 

2  『パン屋再襲撃』
3  『カンガルー通信』
4  『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』
5  『眠り』
6  『ローマ帝国の崩壊・一八八一年のインディアン蜂起・ヒットラーのポーランド侵入・そして強風世界』
7  『レーダーホーゼン』
8  『納屋を焼く』
9  『緑色の獣』
10  『ファミリーアフェア』
11  『窓』
12  『TVピープル』
13  『中国行きのスロウボート』
14  『踊る小人』
15  『午後の最後の芝生』
16  『沈黙』
17  『象の消滅』

 

収録順に、特におすすめの作品をいくつか紹介します。いくらか雰囲気が伝わると思います。

 

『パン屋再襲撃』

新婚の「僕」は、妻に言われるがまま、二人で深夜のマクドナルドへ強盗に入ることになります。なぜそうなったのか、一体これはどういうことなのか、よく分からないある種の不条理が淡々と描かれ、段々とコミカルに見えてくる。人気の高い短篇。


『4月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて』

これも非常に人気の高い短篇。『パン屋再襲撃』とともに海外で短編映画が作られたりもしている作品です。中身は題名の通り。短いのですが、とても良い余韻を残す。初期を代表する、村上春樹らしい作品。

 

『納屋を焼く』

主人公の「僕」、知り合った女の子、謎めいたその彼氏の不思議な行動。仕掛けと雰囲気、よく分からないけれど何か印象に残る物語。これも非常に村上春樹らしい作品です。

 

『窓』

もとは『バート・バカラックはお好き?』という題だった作品。文通の文章アドバイザーというアルバイトをする「僕」は、その顧客の1人だったある女性と会うことになる。特に何があるわけでもない。でも静かな空気がある。そんな作品。春樹の初期にはこういう空気感の作品が多かった。

 

『午後の最後の芝生』

小川洋子さんをはじめ、作家の中でも村上春樹で一番好きな短篇としてあげる人も多い作品。

大学生の「僕」は芝刈りのアルバイトをしていたが辞めることになり、最後の仕事先に行く。静かな日常を切り取った短篇として、ほとんど完璧ではないかと思うほど完成度が高い。ぜひ読んでほしい。

 

『沈黙』

 全国学校図書館協議会による高校生向けの集団読書テキストにも選定された短篇。

高校生のいじめが主題で、村上春樹にはこういう作品もあるのかというちょっとした驚きさえある。

真摯な内容で、じんわりとした読後感がある。

 

『像の消滅』

ある町の動物園から、像とその飼育員がある日忽然と姿を消す。逃げ出した痕跡は一切ない。「僕」はその前日、閉園後にたまたま彼らの姿を目にしており、その時にいくらかサイズが小さくなっていたような気がしていた。

あり得ないことが起きるが、それがただ荒唐無稽なだけに終わらず、不思議な印象を残す。これぞ村上春樹という作品で、これを短篇集の表題としたところに編集者フィスケット・ジョンのセンスを感じます。

 

最後に

改めて読み返すと、色々と言われることも多い村上春樹ですが、やはり間違いなく卓抜した小説の力量があることを実感させられます。まあ、世界的な小説家なのでこんなことを言うのもおかしいのかもしれませんが。ノーベル文学賞を獲るべきなのか(正直難しいところだと思います)、政治的・思想的に評価しうるか(春樹の作品に思想性はほとんどゼロです)、純文学か(それでも純文学であると思います)、そういった基準で云々するから評価しづらくなったりするわけでね。

ちなみに本書には『めくらやなぎと眠る女』という続編版がありますので、最後に2冊並べておきます。年代順に読んで変遷を追ってみるのも楽しそうです。

これぞ村上春樹・クロニクル。

英語版ならKindleでもありますので、こちらも最後に並べておきます。

村上春樹さんの短編集なら、私は繰り返し繰り返し読んで楽しめると思います。やっぱり春樹は素晴らしい。

以上、私が選ぶ無人島への1冊でした。

 

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

「象の消滅」 短篇選集 1980-1991

 

 

めくらやなぎと眠る女

めくらやなぎと眠る女

 
The Elephant Vanishes

The Elephant Vanishes