マーケティング戦略
進化するJapanTaxi[前編]──レガシー業界におけるIT企業の新たな挑戦
記事内容の要約
- 高齢の経営層やデータ活用環境の未整備がタクシー業界の二大課題
- 本格的なデジタル化への第一歩として、スマホの配車アプリ「全国タクシー」を開発
- 「全国タクシー」のユーザー評価から、アプリの先にある「快適な乗車体験」への高いニーズが浮き彫りに
2015年1月から2016年4月まで、タクシー事業の活性化を目的として国土交通省に設置された「新しいタクシーのあり方検討会」。その検討会において、報告書としてとりまとめられた『タクシー革新プラン2016~選ばれるタクシー~』(*1)では、「普及を望むタクシーサービス」というアンケートの上位回答として「スマートフォンのアプリを活用した配車サービス」が挙がっていた。
日本交通株式会社(*2)は、アプリを活用した配車サービスの実施にいち早く取り組んだタクシー事業者であり、同社のIT化をけん引するのがJapanTaxi株式会社(*3)だ。旧態依然としたタクシー業界にあって、早くからデジタル施策に取り組んだ日本交通、JapanTaxiの挑戦に迫る。
進化を妨げていた「高齢の経営層」と「データの未活用」
『タクシー革新プラン2016』によれば、2005年を100としたときの国内旅客輸送量の推移で、タクシーは2014年時点で75を切っており、旅客鉄道・乗り合いバス・航空・旅客船と比べて最も落ち込みが激しかった。さまざまな要因が考えられるが、そのひとつとして「デジタル化の遅れ」があると、JapanTaxi株式会社 取締役CMO金高恩氏は語る。
※2005年度を100とした場合の推移
出典:国土交通省「新しいタクシーのあり方研究会」資料
「タクシー会社の経営者は、ほとんどがオーナー経営者であるため、長年そのポジションに就くケースが多く、世代交代の時期が遅めで高齢の経営者が多いのです。高齢の経営者はスマートフォンを使っていないことが多く、アプリを活用して消費者にサービスを提供するという、他の産業ではごく当たり前のデジタル施策にどうしても理解を示しづらいのですね。そのため、消費者に向けたデジタルサービスの提供が、ほかの旅客輸送業に比べて遅れていました」
実際、後述する配車アプリ「全国タクシー」をリリースしはじめたころは、日本交通の営業マンがほかのタクシー会社に加盟営業に行った際に、経営者に対して、まずスマートフォンとはなにかの説明をすることも多々あったという。
「また、多くのタクシー会社は、せっかく多種多様なデータを持っているにもかかわらず、うまく活用できていないのです。タクシーはお客さまが利用するたびに、乗車地や降車地のデータ、営業データ、決済データ、配車手配のデータというさまざまなデータが生成されます。しかし、データを取得・管理する基盤がそれぞれ異なるうえ、データをひも付ける環境も整っていません。せっかく大量のデータを持っているのに、宝の持ち腐れになっているのです」(金氏)
JapanTaxi株式会社取締役CMO 金高恩氏
このような課題には、デジタルサービスの利便性とデータ活用の重要性がタクシー業界に浸透していない、という背景がある。あるいは、タクシーという保守的な業界が持つ体質が影響し、活用したくとも体制的に困難が伴うという現実もあるのかもしれない。
その状態にメスを入れたのが、現在、日本交通の代表取締役会長であり、JapanTaxi株式会社の代表取締役社長も務める川鍋一朗氏だ。
変革のはじまりはアプリから
2011年当時、日本交通の代表取締役社長だった川鍋氏は「ITを活用しないとタクシー業界が廃れる」という危機感を持っていた。そこで目をつけたのが、普及しはじめていたスマートフォンの活用だ。
そのときのことを、金氏はこう語る。
「当時、JpanTaxiは『日交データサービス』という社名で、親会社である日本交通用の給与システムなどをつくっていました。そこへ社長が登場して『これからはスマホの時代だ! タクシー利用者向けのスマホアプリをつくろう!』ということになったのです」
しかし、当時の日交データサービス社内には、アプリの開発経験があるエンジニアなど在籍していなかった。それでも、業務システム開発に携わっていたエンジニアたちが、一からスマホアプリづくりを学ぶことになった。
「社長は『エンジニアって、なんでもできるんでしょ?』くらいに軽く考えていたようです(笑)。しかし、そもそも、どのようなアプリをつくるのかも決まっておらず、『ゲームでもつくってみる?』という話が出るありさまでした。議論を重ねて、最終的にはタクシー事業の軸から外れないアプリをつくろうということになり、完成したのが配車アプリ『全国タクシー』です。不慣れなアプリ開発でしたのでエンジニアも大変だったと思いますが、社長の口癖でもある『じっくり考えるよりもスピード優先、打席に立て』の精神で開発してくれました」(金氏)
「全国タクシー」は、アプリを立ち上げて、表示されるマップに乗車位置を指定するだけで、日本交通のタクシーが迎えに来てくれる(*4)。タクシー会社に電話をかけて場所を説明するなどの手間がかからない、まさにITを活用したサービスだ。
その後、アプリは着実に支持を広げていったが、日本交通における「全国タクシー」の位置づけはあくまで“プラスアルファ”のサービス。全国タクシー以外にBtoC向けサービスを開発することはなかった。しかし、開発から数年たった2015年、日交データサービスに転機が訪れる。
Uberなど、まさにITをフル活用したライバルが姿を現しはじめたのだ。そこで、全国タクシーが好評を得ていたこともあり、日交データサービスはBtoC向けサービスの展開にも本腰を入れることを決意。ITの力によって、日本交通だけにとどまらず業界全体の移動の仕組みをもっとよくしていくことをミッションとする企業へ生まれ変わり、社名もJapanTaxiに変更した。
全国タクシーは、2016年2月には200万ダウンロード、現在では360万ダウンロード(*5)を超えるまでになっている。金氏も「東京オリンピックのある2020年までに、1100万ダウンロードをめざしたいですね」と意気込みを語る。
「よりよい乗車体験」を届ける重要性への気づき
「全国タクシー」を成長の軌道に乗せることに成功したJapanTaxiだが、アプリの認知向上と浸透に伴い、新たなビジネスの局面が見えてきた。あるとき、金氏がアプリのレビューを確認しながら気づいたのは、アプリ利用者が「タクシーの乗車体験まで含めて、アプリを評価している」ということだった。
本来、乗車したタクシーに関する感想はアプリ自体の完成度とは関係ない。しかし、アプリを利用する側のユーザーにしてみれば、配車予約して、乗車し、支払いを済ませるまでの一連の体験すべてを含めて「アプリの利用」なのだ。
「アプリそのものの質を高めるだけでなく、よりよい『乗車体験』をお客さまに届けなければいけないのだと気づきました。そうすれば、アプリの評価にもつながり、当然、本業であるタクシー事業にもよい影響を与えます。そのためにはどのようなデジタル施策があるのかという検討がはじまりました」(金氏)
アプリ単体の品質向上だけでなく、「乗車体験の向上」をデジタルの力でどう実現できるのか、と視野を広げたJapanTaxi。具体的な施策や事例は、後半で紹介しよう。