私は以前にグッドパッチというデザイン会社でシニアグロースデザイナーという肩書で働いており、そこで「グロース勉強会」なるものを主催しておりました。
隔週で有志が集まって、そこで私の持っているグロースまわりの知識や経験を一時間ほど共有するだけという会。
ざっくり言うと私が好き勝手に一時間話すだけという会。
はじめはなんとなくで始めたものですが結局は2年弱という長い期間、この会は継続しておりました。
その中で様々な話題に触れたのですが、参加者が一番勉強になったと口をそろえて言うことが「KPIツリー」についての話でした。
この記事ではその「KPIツリー」について私の考えをあらためてまとめておきたいと思います。
KPIとは
念のために。
重要業績評価指標。企業などの組織において、個人や部門の業績評価を定量的に評価するための指標。達成すべき目標に対し、どれだけの進捗がみられたかを明確にできる指標が選択される。これをもとに、日々の進捗把握や業務の改善などが行われる。
過不足ない良い説明だと思います。
KPIツリーとは?
先のコトバンクのサイトにも書いてある通り、KPIとは達成すべき目標に対し、どれだけの進捗がみられたかを明確にできる指標です。
これは言い換えるとKPIをたどると達成すべき目標にたどり着くとなり、逆に言えば達成すべき目標はKPIに分解できるとなります。
ここで言う達成すべき目標とはいわゆるKGI(Key Goal Indicator)にほかなりません。
私の考えで言うとこの、KPIツリーとはKGIをKPIに分解していく際に可視化される樹形図のことを指し示します。
KPIツリーの例
言葉だけで説明してもわかりづらいかと思いますので、さっそく一例をあげたいと思います。
下記はよくあるソーシャルゲームのKPIツリーの例です。
※ ARPPU = Average Revenue Per Paid User。課金者の平均課金単価。
※ DAU = Daily Active User。1日にサービスを利用したユーザー。
上記は超シンプルな図にしてありますが、とりあえずこれをベースに解説していきます。
利益
まずは一番左の「利益」について。
会社としてサービスを提供している以上、その目的は「利益を上げること」にあります。
なので、極論を言うとどのサービスにおいてもKGIはこの「利益」となります。
初期のLINEやTwitterなどネットワーク外部性を性質として持つサービスの中には利益度外視でユーザ数増加を目的としてサービスを行っている場合もありますが、大局的には会社というものの性質上この「利益」を追い求めることになります。
そして、誰にでもわかる簡単な計算として、この「利益」は「売上」と「支出」の差として表すことができます。
売上 - 支出 = 利益
そのため、利益からは売上と支出という2本の線を伸ばしています。
ちなみに、重要指標としてまず「利益」を置くという考え方は名著『データ・ドリブン・マーケティング』の中でマーク・ジェフリーも語っていました。
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支出
ここでは支出以下に線を伸ばしていませんが、人件費・サーバ費・広告費などサービスを運用する上で必要な支出がここに含まれています。
それらの合計がここで言う「支出」となります。
一社員として働く上でここへのコントローラビリティは小さいためあまり意識することは無いことも多いかと思いますが、KGIである「利益」を考える上で重要な因子の一つであることは常に考えておくべきです。
売上
よくある話としては、この「売上」を最大化させることが一社員の目的となる場合が多いかと思います。
今回のKPIツリーでは一般的なソーシャルゲームを題材にあげており、その意味ではこの「売上」は「課金者数」と「ARPPU」の積という単純な式で求めることができます。
課金者数 × ARPPU = 売上
例えば、2,000人の課金者がいたとしてその平均単価が3,000円の場合は2000 × 3000 = 6000000 = 600万円となります。
課金者数
ARPPU自体はそれ以上分解することは不可能です(むしろ話は逆で、ARPPUの算出は先ほどの売上から行うものなのであくまでも指標のための数値とみなすべき)。
しかし、この課金者数は先ほどの「売上」と同じような簡単さで計算することが可能です。
DAU × 課金率 = 課金者数
「課金率」がアクティブユーザ数に対してその何割が課金しているかの値であることを考えると自明の式ですが。
DAU
アクティブユーザ数をどう分解するかに関しては様々な考え方があるとは思います。
しかし、サービスをグロースさせていく上で最も効果的な分け方がこの「新規ユーザ数」と「継続ユーザ数」の和を「DAU」と見るという考え方です。
ほとんどの状況において、このそれぞれ(特に後者)をいかに増やしていくかということが課題になるから、ということがその理由です。
KPIツリーは四則演算で計算できる要素で組み立てられるべき
これは私個人の考えになりますが、KPIツリーの各要素は四則演算で計算できるもので組み立てられるべきだと思っております。
例えば最初にあげた図の例で言うと、各要素の親はその子の和差積商だけで求められます。
ごく当たり前のことですが、ARPPUが2倍になれば売上は2倍になりますし、課金率が2倍になれば売上は2倍になります。
利益までの道筋を簡単な計算のみで求められるようにすることで「目標へいたるために各KPIにおいてどのような数字を達成できれば良いか」というとても重要なことを把握しやすくなります。
また、これによって実際にKPIを運用の中で日々把握していくためのエクセルシートも簡単に作成することができます。
簡単な関数(というより「=A*B」や「=C+D」のような本当にシンプルな式)で各KPIを見ていくことが可能です。
これは、目標数値を達成するための試算を容易にすることにも繋がります。
例えば、月間1.8億円の売上を目標値として設定された場合。
1日に平均売上600万円が必要となります。
仮に現在の売上が400万円/日で内訳が「DAU=1万人」「課金率=8%」「ARPPU=5,000円」だった場合。
そのそれぞれの改善率の和が1.5倍になれば目標を達成できますので「DAUはそのままで課金率とARPPUをそれぞれ1.25倍にすれば達成できる(DAU=1万人、課金率=10%、ARPPU=6,000円)」と考えたり、「課金率とARPPUはもう伸ばせないのでDAUを1.5倍にしよう(DAU=1.5万人、課金率=8%、ARPPU=5,000円)」と考えたりすることが可能です。
ツリーから漏れる要素をどう考えるか
とは言っても、このツリーからは漏れてしまう重要な要素は多くあります。
例えば、継続ユーザ数を増やそうと思ったとき。
先述の通り、継続ユーザ数を増やす(つまり継続率を増やす)ことはサービスの運用においてかなり重要な要素です。
ただし継続ユーザ数を改善視点で分解して見ていくことは容易ではありません。
顧客満足度やフォロー数といったものが継続ユーザ数を増やす1つの要素になるかも知れませんが、例えば顧客満足度が2倍になったからといって継続ユーザ数や継続率が確実に2倍になるとは言えないからです。
そこには相関関係があるだけです。
では、どうすれば良いのでしょうか?
私はこのような場合に何かの数値と継続率に明確な相関関係が見つかりそこに因果関係の仮説が立てられた場合にはその数値をKPIツリーとは別に重要指標として追っていくようにしております。
具体的な過去の経験で言うと。
あるソーシャルゲームを運用していた際に翌日継続率アップの目的のためにデータを追っていて、ギルドに所属しているユーザとそうでないユーザとでその翌日継続率に大きな差があることを発見しました。
そこで「初日のギルド所属率」を短期的にKPIとして立てて、それをアップさせるような施策を打ち、結果的に翌日継続率の大幅アップを達成できたことがあります。
ここで一点注意をば。
これを行う際は、因果関係と相関関係の違いに騙されないようには気をつけてください。
takehiko-i-hayashi.hatenablog.com
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ソーシャルゲームのKPIツリー(複雑版)
念のために、先ほどのソーシャルゲームにおけるKPIツリーをもうちょっと正確にしたものも載せておきます。
複雑にはなっておりますが、どの要素も四則演算でその親の要素を求められることには違いはありません。
メディアサイトのKPIツリー
別の例として、広告で収益をあげているメディアサイトのKPIツリーも。
これらの各KPIも、そのいずれかを上げると(支出に関しては下げると)最終的にはKGIである「利益」が上がるようになっております。
KPIツリーはどんなビジネスでも使える
私が大昔にこれらの考えの元になったことを学んだときに先輩から言われたことは「この考え方はウェブサービスだけでなくどんなビジネスでも重要な考え方だ」ということです。
例えば、街のお蕎麦屋さんのKPIツリーを想像してみましょう。
かなりシンプルなものになってしまっておりますが、基本は何も変わりません。
根幹の「売上と支出の差が利益」から始まり、(当たり前ですが街のお蕎麦屋さんはフリーミアムモデルでは無いために課金率の考えは省いて)売上は顧客数と顧客単価の積となります。
ECサイトでも街の服屋さんでも、営業会社でもメーカーでも、何にでも使えるはずです。
KPIツリーを作る意味
さて、ここまでKPIツリー自体について説明をしてきましたが、肝心の「なぜこれを作るのか」「なぜこれが有用なのか」について話を進めたいと思います。
改善施策の意味を明確化できる
先ほどのお蕎麦屋さんの例で考えてみましょう。
例えば「駅前でランチのチラシを配る」ことは新規ユーザ数を上げるための施策になりますし、「ポイントカードを作る」はリピーター数を上げるための施策となります。
逆に言うと、(KPIツリーがしっかりとMECEなものになっているのであれば)KPIのどの要素にも影響を及ぼさない改善施策なんてありえません。
サービスのグロースを考える上で、KPIを意識しない改善施策など絶対にやってはいけないと考えています。
「他のサービスも入れてるからこの機能入れようぜ!」とか「なんとなくこんな機能欲しい!」とか「このページ作ってからずいぶん時間たったし、久しぶりにリニューアルしたいな!」とか。
本当に信じられない話ですが、本当によく聞きますし、よく見てきました。
自分の仕事がそのサービスの利益に繋がるべきであることを考えれば、その仕事はKPIツリーのいずれかの数値を改善するためにあると言っても過言ではありません。
「この機能を入れれば継続率の改善に役立つ」「この機能を入れればARPPUが伸びる」「このページを改善すればコンバージョン率が伸びる」という考えのもとで、どのKPIを改善するために仕事をしているのかということを常に意識しておくことが必要です。
これも当たり前の話ですが、改善施策を行ったあとはその「どのKPIを改善しようとしていたのか」を元に実際にその数値がどうなったのかを確認することも大切です。
(それすらもできていない人たちもけっこう見聞きします。。)
各メンバーの責任を明確化できるとともにビジネス全体を意識できる
KPIツリーを作成することのもう1つのメリットが自分の役割・責任を明確化できることにあります。
大きなプロジェクトにおいては、全員がすべてのことを担当するわけではなくそれぞれが何をするかが明確に分かれています。
しかし、大目的である「利益」には変わりなく、それに至る「何か」を担当していることとなります。
その「何か」が何なのかをこのKPIツリーを見ることで可視化することが可能です。
例えば「プロジェクトとしての目的な利益だけど、今期は自分は課金率を改善することに注力します」という風に。
会社の限られたリソースの中で誰がどのKPIに役割と責任を持っているのかを明確化することがそのサービスのグロースにつながっていきます。
またその中で、その個々人それぞれの目標が結果的に「利益」というKGIに繋がることも理解できるようになります。
そう言った意味では、カヤックの柳澤大輔社長が昨年末に書かれていたこの記事が私の心に残っています。
たとえば、一般社員が、会社全体の指標(すなわち経営陣の指標である)、全社売上&利益にコミットしろといわれても、難しい、まして新卒社員だったら、実感値もなければ、何をしていいのかさっぱりわからないですよね。それよりはまず、自分自身の指標と、自分が所属するチームの指標そこにコミットする、そこからのスタートだと思います。
「お前が課金率を2倍にできれば、売上を2倍にできるんだ」ということを伝えるのにこのKPIツリーはうってつけです。
「自分自身の目標を意識しつつ、会社全体の指標を意識する」ということが簡単に理解できるようになるかと思います。
KPIツリーを見る際の注意点
KPIツリーを見ながら改善のポイントを探ったり、改善の結果を確認したりことは重要なことです。
しかし、これらの数値からだけだと改善施策は見えにくいことには注意が必要です。
例えばARPPU。
これはただ単に売上 ÷ 課金者数で求められる平均値という指標の1つでしかありません。
もちろんこの数値を上げることには意味がありますが、この平均値を見ているだけでは何の結果も出せない可能性があります。
詳しくはこちらの記事を。
KPIとなっている各数値を改善するためには、その背景にある数値を理解したり、またユーザインタビューなどでユーザの行動自体を理解していく必要があります。
あくまでこれはただの「指標」であるということの認識が重要です。
まとめ
冒頭に触れたグッドパッチのグロース勉強会で参加者それぞれに「自分やっているサービスでも世の中の有名なサービスでも良いので、KPIツリーを作ってみよう」という課題を出したことがありました。
それぞれのアウトプットに対してみんなで意見を出したりそこから出てきた疑問を深掘りしてけっこう盛り上がった記憶があります。
また、私はこのような記事を以前に書いており、その2つめのステップ「Rewind」ではお客様と一緒にKPIツリーを作る/作り直すこともあります。
自分の/お客様のサービスを考える上で、それをKPIツリーと言う形で見直すことにはここに書いたように多大な価値があります。
この記事を読んでくださった皆さまもぜひ一度試してみていただけると面白いかと思います。