経済・財政 脳科学

脳の科学と、今年のノーベル経済学賞の「意外な関係」

人間が心理的バイアスに影響される理由
美馬 達哉 プロフィール

脳からみた行動経済学

こうした非合理的ともいえる心理的バイアスは、どこから来るのか?

10年以上前から私は神経経済学の実験で、これらの「限定合理性」は脳のどこにあるかを探している。その結果の一つを紹介しよう。

セイラー博士らの実験のなかの一つに、マグカップ売買の実験がある。べつにマグカップでなくて何でもよかったのだろうが、マグカップ実験として知られている。市場での売買取引という経済学の基本でありながら参加者が非合理的に行動することでとても有名だ。

 

実験の参加者(学生)たちのうちの半分は、学校ロゴ入りのマグカップを一つ渡される。学校の購買部にあるのでみんな値段を知っているものだ。たとえば700円としよう。

半分の学生には、「マグカップを売るとしたら、最低いくらなら売りますか?」とたずねる。残りの半分にはマグカップは渡されず、「マグカップを買うとしたら、最大いくらまで払いますか?」と質問する。

マグカップの売買契約は成立しない

経済学でいえば、ここで受給曲線を描けば市場での適正な評価額がわかることになる。だが、ここでは、そうした細かい説明は省いて結果だけを言おう。

売り手役になった学生は持っているマグカップを平均1000円以上で売れる価値があると考える一方、買い手役になった学生は平均500円ぐらいしか財布から出そうとしなかったのである。

その結果、市場はうまく機能せず、売買契約はほとんど成立しない。

よく考えてみてもらいたい。売り手役は、もともとコレクターでマグカップに愛着を持っていたわけではない。にもかかわらず、モノを手渡されたかどうかの違いだけで、同じモノの価値ががらりと変わってしまう。

しかも、値段を決めたときの最小値(売り手)が最大値(買い手)より大きい。さまざまな実験が繰り返された結果、売値と買値の比率は2倍になることがわかっている。市場では合理的に最適な価値評価が行われるという経済学の基本から大きく外れる事態だ。

セイラー博士は、持っているモノを手放したくない(高い価値がある)と考える傾向を「保有効果」と名付けている。