会場が少し遠かったが、西村純二監督のトークが聞ける機会は貴重と思い、電車を乗り継いで観に行った。市の施設の小ホールが会場という異色のアニメイベント、観客は60~70人ほどだった。
展示コーナー
ホールの外に展示スペースが設けられ、主に『シムーン』('06)の秘蔵資料が展示されていた。
キャラクターデザイナーの西田亜沙子氏によるキャラクター初期試案、コスチュームスケッチ。メカデザイナーのソン氏(Jin Seob Song)によるシムーン(直筆、青い色鉛筆画)や母艦、ボートのスケッチ。西村純二監督自らの手による対空砲のラフ(Production I.Gのレイアウト用紙に、戦闘爆弾射出用「巨砲」とあった)。岡田麿里氏による2クール構成案、監督による第3話のプロット。
さらに、絵コンテなどを手にとって読むことができるコーナーもあった。『シムーン』はムック本が作られなかったせいもあって、面白い制作資料がファンの目に届く形でまとまっておらず、もったいない。
あと、ガラスケースの中に、監督が学生時代に参加した創作マンガ同人誌「APOLLON」創刊号とVol.2も陳列されていた。こちらも珍しい品。
メインイベント
司会進行はピアニストの「ピアニート公爵」。非常に切り口がマニアックで、西村純二監督の作品が本当に好きなんだなということが伝わってくる良いイベントだった。
トークの合間にピアノの生演奏が挟まる構成で、特に「リフレクティア」でほろりとさせられてしまった。
以下、メモを元に再現。(※「これは会場限定の裏話だな」と感じた話題は、ここには書いてない。それと、よく覚えていない話も書いてない。だから実際に会場で聞けた話は、この2~3倍ぐらい面白かった。)
((注:)は僕の感想)
西村純二監督の学生時代
・子供時代は転校が多かった。幾つかの学校に通ううち、どこに行っても、子供の人間関係や立ち位置には共通するパターンがあることに気づいた。これは後にアニメの作劇をする時に役に立った。
・最近、専門学校で演出について教えている。依頼を受けて「何を教えようか?」と考えながら本棚を見たら、学生時代に読んだ子供向けの『マンガのかきかた』(注:年代や説明のされ方から推測すると、昭和40年代に発行された『ぼくらの入門百科 マンガのかきかた』ではないかと思われる。早速古書店に注文してみた。)と石ノ森章太郎の『マンガ家入門』があった。後者は電子書籍でも買える。昔の子供向けの本だが、『マンガのかきかた』に書かれている物語の構成の仕方などは今でも通用する内容で驚いた。
アニメ業界に入って
・初めて絵コンテで参加した作品は、出崎統監督の出崎統さんがOPを手がけた『ほえろブンブン』(80')の中の1本(注:いろんな資料に目を通していたつもりだったが、初耳でびっくりした/追記:読んだ方から『ほえろブンブン』は出崎統監督の作品ではないと教わりました。すみません)。ただ、そこで出崎さんの影響を受けて自作でハーモニー処理を使うようになったという訳ではない。『プロゴルファー猿』('85-'88)でもよくハーモニーを使ったが、次回への引きの場面で止め絵、ハーモニーにするのは、当時のアニメでは一般的な手法。また、後年に自作でハーモニーを多用するようになったが、これも出崎さんとはかなり使いどころが違う。(注:ここで司会、「後で詳しく聞きましょう」と後回しになったが、時間が無くなってしまい聞けず、残念。)
初監督作『プロゴルファー猿』
・スタジオディーンで『プロゴルファー猿』を監督した際、演出スタッフとして入った今川泰宏氏と初めて会った。今川氏は、それまでサンライズで富野監督作品に長く参加していたので、上げてきた絵コンテがガンダムっぽかった。富野さん流。西村監督曰く「カットが止まらない」。カメラかセルのどちらかが常に動き続けていた。(注:富野監督の著書『映像の原則』の内容を連想した。そこでは映像を静止させない工夫にかなりのページ数が割かれていたから)。『プロゴルファー猿』は止まっている絵をいかに面白く繋げるかで勝負する作品にしたくて、演出の方向性が違ったので絵コンテを直した。
・先に制作されたスペシャル番組版が柔らかい作りだったので、ハードな絵作りの西村監督版は原作者の藤子不二雄Aさんにも喜ばれた。
・藤子作品から学んだこと。例え原作でつじつまが合っていなくても、それは自由奔放な性格の原作者が描きたくて描いたこと。それが原作者の「オリジナル」。アニメ版の監督がつじつまを合わせていいというものではない。原作者が何を描こうと原作者が描いたものが正しい。あと、濃いことは良いこと、全然悪くない。
以降の監督作について
・『ハーメルンのバイオリン弾き』('96)。当時、アニメにはなぜ口パクがあるのかを疑問に感じていた。記号的で不自然。単に「いま誰が喋っているのか」を伝えるための記号的表現でしかないのなら、喋っている人のところに矢印を置くだけでも伝わる。それでもいいんじゃないかとまで考えた。矢印はさすがにやらなかったが、止め絵のリズムで見せる、様式美を追求したアニメにした。
・音楽を豪華にしすぎたしわ寄せで止め絵ばかりの作品になったのでは、という噂に関して。止め絵は、予算のせいでもスケジュールのせいでもなく、そういう演出方針。
・当時話題だった『新世紀エヴァンゲリオン』('95)は観ていなかったけど、伝え聞いた壮絶な内容から、アニメ業界に対する庵野さんの公開質問状だと感じた。なので、勝手に質問を想像して、それに回答するような作りにした。ちなみに、最近『新劇場版』を観たら、凄く面白かった。(注:『true tears』の頃、『まんとら』というWEB番組に監督が出演された際、TV版はまだ観てない、『新劇場版』も観てないと、番組内で語っていたので、「ついに『新劇場版』は観たんだ!」と思った。)
・動画マンやセル画を塗る人は1枚幾らの単価の仕事。1枚に時間をかけてキャラクターの全体像をしっかり描き上げる一方で、口パクの口だけとか、動く部分のパーツだけのような、短時間で描ける小さな絵も量産して、トータルで枚数を描いて稼ぐのが通常。ところが、口パクが無いとなると、1カットに1枚、時間がかかる全体像の絵ばかりを描くことになり、普通の作業より収入が減ってしまう。これが現場では不評だった。
・『-仙界伝- 封神演義』('99)、反省材料が多い。以後、アニメの作り方を考え直すきっかけになった。
・『風人物語』('04)。押井さんと麻雀した時に「何か仕事ください」とお願いしたら、後日オファーが来た。麻雀はやっとくべき! 当初は風の能力を使う女の子が悪を倒す話だったが、押井さんはそれをやりたくないので、会議で出資者を説得して中学生日記みたいな話になった。(注:会場アンケートでは観ている人が少なかったと司会が話されていたが、素晴らしい作品。僕は特に第5話が好き。)
・『ばくおん!!』('16)。普通のサラリーマンが夜に家でビールを飲みながらたまたまつけたTVで『ばくおん!!』を楽しく観て、翌朝には何を観てたか覚えてないけど、なんとなく楽しかった記憶だけは残っているような、そんなアニメにしたかった。
・『シムーン』。最終話だけのためにメインキャラの設定を全部新作させるようなシナリオは、TVアニメでは通常ありえない。西田亜沙子さんが本気で描いてくれた。西田さんはキャラクターの周り(小物、生活感)も含めてデザインする。逆に、そこを削ると西田キャラの本当の魅力が損なわれる。
・第25話の難解な会話シーンについて。『堕落論』が大好きなので書いた。岡田麿里さんにキャラがいつもと違うと指摘されたけど、OKになった。
・押井さんは外見はかわいい子犬みたいだけど、格好いい。凄いと思った名台詞が2つある。1つは「自分の観たことのない映画は世の中に存在しない」。観てない映画を気にして惑わされる必要はないという意味。その代わり、観た映画からはちゃんと影響を受ける。もう1つは「状況も映画のうち」。『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』('84)で現場がたいへんな時に聞いた。作り上げていく状況も映画からにじむものだから、置かれた状況の中で頑張ろうという意味。
・「西村さんの演出が好きで」というかたちでの監督オファーは来ない。だけど自分は、作家性をアピールしすぎないプログラムピクチャーの監督が好き。自分の作品もそういう風になっていると受け取ってもらえていたら嬉しい。
監督が影響を受けた映画
『戦艦ポチョムキン』、『虎の尾を踏む男達』、『大菩薩峠』、『椿三十郎』、『子連れ狼』、ヒッチコックの『鳥』、『サンダーバード』、『スパイ大作戦』、『㊙色情めす市場』、『江戸川乱歩の陰獣』
藤子作品に精通しているゲスさんのツイートが面白かったので貼っておく。
終演後
サイン会があったので、持参したDVDにサインして頂いた。やったぜ! あっという間の2時間半だったので、パート2があれば是非行きたい。全体的に、他のアニメ演出家をどう見ているかの話が興味深かった。それによって、西村純二監督の演出的な個性が浮き彫りになるので。
(2017年10月22日 @海老名市文化会館)