ネットロアをめぐる冒険

ネットにちらばる都市伝説=ネットロアを、できるかぎり解決していきます。

検証が好きな人へのオススメの本

今日はネットロアに関係のない話。

 

私は、「わたし、気になります!」の人なので、特に褒賞もないのに趣味でこんなブログを運営しておりますが、世の中にはそういうのを仕事にしている方もいらっしゃいます。取材費とか出るのかなあ、いいなあと思うのですが、きっとそういう人も、やっぱり「わたし、気になります!」の人なんだろうなあとも感じます。

 

今日はそういう検証が好きな方へのオススメ本を紹介したいかと思います。Amazonのリンク先はアフィがかかってるので、ご留意ください。

 

 

***

 

江戸しぐさの正体

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)

江戸しぐさの正体 教育をむしばむ偽りの伝統 (星海社新書)

 

 

有名どころからいきますが、この本の原田先生は偽書の専門家という事で、Twitterも面白いですね。この本を読むまで、私は「江戸しぐさ」という言葉は見知っていましたが、これが偽物かどうかについて疑ったことすらありませんでした。フェイクとは大々的に行われるものではなく、静かにゆっくりと、疑われるということすらもされない、そういうものだと思います。

 

原田は、丁寧に各種メディアや、創設者とされる芝三光の発言や書籍を洗い出し、「江戸しぐさ」という存在が、全く史実に基づかないフィクションであることを喝破しています。また、それが政治にどのように利用され、教育現場へ落ちていったのか、関係者の動向も踏まえ、といった部分も追っているところがすてきです。

 

決して悪い意味ではなく、原田のしていることは、技術的に難しいことではありません。当時のメディアを追い、関係者の書籍や証言を集める、地道に行っていけば、いつかは真実にたどり着く。検証をしていくとは、そういうことだと気づかされる一冊です。

 

 

間違いだらけの少年H

 

間違いだらけの少年H―銃後生活史の研究と手引き

間違いだらけの少年H―銃後生活史の研究と手引き

 

 

妹尾河童氏の『少年H』は有名で、未だにドラマ化もされていますね。一方でこの本は845ページの大作ながら、既に絶版になっているようです。山中は、私なんかは『おれがあいつであいつがおれで』の方が想起されますが、「少国民シリーズ」として書き連ねていますね。

 

本書は、『少年H』の史実の間違いを、これでもかというほど指摘しています。というか、『少年H』の事実誤認が多すぎるといってもいい。基本的に、妹尾はこの『少年H』の執筆の資料の多くを『昭和―二万日の全記録』に頼っているようで、その誤謬や資料不足も、そのまま作品に表れていることを、山中は指摘しています。

 

この重箱の隅つつきを快く思わない人もいるようですが、山中はあとがきで、この執筆の経緯をこう語っています。

 

繰り返すが、私どもがこの作品の分析を始めたのは、一流出版社から刊行され、著名な知識人の推薦文がついていたからといって、これほど情報操作された作品を日本中の読者が歴史的事実と思いこまされてしまい(中略)、必読文献にして小学生たちに読ませたという怪しさに異議申し立てすることであった。

『間違いだらけの少年H』P844

 

これは、先ほどの『江戸しぐさの正体』と同じです。フェイクは優しい顔でそれとなく日常に忍び込んできます。山中はその危うさも指摘しています。

 

これだけインターネットだ情報だと、騒がれている時代に、一般の読者はいうに及ばず、学校の教師、知識人と言われる人たち、マスコミ関係者ら多くの読者が、みごとに『少年H』の捏造した「事実」とやらにだまされてしまったのである。(中略)批判は自由なのである。それなのに、なぜかみんなして右へならえをしてしまった。私どもは、このことにも恐れを抱いた。

前掲書 P844

 

故意かそうでないかにかかわらず、捏造されたものの誤りを正すことは相当な労力がいります。そして、そちらの方は話題にならないほうが常です。人は自分のわかりたいものだけを求めてしまう。

 

 

キャパの十字架

 

キャパの十字架 (文春文庫)

キャパの十字架 (文春文庫)

 

 

皆さんは「崩れ落ちる兵士」という、キャパの写真を知っているかと思います。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/7/7b/Capa%2C_Death_of_a_Loyalist_Soldier.jpg

 

沢木は、この写真の真贋に迫るべく、スペインに渡り、調査を行います。そして、結局この写真は「やらせ」であり、しかもキャパではなく、パートナーのゲルダが撮ったものではないか、と結論付けます。沢木は、あとがきにこう書きます。

 

(前略)私のしようとしたこと、したかったことは、キャパの虚像を剥ぐというようなことではなかった。

 ただ、本当のことを知りたかっただけなのだ。「崩れ落ちる兵士」は本当に撃たれているのか、本当に死んでいるのか。その問いが、さらに大きな、別の謎を生み出すことになるなどとは、まったく思ってもいないことだった。

『キャパの十字架』P330

 

そして、「私のキャパに対する親愛の情は変わらない」と、つづっています*1

 

私も、こういうブログをしていると、様々なご批判をいただくこともあります。批判の中には、対象を貶めるようなことをすることに何の意味があるのか、というものもあります。ご尤もだとも思うのですが、私もやはり、「本当のこと」を知りたいだけなのです。

 

謎とき「カラマーゾフの兄弟」

 

謎とき『カラマーゾフの兄弟』 (新潮選書)

謎とき『カラマーゾフの兄弟』 (新潮選書)

 

 

最後はおまけのようなもので。

 

私がドストエフスキーを初めて読んだのは、確か中学生のときで、『罪と罰』でした。ロシア文学というのはこんなに面白いのかと思ったものですが、そのあとに読んだ『カラマーゾフの兄弟』は、少々難解で、挫折こそしませんでしたが、そこまで興味が持てませんでした。

 

しかし、江川さんのこの『謎解き~』を読んだ時、衝撃を受けました。「カラマーゾフ」という名にこめられた「黒塗り」の意味から始まり、最後の「カラマーゾフ万歳!」に至るまでの、短いながらも様々な文献から引用される言葉はスリリングで、描かれることのなかったカラマーゾフの続きが、まざまざと現れるようでした。

 

検証というものは、もちろん事実を冷静に分析することも大事ですが、それによって何を伝えたいのか、ということも大事だと、思わせてくれるものです。

 

 

***

 

以上、私のオススメの本でした。また時折、息抜き程度にこういう記事が書ければなあと思います。

*1:なので、『キャパへの追走』という、キャパの写真の地をめぐるというエッセイもその後出しています。

 

キャパへの追走

キャパへの追走