痴漢問題について議論をするのはむずかしいーー筆者は常々そう感じている。編集を担当した『男が痴漢になる理由』(斉藤章佳著、イースト・プレス)が今年8月に発売された。痴漢加害者の実態を明らかにし撲滅の方策を探る1冊で、著者インタビューをはじめ、関連記事がwebメディアを中心に多く掲載された。しかしそのたびにコメント欄やSNSには「でも世の中には痴漢冤罪がある」「痴漢冤罪に遭うと思うと、男は安心して電車に乗れない」「冤罪によって男性の人生は終わる」といった書き込みが並ぶ。書いているのは、ほぼ男性のみだろう。
痴漢問題というトランプのカードを出しているのに、痴漢冤罪問題という花札のカードを出されては、それ以上何もできなくなる。つまり議論が成り立たない。もっとも、そうしたコメントの書き手は議論をする気などさらさらないと思われるが。
冤罪論をふりかざすだけの人たちからは、「自分たちこそ被害者だ」という本音が聞こえてくる。「痴漢被害については、自分は加害していていないので関係ない」「それよりも自分が被害者になりうる冤罪問題のほうを解決すべき」というスタンス。そこには、痴漢問題についての当事者意識が完全に欠如している。男性も被害者になるかもしれない可能性はまったくスルーされているし、また、加害者になりうる可能性も一顧だにされない。
けれど、本当に「加害者にはなりえない」のか? 痴漢行為そのものに手を染めなくとも、冤罪問題を持ちだして痴漢問題を帳消しにすることもまた、加害行為につながるのではないか?
被害経験を話すと、笑われる。
10月14日に「どうすればいいんだってばよ!?男性のための痴漢対策ワークショップ【ニコニコワークショップ】」が開催された。その模様はライブ配信され、のべ1万3,000人超が視聴し、コメントも盛んに書き込まれた。イベントタイトルには「男性のための痴漢対策」とあるが、実際には「痴漢冤罪被害に遭わないための対策」を知るためのワークショップである。
結論をいうとその内容は、痴漢被害者への暴力に満ちていた。なぜそんなことが起きるのか。それは痴漢行為を「暴力」ではなく、「男性のためのエンタテインメント」だと捉えているからにほかならない。
同ワークショップには男性司会者、男性ゲスト2名、女性ゲスト1名、そして“痴漢対策に強い”弁護士が登壇していた。男性ゲストと書いたが、うち1名は元セクシー女優で現在は作家としても活動する男性タレント・大島薫氏で、本人の性自認は男性だが日常的に女性装をし、「男性から痴漢被害を受けた」経験がある立場として登壇している。
「まずは痴漢被害を知る」という名目のもと、大島氏や、女性ゲストであるニコニコ生主の“むらまこ”氏の痴漢被害経験がヒアリングされたが、彼女らが発言するたびに男性陣からは笑い、ときには爆笑が起きる。いくつか例を紹介しよう。なお、発言はそのままを起こしたものではなく、だいたいの内容をまとめたものである。
司会者「痴漢に遭ったことある?」
むらまこ氏「なんで半笑いで訊くの?」
司会者「どうせ、ねーだろうなと思って(笑)」
むらまこ氏「ケツをガッ!ってつかまれたことがあるけど、気のせいかなとも思った。虫がついていた、とか(笑)。でも1回だけですからね。(ニヤニヤしながら発言していると指摘され)私にも痴漢キタコレ!と思ったんです」
*
司会者「大島さんは痴漢されたとき、本体(=男性器のこと)さわられました? だって付いているじゃないですか」
大島「うまくお尻を動かして、前にだけは来るな!って」
司会者「男性の夢だけは失わせたくない、と(笑)」
大島「さわられるのも本当はイヤですよ、でも(男性器を)さわって騒がれて、電車内で注目を浴びたら男性だってバレるじゃないですか」