“アレ”であふれる山荘の密室殺人 今村昌弘「屍人荘の殺人」

屍人荘の殺人

たった一時間半で世界は一変した。
全員が死ぬか生きるかの極限状況下で起きる密室殺人。
史上稀に見る激戦の選考を圧倒的評価で制した、第27回鮎川哲也賞受賞作。

鮎川賞受賞作、とのことで早速読んでみました。

予備知識無しで読むのが面白いと思いますが、以下多少のネタバレ有りで。
ミステリ好きなら一読の価値ありかと。
特異なシチュエーションの割に案外ロジカルなミステリの秀作。



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生ける屍

たとえば山口雅也「生ける屍の死」では、死人が生き返る世界で殺人事件が起きるという動機の謎が描かれ、そのオマージュとして西澤保彦氏が書いた「死者は黄泉が得る」という作品があったり、ゾンビ世界の殺人を描いた小林泰三「わざわざゾンビを殺す人間なんていない」という作品もあった。

今作も、そんな死の概念が混濁するゾンビ世界meetsミステリな系譜に連なる一作。

わざわざゾンビを殺す人間なんていない。
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大学の映画研究部が行う夏合宿。
神紅大学の弱小ミステリ愛好会の明智と葉村もまた、謎の美少女探偵 剣崎比留子の招きにより合宿に参加することになる。
山奥に建てられた山荘。
淡々と過ぎていく合宿と思われたそのとき、突如、ゾンビが大量発生。
犠牲者を出しながらも立てこもることに成功した主人公らだったが、そこで殺人事件が起きる。

ゾンビの山荘

他作品と比べても、ゾンビ映画にあるような「ゾンビによる孤立状況」で事件が起きるのは案外と珍しい。
要は、ミステリお馴染み雪の山荘をゾンビでやった「ゾンビの山荘」。

問題となるのは、犯行方法より動機。
なにせ窓や扉を開けばそこにゾンビが溢れてるんだから殺害方法には事欠かない。
しかも自分らが生き残ることが第一のシチュエーションで、戦力となる生き残り同士で殺しをしようというのだからなかなか怨念が深い。

鮎川賞受賞作品だけに、「ゾンビに囲まれた閉鎖状況での殺人」という魅力的な道具立て。
その割に動機が弱いとか、意外とストレートなミステリというのが少し残念。

終盤意外とあっさり終わらせるのは、あくまでも「ミステリの道具立てとしてのゾンビシチュエーション」という感じを受ける。
せっかくなので、もうひとひねりあっても面白かったのになぁ、とか贅沢なことを思ったり。
ゾンビ映画でよく見るような「食料が尽きて、離れまで決死隊が行かなきゃならない」アレとか「脱出するためトラックに乗り込む最後の作戦」とか。

人数が多い割に、キャラが覚えやすい(しかも整理してくれる親切ぶり)のはいい。
他のミステリでもやってほしい。

トリック自体、なかなかロジカルでその辺も評価されたポイントだと思われ。
このシチュエーションだけにアレを使うかなーと思ってたらやっぱり使ってたが、まぁ、そうだろうそうだろう。
美少女探偵とワトソン役とがイチャイチャする感じとかモゾモゾするが、シリーズ化しても面白いかもしれない。

恒例ミステリランキングベスト10には間違いなく入りそうな作品。
シチュエーションの時点で発想の勝利。
他にない作品だけに一読して損なし。

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