さまざまな研究室を訪問してサイエンスの現場をリポートする「ブルーバックス探検隊が行く」。睡眠障害と食生活の関係を研究している産業技術総合研究所の大石勝隆さんに、今回も引き続き登場していただきます。
(前回の内容はこちらから)
「肥満になりやすい食事の時間帯がある」「運動するより食事のタイミングのほうが重要」「塩分の多い和朝食は体に良くないこともある」など、最新の研究からわかってきた驚きの事実が盛りだくさんです。
「同じものを同じだけ食べるとしても、夜食べるよりも、朝食べたほうが肥満になりにくい。この経験則が、私たちの行ったマウスの実験でしっかりと確認できました。
このような研究はアメリカなどでも大きな話題になっています。食べるのを我慢せずにダイエットできる、という話は国を問わずみんな大好きですからね」
今回、大石さんが紹介してくれるのは、食事のタイミングが健康にどのような影響をもたらすのかという研究結果です。ダイエットに夜食は厳禁! という話はよく聞きますが、実は「食べる時間」と「健康」についてきちんとした研究が始まったのは、つい最近のことなのです。
「従来の栄養学は、『何を』『どれくらい』食べるかという観点から研究されてきました。しかし、それと同じくらい『いつ』食べるかも重要だということが、ここ数年でわかってきたのです。
この分野は『時間栄養学』と呼ばれていて、実は、2017年10月3日に発表されたノーベル医学生理学賞の受賞対象である『体内時計』とも大きく関わっています」
地球上のほぼすべての生物には、睡眠やホルモン分泌、体温調整など、さまざまな生理機能に約24時間周期のリズムが存在し、体内時計によって制御されています。
「体内時計は、基本的に時計遺伝子が制御しています。今回、ノーベル賞を授与された3人はショウジョウバエの時計遺伝子を1970年代に発見したのですが、現在では人間を含む哺乳類においても時計遺伝子が確認されていて、体内時計のメカニズムが解明されようとしています」
時計遺伝子はいったい、どのようなメカニズムで時を刻んでいるのでしょうか。未解明の部分も残っていますが、簡単にまとめると次のような仕組みです。
まず、時計遺伝子のもつ情報(タンパク質の設計図のようなもの)から、細胞内で起こる複数のプロセスを経て、「時計タンパク質」と呼ばれるいくつかのタンパク質が合成されます。
この反応は放っておけばずっと続くのですが、出来上がったタンパク質が細胞の中に溜まってくると、今度はそのタンパク質自身が、合成を抑制するようになります。
一方で、合成されたタンパク質は時間が経つにつれて分解され、だんだんと少なくなってきます。すると合成を抑制する働きも弱くなり、ふたたびタンパク質が作られるようになります。
このように時計タンパク質自身がフィードバックをかける巧妙な仕組みによって、時計タンパク質の約24時間周期の増減、すなわち体内時計が作られているのです。
「この体内時計の存在を上手に利用したのが『時間薬理学』、あるいは『時間治療』です。
喘息(ぜんそく)発作や早朝高血圧など、様々な疾患の発症や症状の変化には1日のなかでのリズムが存在していることが知られています。これらのリズムを考慮して投薬時刻を工夫することを『時間治療』といいます。
薬の効果のみならず、その副作用においても、投薬時刻によって大きく変わってくることがわかっていて、ある種の抗がん剤については、1日のなかのどのタイミングで投薬するのかということが延命効果に大きく影響することが報告されています」
それを、薬ではなく、食事にも応用しようというのが時間栄養学ということですね。
「時間栄養学の場合にも、食べ物の種類や栄養素によって、食べるべきタイミングと食べてはいけないタイミングが存在するものと考えられます。私たちの研究室では、まず食べるタイミングと肥満の関係についてマウスで実験してみました」
大石さんの実験は、人間で言えばハンバーガーとジュースのような高脂肪・高ショ糖のエサを、マウスが活動する時間帯(夜間)に食べさせた場合と、活動しない時間帯(昼間)に食べさせた場合とで比較するというものです。
下の図1はマウスがどの時間にエサを食べたかを示しています。赤のグラフが昼間にエサを与えたマウス、青が夜間にエサを与えたマウス、水色は自由にエサを食べさせたマウスです。
自由にエサを与えたマウスでは、エサの8割程度を夜間に、残りを昼間に食べている一方、昼間か夜間のどちらかのみエサを与えたマウスは、そこで一気に食べていることがわかります。
また、図2はマウスの運動量(1時間あたりの回転かごを回した回数)を示しています。
「面白いのは、寝ている時間帯だけに食べさせても、ちゃんと夜行性の行動リズムは維持されているということです。行動のリズムを制御している体内時計は、食事の時間に影響を受けずに動いていることがわかります」
グラフを見ると、自由にえさを与えたマウスでは、寝ている時間に食べているように見えるのですが、これはどういうことなのでしょう?
「体の小さい生き物は、エネルギーを体に溜めておくことができないので、本来の活動期ではない昼間の時間帯においても、必要最低限のエサを摂取する必要があるようです」
寝ている間に食事なんて、すこしお行儀が悪いですが、エネルギーを維持するために仕方がないことなんですね。
ここで注目すべきは、昼間にのみエサを与えたマウスでは、活動時間帯の後半になって活動量が下がっていることです。活動量が下がるとエネルギーの消費量も下がるため、結果的に体重が増加することになります。
「予想外なことに、非常に早くから体重が増加しはじめました。2日目ぐらいから活動量が低下して、1週間で統計的に有意なレベルで体重が増えています。
同時に、コレステロールと中性脂肪も増えました。特に中性脂肪は2倍から3倍にもなっていて、たった1週間で脂肪肝になってしまったほどなんです」
わずか1週間で、そこまで影響が出るなんて驚きですね。どうしてそんなに早く太ってしまうのでしょうか?
「体重が増えるメカニズムには複数の要因が考えられます。ひとつは単純に、活動量が低下することによって、エネルギー消費量が下がることです。もうひとつは、レプチン抵抗性という現象が起こっていることです」