アメリカの映画プロデューサーによるセクハラ被害が報じられたのをきっかけに、世界の被害者たちが「Me,too―私も傷ついた」とSNS上で声を上げ始めた。日本でも、ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者のレイプ疑惑を公表し「性暴力の実態のリアルな声をあげて、この問題を社会全体で考えるきっかけにしたい」と訴える。
6月に性犯罪の厳罰化をめざす改正刑法が成立した。私たちは、あらためて性暴力について理解を深める必要があるのではないだろうか。
そんななか、「セクシュアル・コンセント(性的同意)の教材をつくって大学生の性被害をなくしたい!」というクラウドファンディングが10月18日にスタートした。150万円の寄付を募り『セクシュアル・コンセント・ハンドブック』を作成して、2018年4月の新学期に大学生に配布するという。
性的同意とは何か。このプロジェクトの目的や、日本の性教育の課題、海外の取り組みについて、同プロジェクトメンバーで、性暴力防止のキャンペーンを行う「ちゃぶ台返し女子アクション」共同代表の大澤祥子さんに聞いた。
——このキャンペーンを始めたきっかけは?
もともと、5年程前にアメリカにおいてキャンパス・レイプ(大学での性暴力)が問題になりはじめたときから、「セクシュアル・コンセント(性的同意)」をめぐる議論が活発に行われていたので、注目をしていました。
ここ1年間で刑法性犯罪改正のためののキャンペーン活動に取り組む中で、性暴力がなくならない、性暴力が仕方ないものとされてしまう社会規範の根本に、「セクシュアル・コンセント(性的な同意)」が関係していることに気がつきました。
「イヤよイヤよも好きのうち」という言葉に象徴されるように、性的な行為において、本人(とくに女性側)の意思や自己決定権が軽視される風潮があります。「同意がない性的言動は性暴力である」という認識があまりにもないから、セクハラや痴漢などの性暴力が日常化されてしまうのです。
被害後にセカンドレイプに苦しむ方も少なくありません。例えば、「なんでもっと抵抗しなかったのか」や「そんな服装で家に行ったんだからそうなっても仕方ない」と、周りに言われます。
でも、「同意のない性行為は性暴力である」という認識をもっていて、何が同意であり何が同意ではないかという正しい理解があれば、そのようなことは言いません。逆に、「あなたは悪くない」、「あなたの同意があることをきちんと確認せず、尊重しなかった相手が悪い」と言えると思います。
同意の正しい理解を社会全体に広めることが、性暴力をなくし、さらに性や性暴力を取り巻く価値観を変える鍵だと思いました。
——「セクシュアル・コンセント」、性的同意とはどういう意味ですか?
セクシュアル・コンセントは、性的な行為への参加に対する積極的な意思表示のことです。性的な行為においては、必ず互いの同意があることを確認し、その意思を尊重しよう、という考えです。
大切なのは、一人ひとりの身体的・性的なバウンダリー(境界線)と自己決定権です。自分の体は自分のものであり、自分がいつ、誰と、どのような形で性的に関わりたいかを決める権利があります。私たち一人ひとりが身体や心について「性的な境界線」と「身体の境界線」を持っています。相手の同意なく相手の境界線に踏み入れてはいけないし、相手の意思を尊重しなくてはいけない、ということです。
性関係とは、"互いにコミュニケーションをとりながら、対等な立場で合意形成をした上で築くものである"という前提があります。
——日本では、性教育が足りないと思いますか。
全然足りないです。
学校での性教育は、必要最低限の生物学的・生理学的な知識にとどまっていて、性に関する人権的・社会的側面が抜け落ちているのが現状です。性的自己決定権や境界線の考え方、性的コミュニケーションをどのように行うかなど、他の人と親密な関係を築く上で必要な知識は教わりません。
大学生と同意について話すとと、「性的なアクションを起こす側に、同意があることを確認する責任があるという考えが新鮮だった」「性暴力やセックスがどのように違うのか、考えたことがなかった」という反応もありました。
学校だけでなく、家での性教育も乏しいと思います。性をタブー視し、子どもときちんと話したことがないという親は多いと思います。結果、子どもが健全な性との向き合い方を学べる場がほとんどありません。
その代わりに、レイプまがいなアダルトビデオ(AV)や暴力的な愛情表現を美化するような作品など、ネット上には誤った情報が多く出回っており、それらが実質的な教科書となっています。
——同意についての教育が必要だと。
とても必要だと思います。「同意がない性行為は性暴力・性犯罪」という認識を根付かせるためには、同意とはそもそも何か、性暴力とは何か、についての教育が重要となります。
同意について教えることは、性被害予防において、「被害に遭わないためには」から「加害をしないためには」への視点のシフトにつながります。
現在、性被害予防というと、「女性にいかに被害に遭わないか」という被害を防ぐ責任を被害者に負わせる取り組みばかりです。もちろんそれは大切な知識ですが、本来教えるべきなのは、加害を根本からなくすために、「性行為における同意の大切さ」や「同意のある関係性をどう築くか」です。これも同意についての教育が必要な大きな理由です。
——海外ではどんな性教育の取り組みがあるでしょうか。
欧米では、セクシュアル・コンセントに関する教育が、性被害予防の大きな柱を担っています。アメリカやイギリスでは、キャンパス・レイプが大きな社会問題になったこともあり、とくに大学が力を入れています。
例えば、スタンフォード大学やオックスフォード大学など、アメリカやイギリスの多くの大学では、新入生向けのオリエンテーションで性的同意について教えることが義務づけられました。その他にも、同意の大切さを啓蒙するためのキャンペーンが行われたり、ポスターが貼られたり、グッズが配られたりします。
社会全体としても、同意を教える必要性を認識している姿勢がうかがえます。例えば、紅茶と同意を例えた動画は、イギリス警察がキャンペーンの一環で作ったものです。
このように、警察、大学、性暴力被害者の支援団体のホームページにいけば、「同意のないセックスはレイプです」という言葉とともに、「同意とは何か?」「なぜ大切なのか?」という情報が載っているページがあります。
——同意に関する啓蒙活動が進んでいる。
他にも、アメリカではここ数年で積極的同意という考えも広がってきています。「ノーがあるか」ではなく、「イエスがあるか」を主軸として、「沈黙は同意ではない」という考え方です。
カルフォルニア州では、大学で積極的同意の基準を性被害対策方針に取り入れることや、高校の性教育において積極的同意を教えることが義務づけられました。
——今回のハンドブックは、どんな内容になるのでしょうか?
セクシュアル・コンセントや性暴力に関する知識に加え、同意が尊重されるコミュニケーションのあり方など実践的な内容についても含める予定です。また、被害者・加害者以外の第三者として性被害をなくすためにできる実践的な取り組みも紹介します。
具体的には、以下のような内容の予定です。
・セクシュアル・コンセントとは何? なぜ大切なの?
・性暴力とは?なぜ一人一人がこの問題に向き合う必要があるの?
・性暴力神話(性暴力に関して広く信じられている嘘)がどのように間違っているのか
・性的バウンダリー(境界線)、性的自己決定権の話
・性におけるコミュニケーションのあり方
・被害者、加害者ではないから関係ない? 第三者にも性被害を止める力がある!
(性被害をなくすために誰もができる実践的な取り組み、「第三者介入」の紹介)
大学生が関心を持って読んでくれるように、プロジェクトの大学生メンバーの意見を積極的に取り入れています。
——大学生を対象にした理由は?
近年、東大や千葉大、慶應大などで、大学生の性暴力事件が相次いでいるように、性教育を十分に受けていない状態で入学する学生が多いため、大学は性暴力の温床になりやすいのではないかと思います。早い段階で同意について知識を身につけてもらうことで(大学生でもまだ遅いのですが)、性被害を予防する大きな効果があると思いました。
弊団体では、これまでにワークショップを通して350人以上の大学生にセクシュアル・コンセントの大切さを広めてきたのですが、ワークショップ形式だけだとリーチできる人数が限られてしまいます。より多くの大学生に同意の大切さを広められるよう、誰でも気軽に学べるハンドブックを作って配りたいと考えました。大学生を中心に社会全体に広がるきっかけにしたいです
——最後に、何かメッセージを。
このプロジェクトが目指すのは、誰もが性暴力の被害者にも加害者にもならない、豊かな関係性が広がる社会です。そして、一人ひとりが、自分自身の身体と性と人生に対するオーナーシップ(主体性)を発揮でき、それが尊重される社会です。
ハンドブックをつくって、性における同意の大切さを若い人の間で広めることは、そのような社会に向けての第一歩です。ぜひ多くの方々と一緒に力を合わせてつくっていきたいです。
》セクシュアル・コンセント(性的同意)の教材をつくって大学生の性被害をなくしたい!
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性の被害は長らく、深い沈黙の中に閉じ込められてきました。
セクハラ、レイプ、ナンパ。ちょっとした、"からかい"。オフィス、教室、家庭などで、苦しい思いをしても私たちは声を出せずにいました。
いま、世界中で「Me,too―私も傷ついた」という言葉とともに、被害者が声を上げ始める動きが生まれてきています。
ハフポスト日本版も「Break the Silence―声を上げよう」というプロジェクトを立ち上げ、こうした動きを記事で紹介するほか、みなさんの体験や思いを募集します。もちろん匿名でもかまいません。
一つ一つの声を、確かな変化につなげていきたい。
メールはこちら break@huffingtonpost.jp