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Gaaoline's Web Journal: Writing about US/UK TVs, cinemas, and foods I love.

『ダンケルク』ウンコの呼んだ夢と現実の物語

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第二次大戦中に実際に起こった英軍の救出作戦を描いた『ダンケルク』。すごい。本物のスピットファイアすごい。ユンカースの爆撃音すごい。人を満載にしたアドミラルV級駆逐艦(に装ったシュルクーフ級駆逐艦)の画面いっぱいの巨体、すごいすごいすごい! ああ、プラモデルで作った10センチ足らずの駆逐艦HMASヴァンパイアも、実際はこんなに大きかったのか……。ボートダビットの厚み、備え付けられたロープの太さ。ああ、そうだったのか、そうだったのか! 理解! 圧倒的理解!

そんなわけでノーランの写実主義的な戦場にすっかり魅入られて忘れちゃいがちだけど、これ映画作品としては、ウンコがきっかけなんですね物語の。で、物語の始まりは写実的でありながら幻想的。

完全に無人となったダンケルクの街。古くから続く美しい街並み。ところが家には人の気配もなく、水すら出ない、まるでディズニーランドのつくりもの。そんな不思議の世界でリアルな便意を催した名無しの主人公。そこにとつぜん銃声が紛れ込み、彼はこの美しい夢の世界から追いたてられる。夢の国に兵隊が紛れ込み、次の瞬間ずばっと世界が変わり、悪夢のようにシビアな現実であるダンケルク海岸が広がる。この作劇で心を掴まれるわけ。

ていうか『インセプション』じゃんこれ。ずーっと続くチクタク音楽も『インターステラー』の山場を延々流してる感じで。

そうは言ってもともかく心掴まれるわけで、あとは知っての通り緊迫感。軍装! 軍艦! スピットファイア! これシナリオとしては、陸(1週間)、海(1日)、空(1時間)の描写をうまく絡めて、ここもノーラン的なトリックで重層的かつ驚きをもって見せるわけですが、個々の物語はけっこう「普通の物語」なんだなーと気づく。

陸編は一兵士の彼がウンコがきっかけで仲間と出会い、次第に高まる障害を乗り越え、自分の命か仲間の命かという精神的な葛藤シーンを乗り越え、自分が何かを成し遂げたんだと気づいて解放に至る。海編も同様に、少年が仲間の死を乗り越え最後の戦い(救出)に赴き、成長して戻ってくる。空編は言うまでもなし。隊長を失った航空隊の飛行士が主体性を得て、最後に多くの人を救い、ヒーローとしてひとり去っていく。

きっちりエンタメしてるわけですよ。で、夢から始まった物語は、勇ましく感動的なスピーチの裏でまだ戦争という悪夢が終わっていないということに気づかせ、見事に終わる。

いくら描写がリアルでも、シナリオがダメだと意外とそういう部分も退屈になるんだろうなと思う。この映画、エンタメとして物語に軸がきちんと通っていたから、細かな描写が活きて心に届き、迫真の戦場にトリップできる。ああ、素晴らしい映画だった。