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宮川氏の許可を得まして、ここに転載します。
なお拡散自由とのことですので、よろしくお願いします。
常唱院 日護の徒然(つれづれ)に思う。( 改訂版 )
未来部の有志、正義の走者、
正木元理事長に面会に行く。
縦3メートル、横は5メートルを超える巨大なカンバスに、不屈の信念と未来への希望を込めて描かれた
「 チョモランマ峰 」。
狂気が吹き荒れた文化大革命の中で、常書鴻( じょしょこう )画伯は罵倒され、追放され、豚小屋にすまわされた。
まさに人生は暗闇にとざされた。
そうした一番困難な時に、
「 文化の世界の最高峰を目指そう 」
「 すべての艱難を乗り越えて進もう 」と、李承仙夫人とともに絵筆をとった
” 魂の名画 ”
「 私の心を知る方に 」との事で、我が師.池田先生に贈呈された。
現在は、一昨日、訪れた八王子、牧口記念館に掲げられている。
師匠が本幹の席上、本当に嬉しそうにおっしゃった。
「 私の作った大学から、初の最高幹部!嬉しいね 」
新理事長.正木正明の誕生の瞬間であった。
我が師が、全幅の信頼を寄せられた新理事長。
新理事長は、先生に嫉妬する獅子身中の虫、秋谷を本部幹部会の壇上で面罵した。
お、中々やるじゃないか、私の斜め後ろに座っていた方面長が呟いた。
先生の会長御在位19年を遥かに凌ぐ、在位25年。
26年目に入った直後、青木享、清水みき、先生の特命を帯びた弟子によって、会長更迭。
原田にその座を譲ったものの、
会内に於いて、未だ絶大な権力を保持していた十年殺しの異名を持つ秋谷である。
半端な決意で、面罵出来る相手ではない。
ましてや、戦争体験のない正木である。
その数ヶ月後の本部幹部会での事。
先生の御指導は、常に、大幹部の信心の無さ、人間的成長も向上心も無い、悪逆の生命を弾呵して下さる御指導が多かった。
その内容は凄まじく、特命を帯びた弟子等が徹底的に調べ上げた報告書を元に、完膚なきまでに糾弾なされた。
「 秋谷、お前は山友に80億渡しただろう!」
「 原田!お前は女!酒!だ!」
「 秋谷!お前は今年の1月、学会の金を全部奪おうとして、
それを私に見抜かれ、 先生は怖い、
全部お見通しだ、と言っただろう!」
又、幹部会参加者に対して、
「 皆んな、
(壇上の幹部、秋谷、原田を指差されながら)
こいつらに付いてはいけない!私に付きなさい!
こいつらに従ったら地獄だよ 」
(そして、壇上の幹部に向かわれて)
「 私が守ったんだ、学会を!お前はたちは何をした!
私が、1人で守った、お前たちも。
私が居なくなったら、気、狂っちゃうよ 」等等、
先生の御言葉の正確を期す為に、音声を聞き返しているが、
会員を蔑ろにする壇上幹部への、先生の御怒りは音声だけでも震えがくる程である。
先生の一般会員を思われるが故の魂の御指導が終わり、
先生、御奥様、尊弘氏、御退場の後、毎回行われる儀式がある。
秋谷が会長の時は、原田や長谷川が、
原田が会長になってからは、主に長谷川が出て来て、
参加者に対して、徹底的に口止めをすると言う魔の儀式である。
「 本日の先生の御指導は、皆さん方を信頼しての御指導であります。
従って、地元に帰り、決して先程の先生の御指導を漏らさないように。
先生のスピーチ等は、後日、同時放送で全国に放映されます。
どうか、くれぐれも、会員さんを惑わせる事の無いように願います 」
師匠の言葉を遮り、師匠の言葉が会員さんを惑わせる?
いつも、この口止めを聞く度に、ヘドが出ていたが、
その師匠の言葉、師匠の魂の叫びを遮断する大罪を積む役割を正木がやらされたのである。
先生御退場の後、正木が出て来た。
私は、まさか?と思ったが、師匠の言葉を断絶せしめる役をやったのである。
仏と魔との戦さの勝敗は一瞬である。0・1ミリでも引けば、魔は一気に攻め込んでくる。
私が尊敬する元全国婦人部長三井さんがおっしゃっていた、
「 常にファイティングポーズを崩さない精神、心構え無くして、師は守れない 」のである。
かつて、先生が日大講堂での幹部会で御講演の時に、右翼の暴漢が、御講演中の先生目掛けて壇上に駆け上がった。
数名の男子部が男を取り押さえようとした時に、暴漢は隠し持っていたナイフを出したそうである。
ハッと、ひるむ男子部、
しかし、1人の男子部はひるむ事なく、自分の身体を盾にして、暴漢の持つナイフに覆い被さったのである。
先生は、その一瞬もひるまない師を守る一念を誉めたたえられたという。
その男子部は、多田省吾さん( 多田時子さんの夫、公明党議員 )であった。
常に、1日24時間、四六時中、師を御守りする一念を捨てなかった御夫妻であられた。
正木は堕ちた。高々、年間三千数百万の謗法の布施を受け取り続けるか、
師匠の魂の叫びを遮る魔の所業を蹴るか、
師弟、魂をたもち続けるか、捨て去るかの決断を迫られ、踏み絵を踏んだのである。
私にとっては、正木正明がどうなろうと、どうしようと、正直、興味はない。
しかし、先生の弟子として、先生が期待された弟子の筆頭を、このまま、羊にしておくには、余りに師匠に申し訳けがない。
その一点で動いたのである。
先生が遺言と仰せになられて、先生が御姿をお隠し遊ばされた2010年6月、
その3カ月後に、高等部歌「正義の走者」の歌詞をわざわざ書き変えられて未来部に託されたDVDを拝し、正木の言葉に弟子の魂を見たのである。
私は昨日、正義の走者である未来部員と、その先輩の2人の一級闘志を伴って、信濃町から車で5分程の外郭に正木を訪ねた。
創価学会の理事長まで務めた正木が、外郭団体の社主ではなく、単なる顧問である。
受け付けで、面会の旨を告げると、エレベーターの入り口の天井に設置されている防犯カメラに微弱な動きを感じた。
総務部長と言う男性が降りて来て正木は不在だと言う。
正木が此処に居ることをどうして御存知なんですか?と、聞くので、
知ってますよ。と答える、
誰の指示で動いていると、思ってんだ、と思いながら。
しばらく雑談して、
私の所属、氏名、電話番号を書いて必ず伝えてくれるようにお伝えした。
その外郭の社主の名前を聞くと、私の知っている人間なので、
それでは、その方に面会したいと言うと、和かに今日は出社していない、との事。
総務部長が玄関まで送ってくれる。
同伴した未来部員の分析が鋭い。
「 正木さん、間違いなく居ましたよ。社主は本当に不在です 」、と。
その根拠は、
「 あの人(総務部長)、正木さんが不在だと言った時、少し目がチラチラ動いてたけど、
社主が不在ですと、答えた時は、明るく答えてた。最初がウソで、後は本当 」
未来部の分析は、FBI捜査官並みの鋭さである。
お疲れさん、の意味を込めて、特別に美味しい鰻を皆んなで食べた。
私が原田執行部と、戦争を始めた当初、私の事を心配してくれ、
理事長だった正木に、宮川さんに会って、話を聞いてあげたら、どうだろうか?と、
進言してくれた友に対して、正木は、こう言ったそうだ。
「 僕は理事長だよ。 僕が会えるわけないじゃないか !」
はあ~?お前は先生の弟子ではないのか!
戦争体験のないお坊っちゃま理事長。
偉大な仏法をたもち、偉大な師匠に巡り逢い、
絶大なる期待をされながら、お前も、朽ち果てていくのか!
唯一、先生の平和思想を堅持し、
集団的自衛権行使に反対して処分を受けたのが、正木と坂口幾代元婦人部長のたった2人である。
情けない!
明日より、先輩が用意して下さった箱根の別荘に数日滞在する。
偉大な常書鴻画伯の絵、そして、年末年始にかけて
数週間滞在する偉大なる山々の写真を添付する。
この雄大な写真と、御聖訓を、正木正明君に贈る。
☆ 「 一生は夢の上、明日を期せず。いかなる乞食にはなるとも、法華経に傷をつけ給うべからず 」(1163頁)
☆ 「 我が門家は、夜は眠りを断ち昼は暇(いとま)を止めて之を案ぜよ。
一生空しく過ごして万歳悔ゆること勿れ 」(970頁)
☆ 「 命限り有り、惜しむ可からず。
遂に願う可きは仏国也 」
(955頁).
以上。
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